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11話「キスマーク」
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家に帰って夕飯の支度をした後はリビングで本を開き、ノートにメモをしながら、ブーケ教室で何をやるかを考えていた。
来てくれる人はただブーケを作ればいいだけなのだろうか?それとも、その後のケアなども知りたいのだろうか?それとも使った花の事も知りたい?
考えれば考えるほど悩んでしまうけれど、きっと知りたいと思っている人はいる。蛍のように知識を増やしたいと来てくれる人はいるのだと思い、花霞は詳しく伝えようと思った。
そのためには自分の知識だけではだめだと、いろいろな事を調べていく事にした。
以前椋に買ってもらった花の図鑑を見たり、ネットで調べながら、伝えたいと思った事をノートに書いていく。
それが終わったらラベンダーのブーケが欲しいと言った蛍のために、どんなブーケにするのかを考えて絵にまとめていた。
「ただいま、花霞ちゃん」
すると、いつの間にか帰ってきていたスーツ姿の椋がリビングに顔を出した。
「あ………ごめんなさい。全然気づかなくて!」
花霞は慌てて立ち上がろうとしたけれど、「いいよ。そのままで」と言って、花霞の隣に座った。
「集中してたんでしょ?」
「うん………次のブーケ教室の事考えてたの」
「そうか。頑張ってるね」
椋は花霞が書き込んでいたノートを見て、何故か嬉しそうに微笑んだ。
「おかえりない、椋さん」
「うん。約束通り早めに帰ってきたよ」
朝とは違う短いキスをする。
それでも今朝の甘いキスを思い出してしまい、花霞はすぐに目が潤んできてしまった。
それに気づいた椋はクククッと笑い、「夜まで我慢して」と、言ったので花霞は真っ赤になってしまう。
「今日はずっと勉強してたの?」
「ううん。午前中はおうちの事して、お昼にパン食べたくなったからお出掛けしたよ」
「いつものパン屋?花霞ちゃんは本当に好きだね」
「うん!そこでお店の常連さんに会ったから、一緒に公園でパン食べたよ。外で食べるるのもおいしいねー」
「よかった。楽しかったみたいで」
急に仕事になってしまい、椋は心配していたのかもしれない。ホッとした様子で微笑み、花霞の話を聞いていた。
「蛍くんがね、私のブーケ教室にも来てくれることになったの。また、生徒さんが増えたから、やる気になったんだよ!」
「えっ………常連さんって男の人なの?」
「うん。若い男の子なんだけど、お花が好きになったなんて珍しいけど嬉しいよね」
「そうだね………珍しいね………」
花霞はそう言うと、にっこり微笑んで花図鑑のラベンダーのページを見つめる。
それを椋はじーっと見つめていた。
「蛍くんね、あそこのパン、おいしいって言ってくれたよ!それと………ぁ………」
椋が花霞の肩を突然掴み、そのまま強い力で引き寄せられた。
あっという間に花霞の体は、椋に包まれてしまう。いつもより強く抱きしめられて、花霞は戸惑ってしまう。
「りょ、椋さん………どうしたの?」
「………花霞ちゃんの口から他の男の名前ばっかり出てきてるよ」
「え………」
「仕事をしていれば、異性と話すことなんて当たり前だし避けられないとも思うけど………休みの日に2人きりでランチなんて………心配になる」
椋の少し拗ねた声が耳に入り、花霞は苦笑してしまう。申し訳ないと思いながら、そんな風に思ってくれた椋に対して嬉しいなと感じてしまったからだ。
「ごめんなさい。……でも、蛍くんはそんな心配は………」
「また名前言った」
「あ………ごめんなさい………」
「そんな男の名前ばっかり呼ばないで」
椋は、花霞の唇に触れた後に、言葉ごと食べてしまうかのように口を開いてキスをされた。
その言葉はもう言わせない、という意味なのだろう。
花霞は、そのキスに応えて自分から腕を彼の首に絡めて抱きしめた。
「花霞ちゃん………?」
「私だって………今日1日、沢山キスしたいって思ってたよ………」
「うん………ごめん。俺の嫉妬だった」
