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19話「助けて」

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   19話「助けて」




 「あんたの旦那、檜山を殺そうとしてただろう?今から殺せるんだ。いいチャンスじゃないか」
 「…………蛍くん。………どうしてそれを………」


 何故、蛍が椋の復讐の事を知っているのか。
花霞は唖然としながら蛍を見つめる。蛍はその表情を見て、楽しそうに笑った。


 「さすがにそれは予想外だったか。俺の目的は檜山を殺すこと。お前の旦那と同じ目的があった。俺もあのラベンダー畑で檜山を殺そうとしていたのに…………おまえの男に邪魔をされたんだよっ!しかも、檜山を殺し損ねやがってっ!………俺の計画は全て実行不能となった」
 「…………檜山を殺す事って………蛍くん、あなたはあの麻薬組織の一員だったんじゃ………」
 「…………檜山を殺すのが俺の目的だ。それだけわかればいいだろ。………まぁ、俺の計画を台無しにしてくれた、椋って男も殺したいぐらいだが、俺の手駒にしてやれば使えるかと思ったんだ」
 「そんな…………」


 花霞は表情を歪ませて彼を見つめる。
 復讐を止め、檜山に罪を償わせようと心に決めた椋に、檜山を殺せというのが、蛍の要求だった。

 椋にはそんな事をさせられない。

 やっと心の整理が少しずつついてきたはずなのに、また復讐心を思い出させてしまうのはダメだ。それに、人を殺す事など、させていいはずがなかった。


 「…………そんな事、出来ない………」
 「まぁ、そうだろうな。あんたはあの男にご執心だからな。だったたらっ!!」
 「………きゃっ………」


 花霞の肩を掴み、椋は花霞の体を押し倒した。ソファに倒れた花霞を覆うようにソファに乗り、蛍は花霞を見下ろした。

 
 「や………やめて………」
 「動くな………」
 「っっ!」


 花霞の顔のすぐ隣のソファに、ザグッとナイフを突き刺す。瞳を横に動かすだけで、ナイフの鋭利な光りが見えて、恐怖心が高まり、鼓動が早くなった。

 泣きそうな顔になる花霞を笑顔で見つめ、露になった花霞の体に蛍の冷たい手が触れた。その感覚に、花霞はビクッと体を動かした。けれど、ナイフの恐怖から抵抗する事など出来るはずもなく、蛍の視線や手の動きに、必死に耐えるしかなかった。


 「檜山を殺すのが無理なら、あんなを抱いてボロボロにして警察に捕まって……刑務所の中で俺が檜山を殺してもいい。檜山殺しを邪魔された、あんたの旦那への復讐にもなるしな」
 「………」


 花霞の首筋や胸元、そして腹部と彼の手がどんどんと下がっていく。そして、スカートの上から太ももに触れられる。花霞は恐怖からまた体を震わせた。


 「旦那相手じゃくても体は反応するんだ………」
 「ちがっ………」
 「………人妻を抱くのは初めてだな。背徳感があって、面白そうだ」
 「………や………やめて………りょ……さん……」


 スカートが捲られ、花霞は目をギュッと瞑った。彼に助ける声が出てしまう。
 やはり自分一人で解決する事も、蛍を説得することも無理だったのだ。
 しかも相手は武器を持っていた。その恐怖に勝ちたいと思ったけれど、間近で見ると体がすくんでしまうのだった。始めは我慢していたけれど、相手が冷静さを失い、怒りをぶつけてくれば、本当に何かされてしまうのではないかと危機感を感じてしまう。
 そして、今は彼を守ると言ったのに、それが出来ずに蛍に襲われてしまっている。

 椋も守りたい…………そして、蛍も。
 そんな欲張りな考えがいけなかったのだろうか。

 花霞はギュッと目を瞑った。
 
 蛍がスカートを捲る。すると、ガタンッと何かが床に落ちる音がした。
 蛍は不思議に思い、床に落ちたものを見た。そこには、暗い部屋に淡く光るスマホが落ちていた。
 花霞はハッとして目を開いた。それは花霞がスカートに入れていたスマホだった。

