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21話「次の約束」

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   21話「次の約束」




 それからは毎日が忙しなく過ぎていった。
 千絃達が制作しているゲームが、発売される前から期待度が高く、情報や動画を上げる度に反応が大きく、ネットニュースやSNSで取り上げられる事が多くなっていた。ゲームを作るスタッフにとってはとてもありがたい事で、更にやる気が上がってきているのを響は肌で感じていた。もちろん、響自身も同じだった。まだ、この会社でも、演技者としても新人だが出来る限りの力を出していきたい。そう思っていた。
 しかし、ゲームが人気が出るほど「早く完成させろ」と言ってくるのが上層部だった。
 「キャラクターの準備はまだか」「声優は大物を使おう」「コラボレーションにお金をかけよう」など、要望と仕事が増えていく一方なのだ。響を起用した事での注目度も上がっているのが気になっているようで、響も何かイベントなどに登壇して欲しいと言われていたので、「自分でいいのだろうか?」と思いつつも受け入れる事にした。


 そんな事で、響は沢山のキャラクターのモーションを撮ることになり、毎日撮影場所に籠るようになっていた。もちろん、千絃もモーションの確認や響との共に撮影する事もあった。けれど、ほとんどがPC作業になっており、響と千絃は同じ会社にいるのに会わない事もあった。

 けれど、彼と少しでも話したり、真剣な横顔を見れるだけでも同じ職場というのはいいな、と響は思っていた。




 「わぁー!!響さんと撮った殺陣のシーン、すごい人気ですね。再生回数がすごいですよ」



 休憩していた響と斉賀は、先ほどから千絃達が更新した動画を見ていた。隣に座っていた斉賀は興奮した様子でスマホ画面を響の方へと向けた。響はそれを覗き込むと、確かに先ほど更新したという知らせが来たばかりなのに、かなりの回数が再生されていた。


 「本当ですね……すごい……」
 「コメントも褒めてくれるものばかりで嬉しいですねー!でも、そのままの響さんがまずかっこいいから当たり前ですよね」
 「そんな事ないですよ。……皆さんの映像が本当にかっこよくて……それに見る角度がいろい変わるのもすごいですよね。見入ってしまいます」
 「月城さんのカメラワークすごいですよね!本当に先輩は何でも出来るんですよー。制作者の名前なんてファンは知らないことが多いんですけど、月城さんの名前があると当たりのゲームだって有名なんですよー。それぐらいの実力者なんです」
 「………そうなんだ………」



 斉賀の話を聞いて、響は思わず千絃の方を見てしまう。先ほどまで作業をしていたはずなのに、モーションの確認がしたいと、響のところに来ていたのだ。今は数人のスタッフと何やら話を進めている。
 彼がこの世界で有名なのは知らなかったけれど、会社内で慕われているのは見ていればわかる事だった。そして、いつも彼が見せてくれる映像は響を驚かせるものばかりだった。




 「…………月城さんと何かありました?」
 「え?!」


 気づくとすぐ近くまで寄り、響の耳元で囁く斉賀に響は思わず高い声を上げてしまった。
 動揺した響の様子を見て、年下のはずの斉賀がニヤリと笑った。


 「あー!やっぱり何かありましたね!前から月城さんが響さんを見る視線は優しくなりましたけど、今は響さんもとってもほわほわしてて………もしかして、昨日帰ってから………」
 「なななんにもないですよ!?斉賀さん………っっ!」
 「ははは!響さんは嘘が下手ですねー」


 あまりに下手な演技だったのだろう。斉賀はとても面白そうに笑っていた。


 「一緒に会社に通勤したり、帰ったりしていたのに、恋人じゃないって聞いたときは驚きましたけど……やっぱり月城さんは響さん狙いでしたかー。これで会社内で何人の女の子が泣く事か………」
 「斉賀さん……その他の人には絶対に内緒でお願いしたいんですけど………。千絃って、そんなに人気あるの?」
 「えぇ!それはそうですよー。かっこよくてクールで、でも優しい所もあるし仕事は出来る。先輩にも後輩にも慕われて、出世するでしょうし、他の会社に引き抜かれてもよし!独立しても大丈夫だろうし………。それぐらい、月城さん自身にも月城さんの仕事にも惚れてる人は多いって事ですね」
 「………そうなんだ。千絃はすごい人になってたんですね」



 知らないところで努力し、仕事では結果を残していた。そして、女の人にもモテ、仲間にもファンにも慕われている。
 そんなキラキラ光る千絃を見ていると、何故か遠くの存在に思えてしまう。


 「響さんは大丈夫だと思いますけど、安心しきってると、月城さん取られちゃいますから気を付けてくださいね!あ、私は大好きな彼がいるから味方ですよ」
 「………気をつけます」
 「あ、それと……こんな話をしたって事は千絃さんに内緒ですよ!」
 「何が俺に内緒だって?」
 「月城さん!?」
 「千絃っ」


 会話に夢中になりすぎていたようで、背後に千絃が居たのに全く気づかなかった響と斉賀は驚きの声を上げた。まさに話していた張本人が後ろに居るとは思わずに、思わずギクリとしてしまう。
 しかも、自分の名前が聞こえていたため、本人は少し不機嫌そうだった。


 「で、何を話してた?」
 「えっと………特には……」
 「嘘つけ。やばいって顔してるぞ」
 「月城さんがいかにモテるかを説明していたんですよー。今年のバレンタインを沢山チョコ貰ってましたもんねー?」
 「………斉賀………お前な……」


 企んだ表情の斉賀を見て、彼女が考えている事がわかったのか、千絃は響を見てはーっとため息をついた。


 「余計なこと教えるな」
 「はーい!じゃあ、私は作業に戻りますので。月城さんは響さんは休憩しててくださいねー」


 斉賀さんはニヤニヤと笑いながら席を立ち、足早に去ってしまう。
 こんな状況で置き去りにして欲しくなかったけれど、千絃は何も言わずに斉賀が座っていた椅子に座ってしまったので、響は逃げることが出来なくなった。


 「…………で、俺に聞きたいことは?」
 「特に………やっぱりモテてたんだなーと思っただけだよ」
 「おまえだってそうだろ。昔、俳優と話題になってただろ?」
 「あれは一緒に食事に行った時に撮られただけで何もなかったよ?というか、もう何年も前の事じゃない」


 響は昔、週刊紙に話題の俳優とのデートが報じられてしまい、一時期大変な思いをしたのだ。たまたま、ニュースの司会で響の練習に取材をしに来たことがある人で、数人と食事をしたのだ。帰り道に2人が同じ方向だからと一緒にタクシーに乗ったところを撮られてしまったのだ。お互いに「違う」と説明したので、何とかなったけど、それも数年前の話だ。そんな事を千絃が話題に出してきたのに響は驚いた。


 「………傷の抜糸っていつだ?」


 急に話題を変えられて、響はきょとんとしながら、その質問に答える。


 「明日よ。仕事休みの日に予約したから」
 「そうか。………なら明日は俺のうちな」


 千絃は立ち上がりながら、さりげなく響の耳に顔を寄せて、そう呟いた。


 「風呂の約束。忘れるなよ」
 「…………ぇ…………」


 響はすぐ彼の言葉の意味がわかり、耳を赤くしてしまった。
 そんな響の様子を見て満足したのか、千絃はさっさと仕事に戻ってしまう。
 
 

 『響を貰う時に、俺が響を綺麗に洗ってやる』


 その台詞を頭の中で思い出し、響はしばらくの間、真っ赤になった顔を他のスタッフから隠しながら休憩をとったのだった。



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