絵本王子と年上の私。

蝶野ともえ

文字の大きさ
上 下
12 / 17

12話「手を繋いで」

しおりを挟む



   12 話「手を繋いで」




 しずくがサイン会の教室を出ると、青葉と心花がこちらの様子を伺っていた。しずくと白の驚愕した声が聞こえてきたのだろう。

 「お姉さん、白先輩とお知り合いだったんですねー。」
 「そうなの、、、。ごめんなさい、大きな声を出してしまって。少し驚いちゃって。」
 「知らなかったら無理ないですよー。」

 そう笑いながら言う青葉は、白とのしずくとの関係に気づいてないようだった。心花の方を見ると、何故かじっとしずくの事を無言で見つめていたのだ。

 「あの、心花さん?先ほどは、ありがとうございました。」

 青葉の前で言うのは申し訳なかったが、気を使ってくれた心花にしずくはお礼を言った。すると、すぐに花ような可愛い笑顔で、「いえ!ありがとうございました。」としずくを見送った。
 しずくが見えなくなるまで、心花は無表情のまま後ろ姿を見つめ続けていた。


 「はぁー。」
 しずくは、白から逃げるように東館から離れて、気がつくと中庭のような広場に着いたので、空いていたベンチに腰を下ろした。

 お昼の時間帯だから、屋台で買った物を食べながら過ごしている人達が多かった。天気もよく、芝生も手入れされているため、草の上でピクニックでもするように、座り込んでお弁当を食べる家族もいた。 

 しずくは、ちょうど木陰になったベンチ座って、呆然とその姿を眺めていた。
 だが、頭の中は白の事でいっぱいだった。


 白の仕事は、絵を描くこととは聞いていたが、まさか絵本作家だとは思ってもいなかった。絵本が好きなのは知っていたが、それを仕事にしているなんて、考えもしていなかった。それに、白に詳しく聞く事が出来なかったのは、しずくのせいでもあった。
 白が話さない事は、知られたくないのかなっと勝手に思っていたのだ。質問して白に拒否されて、自分が傷つくのが怖かったのかもしれない。
 白なら話してくれると思いながらも、自分から言えなかった。年上の彼女として、とても情けない。
 彼を信じていないと思われても仕方がない行動だった。


 そして、サイン会では走るように逃げてきてしまった。驚くことは当然だが、別に悲しくなる必要なんてなかった。「有名な作家さんだったんだね!すごいね!」と褒めればよかったのかもしれない。
 だけど、しずくは「どうして内緒にしていたの?」という疑問だけが頭の中を閉めていた。
 短い時間かもしれないが、白は自分の事を信頼してくれていると思っていた。だからこそ、何故黙っていたのかが理解できなかった。
 白の事だから、何か理由があるのもわかる。

 しずくは、知らない姿の白を見て、寂しい気持ちになってしまっていたのだ。
 大学生として、王子と呼ばれ、人気だった彼。
 絵本作家として、有名人だった彼。

 しずくにとって、彼はしずくの彼氏としての白しか知らなかった。
 全部知りたいというのは、ただの我が儘で、嫉妬なのかもしれない。
 そんな醜い自分を、白の前で隠し通す事がしずくには出来なかった。


 考えるだけでも、悲しくなりずっと胸に抱いてきた絵本をそっと眺める。
 優しい色合いの可愛らしい絵本だ。
 「こんな素敵な絵本を作れるなんて、白はすごいね。」
 独り言を溢しながら、絵本を捲ろうとした。すると、「そんなことないですよ。」と、聞きなれた声がすぐ近くから聞こえた。

 パッと顔を上げると、そこには先ほどしずくが逃げてきた相手がしずくを見下ろしていた。










 「やっと見つけました。先程からずっと電話してたのに。」

 そう言いながら、白はしずくの隣に座った。大きめのベンチではないため、寄り添うように彼が座る。気まずくなりながらも、彼をみると額にうっすらと汗が滲んで、顔も少しだけ赤くなっていた。薄手のセーターも袖を巻くっており、白が必死になってこの人で溢れかえっている場所でしずくを探していたのがわかった。
 いつもの白がすぐそこにいるのに、しずくは何故か他の誰が違う人のように感じてしまってきた。
 自分では手の届かない、遠い憧れの存在に感じるのだ。
 そんな人と隣に座っていいのか。自分に自信がなくて、視線はどんどん下に下がってしまう。

 「しずくさん?」

 そんな様子を見て、白は心配そうにつぶやき顔を除き込もうとした。

 「ごめんなさい。僕が黙っていたことで、すごく悲しい思いをさせていますよね。自分勝手な理由で黙っていたので、、、。」
 
 白は、酷く落ち込んでいるしずくの頭を撫でながらそう説明しようとしてくれた。
 優しく問いかけるように話す彼は、子どもをあやしているようにも見えたが、白がしずくの態度に怒っていないようで少し安心した。

 「白くん、あのね、、、。」

 自分の複雑な気持ちを伝えようと、しずくが顔を上げた瞬間だった。

 「ねーねー!あれって、絵本王子じゃない?」
 「え、白先輩!?」
 「きゃーー!卒業してから始めてみたー!かっこいいー!」 
 「王子ー!あ、でも女の人と一緒だよ?珍しくない?」 

