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7話「一時の穏やかな時間」
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「なんだよ。これ…………」
このメールを送ってきたのが遥斗ではないのはわかっている。あいつはもういないのだ。
もし生きていてくれて、椋にこのメールを送ったのだとしたらどんなにいい事か。
だか、こんなメールを遥斗が送らないというのも椋にはわかっている。
それなのに、何故か動揺してしまうのだ。
遥斗が死んだ後に、そんな風に思っているのではないか。
そう考えたことが何度もあったからだ。
それを文字にされると、やはり胸にグサリとささるものがある。
あんなにも辛い状態で死んでいったのだ。遥斗が自分を恨んでも仕方がない。そんな風に思ってしまう。
「………誰かわからないが、いい趣味をしてるな」
椋は、そのメールをもう1度見てからスマホを閉じた。
そのメールを削除する事は出来なかった。
デスクに戻りながら、椋は深く呼吸をして少しずつ冷静を取り戻していった。
まず、考えなければいけないのは、誰がこんな悪質ないたずらをしているのかだ。
まず、遥斗のスマホは彼が亡くなった時に見たが車に何度も踏まれてしまいボロボロになっていた。原型もないぐらいにガラスは割れ、本体も凹んでおり、部品が至るところに飛び散っていた。
そのため、調査が終わったあとは遥斗の実家に返されたはずだった。もし、そのスマホが盗まれたとしても、とてもじゃないがメールを打てるはずもない。
そうなると、彼のメールアドレスを奪ったやつがいるのだ。そして、それは簡単に出来ることではないはずなので、PCの知識がある人物がやっていると思われる。
檜山がいた組織でも、そういう仕事をしている者達がいたのも、椋が潜入捜査をしていたため知っていた。
遥斗を知っており、わざわざ椋にメールを送ってくるとなると、ドラッグの闇組織が関わっているのは明白だった。
「またやっかいな事にならないといいけどな」
誰かが自分を目につけている。
それがわかっただけでも大きな収穫だった。
これから注意しなければいけない。そう心に強く思い、椋はまた仕事に戻った。
その日は事件や進展もなく、時間通りに勤務を上がることが出来た。そんな事は滅多にないので、椋は急いで自宅へと戻った。
家の部屋の鍵を開けて「ただいま」と言うと、パタパタとスリッパを鳴らし駆けてくる足音がする。
靴を脱いで顔を上げると、ニッコリと微笑むエプロン姿の花霞が出迎えてくれる。
「おかえりない、椋さん」
「あぁ、ただいま」
椋が彼女に手を伸ばして、花霞の頬に触れながら顔を近づけ、小さくキスを落とす。
すると、ほんのり頬を赤くしながら嬉しそうに笑う。出会った頃より照れる事はないようだが、まだ恥じらいはあるようだ。いつまでも慣れずにいるようにも見えるが、少しずつ彼女の心境も変化していた。
あまりに疲れすぎてただいまのキスを忘れた時は、花霞はかなりショックを受けたのだ。鏡に写る自分をチェックしたり、自分の行動を振り替えって何か彼に怒られるような事をしてしまったのか、と悩んでしまったようだった。
それからは絶対に忘れないようにしなければ、と椋は心に決めたのだった。
「今日は冷しゃぶだったよね。楽しみですぐに帰ってきた」
「お肉も野菜もたっぷりだよ。あとスープも作ったからね」
「楽しみだな。………あぁ、その前に汗かいたからシャワー浴びてくる」
「わかった!」
そう返事をすると、花霞はキッチンに戻り夕食の支度に戻っていた。
椋はシャワーを浴びながら、あのメールの事を考えた。
ただのいたずらならいい。
だが、また花霞を巻き込むような大きな事件になってしまうのはどうしても避けなければいけない事だった。
今はメールで済んでいるがそれがいつどこかで、花霞に危害を加えられるかもしれないのだ。
それを考えると、椋は恐ろしくもあり、怒りを感じてしまう。
「そもそも亡くなった奴を使って脅す事事態気にくわないけどな」
そう口にした途端に、イライラとした気持ちになってしまう。椋が何よりも大切にしたい彼女に何かあると考えるだけで、こうなってしまうのだ。花霞が絡むと自分は何をしてしまうのかわからないな、と自身でもわかっている。
「落ち着いて行動、だな」
そう言って、シャワーのお湯をぬるま湯に切り替える。少し冷たい水でも浴びて冷静になろうと考えたのだった。
そのおかげなのか、食事中は普段通りにのんびりとした気持ちで花霞と会話を交わす事が出来た。
花霞といると、あのメールの事も忘れられるような気がしていた。せっかくの2人の時間なのだ。他の事で頭を支配されるのは嫌だなと思った。
椋が食器を洗っていると、花霞は食後に飲むお茶を準備してくれていた。
先日ラベンダー畑に行った時に購入したラベンダーティーに2人でハマっていた。普段飲む紅茶の味は変わらないけれど、ラベンダー香りがとても甘く濃厚なので、ラベンダー好きになった椋と花霞にとってはお気に入りの一杯になっていた。温かい方が香りも出るので、どんなに暑い時でも2人はホットにして飲んでいた。香りを楽しみながら、温くなったら飲むという楽しみ方だった。
飲みやすい温度になるまで、リビングのソファで2人でくつろいでいると、花霞が椋の腕に抱きついてきた。腕にしがみつくように体を寄せて、頬もぴったりとつけている。クーラーの冷風のせいか、彼女の肌はほんのり冷えていた。
「………花霞ちゃん?どうしたの?」
「…………椋さん、何かあった?」
「え?」
「何か、帰ってきてから悲しそうな顔をしているから」
花霞はギュッと腕を抱きしめながらそう言った。もちろん、椋には思い当たることはある。
けれど、彼女の前では笑えていると思ったし、花霞のおかげで忘れられていたと感じていた。
けれど、花霞は自分のささいな変化に気づいたのだろう。どこで気づいてしまったのかはわからない。
そんな彼女はすごいなと思いながらも、嬉しくなってしまう。花霞は自分をよく見てくれているのだ。そんな事がわかったからだ。
椋は花霞の頭をポンポンと撫でると、彼女が顔を上げた。その表情はとても心配そうなものだった。
椋は彼女を安心させるために、ニッコリと微笑んだ。
「ごめん、心配させて。………でも、そんな些細な変化に気づいて貰えて嬉しいよ」
「じゃあ、やっぱり何かあったの?」
「まぁ、俺が配属された先が前と同じ部署だならな。それに、檜山達がいた組織はなくなったわけではないから。何となく昔の事を思い出したりしてたんだよ」
「………そっか」
花霞はまた、顔を伏せて椋の腕に顔を寄せた。自分の代わりに彼女が悲しんでくれているように見える。そんな花霞の姿がとても愛しくて、椋は彼女の頭をソッと撫でた。
「無理しないでね?」
「あぁ。ありがとう。………ほら、ラベンダーティーが飲み頃だ」
「………うん」
花霞にそう言い、彼女がお気に入りだというトルコ食器のブルーのガラス容器を取り一口紅茶を飲んだ。
ラベンダーの香りが体の中を巡るようで、椋はふーっとリラックスして息を吐く。
きっと大丈夫だろう。何があったとしても、花霞は自分が守るのだから。と、思った。
けれど、その時に椋のスマホが新しいメールが届き、受信を知らせるライトが点滅しているのを椋は知らなかった。
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