溺愛旦那様と甘くて危険な新婚生活を 番外編

蝶野ともえ

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12話「再びの悪夢」

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   12話「再びの悪夢」





 「またか………」


 仕事の休憩中にスマホに届いたメールを見てはため息をつく。
 それが最近の椋の日課になっていた。

 遥斗のメールアドレスを使った偽物のメールが届いたあの日から、毎日のように偽物からのメールは届いていた。
 どれも「許さない」や「助けてほしかった」など、椋と遥斗の境遇を知っているかのような内容だった。

 きっと檜山が所属し、椋と遥斗が潜入捜査で入っていた麻薬組織の誰かだろうと椋は思っていた。
 椋は自分が作ったボディガードの派遣会社の社員に連絡を取り、話を聞いてみたが心当たりのある人物は出てこなかった。
 
 そんな時に弱火になってきたその麻薬組織に動きがあるという情報が入ったのだ。




 「今日は組織の本拠地と思われるところに潜入する。やっと手に入れたチャンスだ。気を引き閉めて臨め」
 「「はいっ!」」


 上官の言葉に椋や誠は返事をし、準備を始める。今回は本拠地に潜入するということで、拳銃を所持する事を許された。
 ほとんど活動しなくなった組織だが、まだ捕まっていない人員も多いはずだ。隠れて組織を立て直そうと暗躍しているはずだ。
 そんな奴らが警察が潜入したとすれば何をするかわからない。
 椋は真剣な表情で作戦をチェックしていた。


 「鑑先輩、よろしくお願いいたします。今日、初めての突入なので緊張してるんですが………が、頑張りますっ!」


 肩が上がり、目が泳いでいる誠を見て、椋は思わず苦笑してしまう。初めての経験となれば誰もが通る道だが、あまりにも固くなりすぎだ。だが、誠はいつもならばPC越しに見えない敵と戦っており、目の前の生身の人間との対峙はほとんど経験していないはずだ。
 椋は誠の肩をポンポンッと叩いた。


 「誠。おまえは緊張しすぎた。それではいざって時に頭が働かなくなるぞ」
 「す、すみません………拳銃を持つのも本番では初めてなので………体が固いというか重い気がして」
 「おまえの任務は俺の援護だ。俺は先陣を切る役目だから、お前は後ろを守ることだけに集中すればいい。今日はそれだけを気にしろ」
 

 椋は誠が安心できるような言葉を選び話しかける。誠は真剣に話を聞き、そして、力強く頷いた。


 「わかりました。先輩の背中は俺が守ります!」
 「………頼んだ」


 少しでも肩の力が抜けていればいいが、と心配したけれど、先程より表情は柔らかくなったように感じ、椋は取り合えずは安心をした。


 今回の組織とは、深い因縁がある。
 早くこの組織の事件は全て終わらせたい。そう思っている。
 悪いことだらけの思い出だ。
 今でも潜入捜査をしていた時の事を思い出しては後悔する事もあった。


 けれど、過去を悔やんでも何も変えられない。
 それならば、目の前の事を精一杯やって、少しでも苦しむ人々を減らしたい。
 その思いで、この組織と向き合っていこうと決めた。


 拳銃を手を取ると、あの日の事を思い出す。
 もう自分の手に取る事はないと思っていた。けれど、今こうして自分の手の中にずっしりと重くて冷たい黒い武器がある。指1本を引くだけで、人を殺したり、花霞のように傷つけてしまう。
 けれど、今は自分を守るためにあるのだ。
 なるべくならば、この武器を使いたくはない。けれど、いざとなったならば、この拳銃を使う。
 花霞の元に帰らなければいけない。
 愛しい彼女が待つ所へ帰りたいと強く願っているから。

 椋は拳銃を握りしめながら、潜入の時を待った。









 『時間だ。作戦開始』
 「…………了解」


 耳に着けている無線から上官の声が聞こえた。その声を聞き、椋や誠の他数名でその本拠地に突入した。
 麻薬組織が隠れ家としていたのは街から離れた廃工場だった。小さな工場だが、塀は高く窓は少ない。そして周りに住んでいる人はいない郊外のため、絶好の隠れ家だっただろう。警察を見つけられないはずだ。
 椋は頭に叩きこんた廃工場の見取り図を思い出しながら、一番広い部屋へと向かった。
 中の状況を見ながら進んでいく。奥に行くに連れて、椋は妙な違和感を感じた。
 静かすぎるのだ。
 皆が寝てるいる時間なのかもしれないが、それにしても人気を感じない。そして、椋の警察としての勘で嫌な風を感じた。

 

 「誠………」
 「はい」


 椋は小さな声で後ろにいる部下に声を掛ける。緊張した面持ちの彼は、暗闇の中、きょろきょろと椋の背後を警戒していた。隙のない動きをしているし、ほどほどの緊張感もあり、集中もしている。初めての突入にしては落ち着いているように見えた。