 蛍は花霞を睨み付け、「スマホ持ってきてたのか?!………くそっ、これじゃ居場所が………」と、スマホを取り上げて投げようとした。


 「遅い」
 「なっ!!」


 静かな部屋に、花霞でも蛍でもない第三者の声が響いた。けれど、その言葉を意味を理解する頃には言葉通り遅かった。

 蛍は首元を掴まれ、投げ飛ばされる。蛍は低い悲鳴を上げながらも、体を起こそうとしたけれど、頭と肩を地面に押し付けられ、体はその声の主に乗られてしまい動くことが出来なかった。


 「河崎蛍(かわさき けい)、だな?」
 「………くそっ!!おまえは………」
 「………りょ、椋さん………」


 花霞は暗闇の中、蛍を抑えつけている男を見て声を挙げた。そこには、椋の姿があった。
 青いシャツにズボンという警察の制服を着ており、椋はすぐに手錠を蛍の腕にかけた。それでも逃げ出す心配をしたのか蛍をずるずると引っ張り窓枠と手錠を太いロープで結んだ。


 「花霞ちゃん………ごめん。遅くなったね………」

 
 そういうと、花霞にソファにあった大判の毛布をかけた。ふわりと掛けられるとき、何故が花の香りを花霞は感じた。


 「おまえ………鑑椋だなっ!?檜山を殺せなかった出来損ないがっ!何で俺の邪魔ばかりすんだ!!」


 腕を吊るされた状態の蛍は、ガチャガチャと手錠を揺らして暴れていた。けれど、それが外れることはない。


 「………話しは聞かせてもらってたよ」
 「…………え………」


 椋の言葉に蛍は驚き唖然としていた。
 花霞は椋にかけてもらった毛布で体を隠しながら、蛍に話しかけた。


 「今日、蛍くんがきてブーケを作っている時から椋に電話をしていたの。音もバイブも切って、ライトも暗くして通話したままポケットに入れていたの」
 「………驚いたんだらからな、電話が来たと思ってとったら、「絶対に切らないで」と言っただけで、後は一切応答はないし」
 「…………ごめんなさい」
 「…………女の勘、だっけ………そこまで警戒してたか」
 「ごめんなさい、蛍くん。でも、私はあなたが何をしたかったのか知りたかった。そして、麻薬をしているなら止めたかったし、組織に入っているなら止めて欲しかった。…………せっかく花が好きになってくれたんだもの………」
 「だから、俺は花なんてっ!!」
 「好き、になったんでしょ?」


 花霞の言葉に、蛍はギクッとして花霞から視線をそらした。
 先ほどの怒った表情ではなく、戸惑っているようだった。


 「………何を言って………」


 花霞は、ゆっくりと蛍に近づいた。
 椋は「近づかない方がいい」と止めたけれど、花霞は首を小さく横に振って、「大丈夫だよ」と言い、蛍の前に膝をつけて腰を下ろした。


 「蛍くんの目を見ればわかるよ。始めは本当に好きじゃなかったと思う。けど、少しずつ好きになってくれてたよね。ブーケ受けとる時、とても幸せそうな瞳になってた。キラキラしてたよ」
 「そんなのおまえの勘違いだろ!?何言って………」
 「じゃあ、嫌いな花をこの家に持ってきたの?嫌いなら、この部屋に来る前にどこかに捨てればいいのに。………どうして、私に花の長持ちする方法を伝えたの?育て方を伝えたの…………?」
 「そ、それは…………」


 蛍の瞳が揺らいだのを、花霞は見た。
 やはり、彼の中で迷いがあるのだ。
 それがわかり、花霞は少し安心した。

 蛍の心は、まだ復讐に染まりきっていない。きっと、花との出会いが彼を変えてくれた。
 そんな気がしたのだ。


 「警察に捕まってしまったら、あなたの気持ちを知ることが出来なくなってしまうわ。………お願い、私と椋にあなたの気持ちを教えて。蛍くんが何を思って、あんな事をしたのか。………何をしたかったのか………どんな事があったのか………。話してくれないかな」


 花霞は、俯いた蛍の顔を覗き込む。
 すると、そこにはただの幼い少年の表情があった。

 悲しみ、戸惑い………助けを求める。
 そんな蛍の表情を向けて、花霞は優しく微笑み掛けたのだった。



 
 
 
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