「それも嬉しいけどね」
そう言ってクスクス笑うと、椋は少しムッとした顔を見せて、花霞の両頬を掴んだ。すると花霞の唇が尖って上手くしゃべれなくなる。
「うーはぁん!」
「こんな風にしても可愛いな」
「ぅ………」
「だから、心配になるんだよ。君が誰かに取られないかって」
椋がまた切ない声でそう言ったのを聞いて、花霞は自分の頬を摘まむ彼の手を取り、顔を寄せて彼にキスをした。
彼の瞳を見つめながら、ゆっくりと唇を離して、花霞は椋に言った。
「椋さんだけが大好きなんです。………だから、私を信じて………」
「花霞ちゃん」
「他の誰も好きになんてならないです。出会ったその日から、あなたに惹かれていたんだから」
「……………ありがとう」
今度は椋からキスをして、その後は何度も何度も唇を合わせて、お互いの感触を確かめ合った。
そのうちに、暑い吐息になり、甘い声が出るのにそう時間はかからなかった。
「さっき夜までって言ったけど……もう夜だならいいかな?」
「…………うん。今日出来なかったこと沢山したい」
「沢山キスしよう」
「うん」
花霞の体を椋はゆっくりと押し倒し、ソファに横になる。
彼の重みを体で感じる。
椋の瞳が潤んできたのを見て、花霞は嬉しくなり、目を閉じる。
それが合図となり、また深いキスの時間が始まったのだった。
★★★
「…………年上のいい大人がカッコ悪いな」
椋はボソリと呟きながら、ため息をつく。
隣にいる彼女には聞こえていないはずだ。
ソファで彼女を求めて抱きしめた後、花霞はウトウトとしてしまったのだ。事後の甘く気だるさを感じながら、椋はソファに横になる彼女を見つめる。
椋はソファの傍に座り込み、彼女の鎖骨の部分にある赤い跡に触れた。
それは先程自分がつけた、彼女への印だった。
花霞は自分の物だという証拠。
キスマークなどほとんどつけたことがなかったけれど、花霞の口から男の名前が出てきた事で、椋はつけたくなったのだ。
その男に見せつけてやりたい。
そんな独占欲丸出しの気持ちが込み上げてきたのだ。
「こんなところにつけられたって、迷惑だよな」
きっと花霞は怒るだろう。
「これじゃあ、仕事の時恥ずかしいよ」と言われるに決まっている。彼女に申し訳ない気持ちを感じ、椋はその跡を指で擦った。
もちろん、そんな事で赤い跡は消えるはずもない。
「ん…………」
「あ、ごめん………くすぐったかったかな」
「ううん………。私こそ、ウトウトしちゃって、ごめんね。………お腹空いたね」
寝起きのボーッとした表情のまま、柔らかく微笑む花霞を見て、椋は胸の奥がキュッとした。不意打ちの表情に、胸を高鳴らせるなんて、もう結婚してから大分経つが、彼女への愛しさは増すばかりだと感じてしまう。
「………花霞ちゃん、その………ごめん」
「ん?………どうしたの?」
「………ここ。キスマークつけちゃったんだ。どうしても着けたくなって、我慢出来なかった」
「え………」
花霞は気づいてなかったようで、椋が指差した場所を見つめた。けれど、彼女からは見えない箇所のようで、「ここにキスマークあるの?」と聞いてきた。椋が頷くと、花霞は椋が指差した場所に手を置いた。
「………椋さんにキスマークつけてもらう事あまりないから………その、嬉しいかも」
花霞は頬を赤くさせ、はにかみながら微笑んだ。
彼女の言葉、仕草、表情………全てが、椋をおかしくさせてしまう。
それにこの瞬間、改めて気づかされた。
「君は………本当にずるい」
「え………」
「可愛すぎるよ」
椋は「降参だ」と言い、彼女の首元にポスッと顔を埋めた。花霞は「え?どういう事ですか?」と、困惑しているようだったけれど、椋はそのまま彼女の香りや髪や肌の感触を感じながら、にやける顔がおさまるまで待つしかなかった。
しばらくして、顔を上げると、少し心配そうな彼女の顔。そして、視界には自分がつけたキスマークが浮かぶ白い肌が目に入る。
「君を誰にも奪われたくないんだよ」
椋はそう言って、キスマークの上にまたキスを落としたのだった。
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