 「何か妙な違和感を感じる。気を付けろ」
 「わ、わかりました」


 椋は誠に警戒を促すと、またゆっくりと進み始める。あと数歩で目的の場所だ。他の部隊も違う場所からここに入る指示を待っているはずだ。

 「鑑、到着しました」
 『了解』


 内線で報告をし、他の部隊と同時に突入をするのを待つ。
 しかし、椋にはどうしても先に人がいるとは思えなかった。
 それを報告しようか迷っていると、次の指示が来てしまう。


 『全部隊、所定の位置に着いた。今から投入を始める。カウント、5.4.3.2.1go!』

 「くそっ!」


 自分の決断力のなさに思わず悔しさを表す声が出た。が、もう止めるわけにはいかない。
 椋は拳銃を構えて、暗闇の先の部屋へと突入をする。
 半開きになっていた鉄の扉を体を使ってこじ開ける。
 
 他の部隊も同士に部屋に入る。
 大型ライトを持った部隊が部屋を照らす。
 そこは、工場の中心部のようだ。天井も高くどこかのホールのように広い部屋だ。けれど、そこには機械も何もない。

 そして、人影も全くなかった。

 居るのは、拳銃を構え、装備を整えた警察官数名のみだった。


 「だ、誰もいない……」
 「………ちっ。情報が漏れてたか」


 唖然とする誠の横で、椋は悔しさを滲ませながら言葉を吐きつけた。
 どんなに小さな組織となっても、すぐに姿を見せるような存在ではないようだ。やはり厄介な奴らだ。


 「他の部屋もありましたよね。何か残ってないか、調べてきます」
 「おい!勝手な行動は止めておけっ!」
 「大丈夫です。調べるだけです。」
 「誠、行くなっ!!」


 椋が誠を止める。

 それは、過去の悲惨な記憶があるからなのか、警察としての勘なのかはわからない。
 けれど、彼の全てで誠を止めなければいけないと警報を鳴らしてきた。頭がガンガンする。
 椋は誠を追いかけるが、そこからは何故がスローモーションのように見えた。


 誠が近くのドアを開けた瞬間。
 カチッという不気味な機械音が鳴った。
 その音は一瞬で、次にピカッという光と爆風を感じた。

 椋の体は風により飛ばされ、床に叩きつけられる。
 「ぐっっ!」という、苦痛を漏らした声だったけれど、痛みは腰や肩などで、すぐに立ち上がることが出来るぐらいの軽い痛みだった。


 「おいっ!どうした!?」
 「爆発だっ!」


 周りの部隊の人々の声が聞こえる。
 けれど、椋には全てどうでもよかった。


 「……誠…………まことー!!」


 椋は爆煙が上る場所へと飛び込む。
 周りからは「おい!何してる、鑑っ!!」と呼ばれたが、そんな事を気にしている場合ではなかった。

 爆発の原因は、爆弾が仕掛けられたドアを誠が開けた事が原因だろう。という事は、爆発があった時に1番近くにいたのは誠だ。

 椋は煙の中を必死で誠の姿を探した。


 「くそくそくそっ!………また、またなのか…………また、俺は助けられないのか?」


 体は震え、目は涙が浮かぶ。
 冷静にならなければいけないはずなのに、そんな事は出来なかった。
 煙のせいで、ゴホッゴボッと咳が出る、大声を出せば危険だとわかっていたけれど、椋は大きく息を吸った。


 「まことーーーっっっ!!!」


 反応はない。
 そう思ったけれど…………小さな声が聞こえた気がした。


 「誠?いるのか………?」
 「せんぱ…………ここ、で…………」


 椋のすぐ傍から声が聞こえた。
 幸い他の爆発はなく、少しずつ煙が消えていく。声が聞こえた先を見つめ、手を伸ばすと壁にもたれ掛かって座り込む誠の姿が見えた。
 顔は少し火傷をしており、全体は煤で覆われている。足には爆発時の爆風で飛ばされた何かが刺さっているようで血が出ていた。


 「おいっ、大丈夫か?」
 「すみません………勝手なことして。………体が動かないだけで………」
 「わかった。後はしゃべるな」


 椋は誠の肩を持ち、誠を抱えながら歩き始めた。

 「………悪かった。」
 「な、何で先輩が謝るんですか?」
 「しゃべるなって言っただろ!」
 「ぅ……………」
 「…………お前が生きててよかった」
 「……………」


 椋の言葉を聞き、しばらくすると誠が鼻をすする音が聞こえ来た。


 椋はホッとしながら、ゆっくりと煙がない広場へと歩いたら。


 その時、椋の瞳から涙が一粒落ちたのを、椋も誠を気づく事はなかった。




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