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8話「鈍感は時に罪」
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☆☆☆
椋が何故思い詰めた表情をして帰宅したのか。
花霞にはわからなかった。
仕事をしていれば、悔しいことも悲しいこともあるのはわかっている。
けれど、その日の椋は今までで見たことがないような深刻な表情をしており彼にとって重大な事があったのだと花霞は気づいた。
まるで、椋が秘密を持っていた時のようだな、と思ってしまう。
彼に聞こうか迷ったけれど、椋の力になれたらと、思いきって話を切り出してみた。けれど、やはり椋は話してはくれない。
心配をかけたくない。そう思ってしまう気持ちがあるのは花霞も同じだからよくわかる。
けれど、頼ってもらえないのは寂しいものだ。
きっと彼は何かと戦っているのだ。自分で何とかしようとしている。
それを見守るのも大切だ。
そう自分に言い聞かせて、しばらくは椋を見守ろうと花霞は決めたのだった。
そして、花霞の生活も少しずつ変わってきていた。
栞の勧めで、ブーケ教室を始める事にしたのだ。栞はフラワーアレンジメント教室をしていたが、ブーケがあっても楽しいんじゃない?と言われ、週に1度やってみる事にしたのだ。
SNSで紹介した事もあり、初回から数人が集まってくれた。初めは緊張したけれど、花が好きな人たちに教えながら、おしゃべり出来るのは嬉しかった。そして、「また来ます」と、言われた時は感動して泣きそうになってしまったぐらいだった。
次は何を教えようか。そんな事を考える時間も楽しかった。来てくれた人は全員が女性で、
結婚式のブーケを自分で作りたい人、お店に飾りたい人、趣味でやってみたかった人と理由は様々だった。
毎回毎回違うテーマでやってみるのもいいなぁーと、時間を見つけては考えていた。
「こんにちは」
「あ、蛍くん!いらっしゃいませ」
今は他のスタッフはみんな休憩に行っているので、この店には花霞一人だった。客足も落ち着いていたので、花霞はブーケを作ろうかと思っていたところに、蛍が来店したのだった。
今日はサマーニットに細身のズボンで全身が黒だった。けれど足元のシューズだけが白にしており、おしゃれなコーデをしているなと思った。
蛍は、1度来店してからというもの何度かこの店に来てくれていた。あれから家に花を飾るのが楽しくなったと5日1度は来てくれるようになったのだった。ブーケではなく1輪だけだったり、小さなブーケを買ったりもしており、花が好きになってくれ、仲間が増えたようで花霞は嬉しかった。
「花霞さん、1人なんですね」
「はい。みんな休憩中なので。今日はどんなお花をお探しですか?」
「前作ってもらったブーケが痛んできたから、また同じ大きさの物を。そして、どうやったら長持ちするのか教えてほしいんです」
「かしこまりました」
蛍からどんな花がいいのかを聞き、花霞はそのブーケを作っていた。もちろん、今回も蛍は花霞の作業をジッと見ていた。
「ブーケを長持ちさせる方法はいろいろあるんですけど、毎日新鮮なお水あげた方がいいから交換する事。それと、今の時期みたいな高温をさけたいから、部屋が暑い場合は氷水にするといいかもしれないでふ。後は水切りかな」
「水切りってどうするんですか?」
「茎の部分が元気な方が水を吸ってくれるんです。だから、茎の断面が痛んできたら、水の中で斜めに切ってあげると、切り目に空気が入らないから水分を吸収してくれるんです。斜めに切るのは、断面が広くなるからたくさん水を飲んでくれるという理由なんですよ。それから栄養をあげるために延命剤とかもいいかも」
「…………」
蛍の相づちがなくなり、花霞はハッとして彼を見ると、ニコニコと微笑んで花霞を見ていた。
自分が夢中になって力説している事に気づき、花霞は恥ずかしくなってしまう。
「ご、ごめんなさい!私、夢中になって話してしまって。こんな詳しく話されても、おかしいですね」
「あぁ、そんな事ないですよ!知らないことばかりだったから嬉しくて。それに、本当に花が好きなんだなーって思って」
「………はい。好きですよ。ずっとずっと好きだなら、お花には長生きしてほしいから。切ってしまうって可哀想って始めは思ってて、今も少し思うけど………でも、こうやって花を見て喜んでもらえたり、幸せになってもらえたら花も喜ぶのかなって思えて。だから、蛍くんも大切にして欲しいです」
「…………もちろんです」
蛍は花霞の話を丁寧に聞いた後、優しい表情をしながらゆっくりと頷いてくれた。
出来上がったブーケも喜んでくれたので、花霞は嬉しかった。
「花霞さん、あの…………」
「どうしたんですか?」
会計が終わってブーケを手渡した後、蛍は何かを問いかけようとしたようだった。花霞がそれに返事をした彼が言葉を詰まらせた。
「休憩ありがとうございましたー」
と、その時休憩に行っていた栞や他のスタッフが店に戻ってきたのだった。
蛍は驚いた後、ばつの悪い表情をして開きかけた口を閉じてしまった。
「蛍くん?」
「すみません。何でもありません。ブーケ、ありがとうございました」
そういうと、蛍は他のスタッフにも小さくお辞儀をして見せを出ていってしまった。
「また蛍くん来てくれたんだね」
「うん………」
「どうかした?」
休憩から帰ってきた栞は、花霞に訪ねた。
花霞は「何か話したいことあったみたいで………」と、栞に自分の考えを伝えた。
彼が言いにくそうにしていた事は何なのか。花霞はしばらく考えた後、顔を上げて栞に問い掛けた。
「もしかして、蛍くんさ………」
「うん………」
「ブーケ教室に入りたいじゃないんかな!?」
「……………」
花霞の言葉を聞いて、栞と他のスタッフは唖然として花霞を見つめていた。
その様子を見て、花霞は「あれ?」と、声を洩らした。思っていた反応と違うからだ。
栞は呆れた顔で、花霞に近づき肩をポンポンッと叩いた。
「花霞。それは違うと思うよ」
「え、そうかな?」
「うん………ほーんの少しだけ可哀想に思えてきたよ」
「???」
栞の言葉の意味を理解出来ず、頭に?マークを浮かべる花霞見て、を栞とスタッフは大きなため息をついたのだった。
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