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38話「代償」
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「おまえ達は何を考えているんだっ!!この大バカ者がっ!!」
「っっ」
「………すみませんでした」
取調室に大きな声が響く。
きっと廊下を歩いている人は驚いているだろう。風香は思いきり体を震わせながら、頭を下げて「すみません」と目の前の相手を見た。
そこには、柊の上司である滝川が腕を組ながら、眉をひそめ、また大きな口を開いては、ガミガミとお説教を始めた。
事件が発生した次の日の夕方。
柊の風香は事情聴取という名のお説教を受けていた。加害者ではなく被害者であるはずだが、滝川は大層ご立腹であり、風香を睨んでいた。元々迫力がある人だけに、風香はビクビクしまう。
「裏社会の薬取引して、しかもメモリーロスまで飲んでしまうなんて、何を考えているんだ!今回は捜査の一環として処理するが、本当ならば犯罪として捕まってるところだぞっ!」
「申し訳ございません」
「それにあのメモリーロスには基準量より多めに入っていた事がわかった。そんなものを服用したら、どんな副作用があるかわからないんだぞ?今回はたまたま倒れたり頭痛だけでおさまっていたからいいものの………どうなるか、わからないんだからな!」
「もう絶対に手を出しません」
「当たり前だっっ!」
「………はい」
ほぼ初対面の人に怒られるというのは、大人になってからはなかなか体験出来ないものだ。
怒られる事はわかっており、彼が言っている事も正論であり正しい事だ。だからこそ、風香はショックを受けてしまっている。やはり、いろいろな人に迷惑や心配をかけてしまったのだと。
「青海も記憶喪失のフリをしたり、失踪まがいの演技を部下にさせたり。仕事を増やしてどうする」
「すみません………ですが、俺は正しかったと思っています」
「それは無事に逮捕出来たから言える事だろっ!?」
柊はまだ納得出来ないのか、視線を横にして返事をしていなかった。柊は職場では、こんな感じなのだな、と風香には新鮮な気持ちになっていた。
「銃に立ち向かうお嫁さんに、自分からドラッグ飲む婚約者………本当に俺の部下の恋人は強い方が多い。警察の嫁にはちょうどいいのかもしれないけどな………心配も多いもんだ」
「じゅ、銃に立ち向かう……」
「青海。おまえがしっかりしないと、嫁さんは何をするかわからないからな。しっかり守ってやれ」
「そのつもりですよ」
風香は「何をするかわからない」という言葉にショックを受けつつも、柊の言葉嬉しくなり、思わず微笑んでしまう。
滝川という上司は少し厳しい部分もあるのかもしれない。けれど、柊が尊敬しているのも、伝わってきた。こうやって2人にお説教してくれるのも、心配だからこそなのかもしれない。風香はそう思っていた。
「滝川さん、今回はご迷惑おかけして、すみませんでした。これから、美鈴の事もよろしくお願い致します。もちろん、柊さんの事も。私は影ながら支えていきたいと思っています」
「………わかりました。やはり、しっかりとした方だ。ドラックの服用は認めんが、青海の事を頼めるお人柄だ。ぜひ、興味があったら警察に………」
「滝川さん!すぐに警察に勧誘するの止めてください!」
「俺は誰でも誘うわけではない。素質がありそうな人を………」
「風香は好きな仕事をしているんですから。無理です」
そう言って風香の代わりに、柊がきっぱりと断ってくれる。滝川は残念そうにしていたが、風香だって警察になるつもりはなかった。
あんなにも好きな、絵を描く事を止められるはずもないのだから。
その後、事件の取り調べを行った後、病院にも足を運んだ。医師の指示なくメモリーロスを飲んでしまったのだ。柊は一刻も早く風香を通院させたかったようだ。