 ある女子生徒が白の事を見つけたようで、声を挙げるとあっという間に人が人を呼び、ベンチの周りにはちょっとした人数が集まっていた。
 どれも若い女の人で、しずくはあまりの迫力に固まってしまった。
  
 「白くん、私と一緒じゃまずいんじゃないかな?」
 「、、、こんなに人が集まるとは思ってなかったんですけど、、、。とりあえず、その場から離れましょう。」

 そう小声で彼が言うと同時に、白はしずくの手を持って群集を避けるように反対側へと逃げた。
 彼に着いていくだけで必死だったが、しずくは絵本だけは守ろうと片手で胸に押し付けて、懸命に走った。
 しばらくすると、人が全くいない静な場所についた。そこには大きな木に囲まれた、建物がひとつあった。他の建物とは異なり、木像の古びた2階建ての建物だ。
 白はポケットから鍵を取り出すと、その建物のドアを解錠し、「ここに入ってください。」としずくを促した。
 白としずくが入ると、また鍵をかける。しばらく黙っていると、「あれー?いないよ?」 「この建物は、鍵かかってる!王子どこいったのー?」という、女の人の声が聞こえた。だが、この周辺に白が見当たらないとわかると、その声と足音は次第に遠退いていった。

 「これで一安心ですね。中に入りましょう。」
 「ここ入ってよかったの?」
 「キノシタ先生の許可は貰ってるので大丈夫です。」
 
 白はしずくの手をとると、しっかりと握りしめて、案内するようにゆっくりと歩き出した。

 「わぁー!すごい本の数!それにステンドグラスも素敵!」
 「ここは旧図書館なんです。あまり使われなくなった書籍が保管されていて、普段はあまり開放されてないんです。」 
 
 そのは、中央に、閲覧スペースのためにテーブルや椅子が置かれており、壁にはぎっしりと本棚が並べられている。まるでホールのような作りになっていた。入り口から真正面には色とりどりのステンドグラスがあり、そこからの光で本や図書館内を明るく染めてくれていた。その雰囲気がなんとも神秘的で、しずくは魅了されてしまっていた。
 その様子を見て、嬉しそうに笑いながら「気に入ってくれましたか?僕のお気に入りの場所なんです。」と、教えてくれた。

 しばらく、旧図書館を見学した後、白は閲覧スペースの端の席をしずくにすすめた。
 そして、白は向かい側ではなく、手を繋いだまましずくの隣に座った。

 「少し落ち着けましたか?」
 「うん、、、いろいろごめんなさい。白くん、大人気だね。」
 「そんなことないですよ。久しぶり見つけたのと、お祭り効果でテンションが上がってるだけです。」

 白はそんな風に誤魔化していたが、女子生徒に人気があるということは事実だろう。
 本人はあまり気にしていないようで、「それよりも、、、。」と話題を変えようとしていた。
 
 「しずくさん。僕が絵本作家という仕事をしているのを黙っていて、すみませんでした。理由があって隠していたのですが、それによってしずくさんに心配かけたり、悲しい思いをさせてしまって。それでは、隠してた意味が全くなかったです。ほんとうにごめんなさい。」

 白は、しずくの手をぎゅーっと強く握りしめながらそう謝った。彼の理由というのはとても気になるが、彼には悪気があって秘密にしていたわけではないと、しずくにはわかっていた。
 白が謝る理由はきっとない。しずくは、そう思っていた。すべては、自分の気持ちの弱さのせいだと。

 「白くん。白くんは悪くないの。私が悪いんだよ。」
 「そんなことは、、。」
 「、、、白くんがどんな仕事をしていたのか気になっていたのは確かだけどね。それを聞いて、白くんに拒否されてしまうのが、私は怖かったの。また、白くんを信じられてなかった。」

 しずくは、泣きそうになりながらも、自分の気持ちを最後まで伝えるまでは泣けないと必死にこらえた。白は、しずくの気持ちを受け止めるようにずっと手を握り、話を聞いてくれる。

 「それにね、さつき先生が白くんだってわかった時ね、どうして内緒にしてたのかな?っては思ってたけど、秘密にされて嫌だとは思わなかった。思った通りかもしれない、信用されてないのかなって。でも、それは白くんが何か理由があるって何となくわかってたの。、、、それよりもね、白くんがずっと遠い人に思えてしまって、切なくて。」
 「しずくさん、、、。」
 「大学に来て可愛い学生さんも沢山いて、半年前までここで白くんがいたんだと思うと、沢山告白されたんだろうなーとか。さっきも、絵本王子って呼ばれて追いかけられてたし、、、それだけでも嫌な気持ちになったのに、さつき先生っていう有名人だったってわかったから、自分には釣り合わない遠い憧れの存在にみえて。知らない人に嫉妬ばっかりするし、自分には釣り合わないって思うしで、、、、っ、、、。」

 白に自分の気持ちを伝えていたら、いつの間にか思いが溢れすぎて、次から次へと醜い言葉が口からこぼれていた。そんな自分を見てもらいたくないはずなのに、しずくは気持ちが押さえられなくて、話しつづけてしまった。


 それを止めたのは、白の口づけだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...