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2話「好きになれない理由」

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   2話「好きになれない理由」




 神社で出会った神秘的な雰囲気が似合う神主さん。
 彼の名前は姫野葵羽(ひめのあおば)は、彩華より年上の30歳だった。
 彼と出会って約1年になるけれど、知っているのはそれぐらいだった。
 保育園の散歩や帰り道に神社に寄り道をした時に時々会うぐらいで、葵羽と特別な関係になる事はなかった。

 恋愛経験が全くといってない彩華にとって、自分から好意がある事を伝えるのは、ハードルが高すぎた。
 それに、葵羽に気軽に声を掛けられない理由が、別にもあった。



 「では、今日も神社にお邪魔するので、しっかりご挨拶しましょうね。ご挨拶、どーぞ」
 「「お邪魔します!」」


 彩華の号令で、子ども達は大きな声で挨拶をした。神社の掃き掃除をしていた葵羽がそれを見てニコニコと微笑み、「どうぞ。沢山遊んでくださいね」と返事をしてくれる。

 彩華から注意点を話した後、子ども達は自由に遊び始めた。


 「葵羽さん、今日もお邪魔します。お掃除のお邪魔にならないといいんですが」
 「いいんですよ。子ども達と話をしながら奉仕する方が楽しく過ごせます。」


 ほうきを持ちながらニコニコと彩華が受け持っている子ども達を見つめていた。


 「皆さん、大きくなりましたね。子どもにとって1年はあっという間ですね」
 「はい。みんな元気に大きくなってくれて安心してます。元気すぎますけどね」


 遠くで大きな声で走り回る子ども達を見て、彩華は苦笑してしまう。
 今年度、彩華は去年担任をしたクラスを、持ち上がりで担当することになったのだ。今は4歳児クラスだ。来年は保育園では1番大きいクラスになり卒園児となる。それに向けて大切な時期なので、彩華は子ども達にいろんな経験をして欲しいと思いながらも、お兄さんお姉さんになる自覚をもって欲しいと日々奮闘していた。

 子ども達と散歩に来ると、いつもお話をする事が出来るけれど、お互いに仕事中だ。特に子ども達は目を離した隙に何をするかわからないので、しっかりと見守っていたければならない。
 葵羽との時間を楽しみたいと思いつつも難しいのが現状だった。また、今度仕事終わりに遊びに来ようとここに来る度にそう思ってしまう。


 「彩華先生ー!これ松ぼっくり?」
 「あら………これは………松ぼっくりになる前の赤ちゃんかな?」


 子どもが持ってきたのは、松ぼっくりが開いていないのだ。こういうものは、開く前に落ちてしまったのだろうと、彩華は思っていた。

 すると、葵羽が「あぁ………それは……」と、子ども前にしゃがみ込んで話しを始めた。


 「それは雨で濡れてしまって冷たくなってしまったんだろうね。太陽に当ててあげると、温かくて開いてくれるよ」
 「わぁーそうなんだ!神様の人、ありがとー!」
 「どういたしまして………」

 
 葵羽は少し驚いた表情になりながらも、去っていく子どもに手を振っていた。
 彩華が葵羽に近づいて、お礼を言った。


 「葵羽さん、詳しいですね。知らなかったです」
 「水に濡れると閉じてしまうみたいです。開くのには数日かかるみたいですよ。」
 「数日前雨が降ったから閉じていたんですね。じゃあ、子ども達と一緒に開く様子も見れますね」
 「そうですね………そういう事も学びになるんですね。彩華先生と一緒なら、子ども達は毎日楽しいでしょうね。素敵な仕事だと思います」
 「ありがとうございます」


 葵羽はそう言ってニッコリと微笑んでくれる。手に持っていたまだ閉じたままの松ぼっくりを彩華に渡しながら、彩華の事を褒めてくれたのが。
 それがとても嬉しくて彩華は頬を染めながらぎこちなく笑顔を返した。

 関心したように言いながらも、彼にはもう1つ気になることがあるようだった。


 「その彩華先生………神様の人とは……」
 「あ、それはその………すみません」


 不思議そうにする葵羽に彩華は思わず笑ってしまう。確かに神様の人という子どもの表現は独特だろう。気になるのも仕方がない事だ。


 「私が神社には神様がいてみんなを守ってくれてる事とか、葵羽さんはそんな神様のおうちを守ってくれてるんだよって教えたら………あの子どもはそういう風に表現したんだと思います。」
 「そうだったんですか。子どもは面白いですね」
 「えぇ………葵羽さんも子どもお好きなんですね」
 「彩華先生ほどではないかと思いますが、可愛いなと思いますよ」


 葵羽が優しく微笑むと、彩華も自然と微笑んでしまう。葵羽はとてもおっとりとしており、優しい。そんな雰囲気からか子ども達からも人気で特に女の子は大好きだった。
 そんな様子を見て、きっと大人の女性にもモテるんだろうなとも思ってしまうのだった。

 そして、彩華先生と呼ばれるようにもなっていた。子ども達が呼んでいるのを聞いて、名前を覚えてくれたようだったけれど、聞いた時は驚いてしまった。先生はつけなくていいと言ったけれど、葵羽は「彩華先生という響き、可愛いですよね」と言われてしまったら断る事など出来なかった。








 その日の夕方、彩華はその神社にまた訪れていた。すると、いつもより人が沢山おり何か準備をしていた。
 重機なども入り、賑やかな雰囲気だった。


 「彩華先生、また会いましたね。お疲れ様です」
 「あ、葵羽さん。こんばんは」


 そこにはいつもの白衣と今日は赤い袴を身につけた葵羽がいた。


 「お邪魔しています。これは………?」
 「あぁ、今度、収穫祭のような神社の行事があるのでその準備を地域の方々に手伝っていただいているのです」
 「お祭り………いいですね」
 「今週末にありますので、彩華先生もぜひいらしてください。夕方からで寒くなるので、温かい甘酒なども出るみたいですよ」
 「わぁ………ではぜひお邪魔します」
 「えぇ。お待ちしております」


 葵羽さんが嬉しそうに微笑んでくれる。
 そんな笑顔を見てしまったら誘いを断れるはずもなかった。それに、断る理由もなかった。休みの日にも彼に会えると思うと、彩華の心はとても温かくなる。


 これはやはり彼を気になっている証拠なのかもしれない。
 休みの日も会いたい。
 会えば胸がほんのり温かくなり、そして目が合えばドキドキする。
 そして、別れれば次はいつ会えるかなと思ってしまう。

 この気持ちは経験したことがなかった。
 きっと恋なのだと彩華もわかっていた。


 けれど、それを認めたくはなかった。



 自分の目の前で優しく微笑む彼の左手の薬指にはシルバーのシンプルな指輪がはめられているのだ。


 彩華が葵羽に気軽に声を掛けられない理由。
 そして、この気持ちが恋だと思いたくない理由。


 恋愛はこんなにも切なく苦しいものなのだと、彩華は初めて実感していたのだった。


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