そして、そこの病院でも「何やってるんですか……」と、呆れた表情で大きなため息をつかれてしまった。柊は医師の相談し、指示をもらっていたようだが、風香にも「今後無茶な事はやめてください」と釘を打たれてしまった。
「高緑さんが服用した薬は、医師が処方する薬の1.5倍の強さがありました。くすりの1.5倍というのは、かなり多い量になります。眠りについただけで済んだのが奇跡でしょう」
「………そう、ですか………」
医師の言葉を聞いて、風香は今さらながらに自分が仕出かしてしまった事の恐ろしさに鳥肌がたった。一歩間違っていら、くすりの量があと少し多かったら、今ここにいなかったかもしれないのだ。そうなっていたか思うと、体がブルリッと震えた。
「風香………もう大丈夫だから……」
怖がっている風香を見て、隣で話しを聞いていた柊が心配そうに声を掛けた。風香は「うん……」と返事をする事しか出来なかった。
「症状を聞いた限りで、ですが……もしかしたら、メモリーロスを続けて飲んだ事で、軽い禁断症状が出てしまう場合があるかもしれません」
「禁断症状………」
「激しい頭痛、薬を飲んで楽になりたいと思ったり、悪夢を見たりするかもしれません。離脱症状です」
激しい頭痛と聞いて、風香は少し前の起こった頭痛の事を思い出した。あの痛みがしばらくの間続くという事なのだ。風香はそれを想像して顔が歪んだ。
「あまり頭痛薬は使わない方がいいのですが、我慢出来ない場合は飲んでください。一人では難しい事が多いので………助けてあげてください」
医師は柊の方をちらりと見て、そうアドバイスをくれた。柊は力強く頷いてくれた。
その後、薬を貰い、柊の車で帰宅をした。
風香は手に持った薬をジッと見つめていた。
「怖い………?」
「え、あ………」
柊がこちらを見つめているのに気づいた時には、いつの間にかキッチンの前に立っていた。
ボーッとしたまま車を降り、帰宅していたようだ。
「苦しい時は薬を飲んでいいんだ。無理はしない方がいい」
「………けど」
「これはメモリーロスじゃない」
「うん。わかってる、わかってるけど………」
「沢山怒られて、自分のしたことが間違えだったんじゃないかって罪を感じてる」
「え………」
風香は驚いて彼の顔を見上げた。
どうして、自分の気持ちがわかったのか?と、驚いたのだ。
すると、柊は「やっぱりそう思い詰めたか」と、優しく微笑んだ。
「誰が非難しようと、俺は風香のした事は心強かったし、かっこいいと思ったよ。そして、そんな風香を支えたいって改めて思った」
「柊さん………」
「頭が痛くなったら、すぐに呼んで。君が寝るまでぎゅっとしてあげるから」
「本当に?」
「あぁ……だから、俺に甘えてよ。久しぶりに風香に甘えて貰いたいんだから」
「甘えていいの?じゃあ、一緒にお風呂入りたい!」
柊が提案に風香が勢いよく飛び付き、そう言うと柊は「何回でも一緒に入るさ。風香は本当に欲がないな……」と苦笑していた。
風香は柊とお風呂に入るのが大好きだった。付き合い始めた時は、恥ずかしくて苦手だったけれど、今では彼のがっちりとした体に抱きしめられながら、柊の昔の話しを聞くのが好きなのだ。
「そんな事ないよ!それが1番落ち着くから。ほら、記憶がなくなっていた時は柊の昔の話し聞けなかったから」
昔の話しというのは、柊が学生の時に行っていた海外での話しだった。お金を貯めては単身で海外を旅していたのだ。その時の話しが風香にとってはとても新鮮で魅力的だった。
柊が記憶喪失になって、風香と付き合っていた事を忘れていたと思っていたので、柊にその話しをしてもらう事が出来なかったのだ。
久しぶりの2人でのお風呂タイム。
風香はお気に入りの入浴剤を入れて、その時間を楽しもうと思った。
きっと、柊がいれば薬の離脱症状にも耐えられるはずだ。
そう信じていた。
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