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「話しは以上です」
これ以上、ここには居たくないと言わんばかりに蛍の母親はその場から立ち上がり、部屋から立ち去ろうとした。蛍はそれを慌てて止めようと声を掛ける。ここで止めなければ、透碧との関係をなかったものにする事を了承したと思われてしまうと慌てたのだ。
「待ってください。どうして、あなたが透碧さんを知ってるんですか?それに関係を断つようにとはどういう事ですか。説明してくれないとわかりません」
「わからない?そうですね。あなたは河崎家の者ではないですから、知らなくて当然でしたね」
「………」
「私たちの会社にとって華嶽さんたちは大切な取引相手。その華嶽のお嬢さんが婚約者との結婚を断って、違う男性と交際していると親御さんは心配していらっしゃったのよ。そしてその交際相手の素性を調べたら河崎蛍というと取引先の息子だった。よりにもよって、事件を起こした元犯罪者だという事もわかって、かなりご立腹なの。それで、別れさせて欲しいって私たちに相談されたの」
「そうしないと取引はもうしないって脅されたってことだろう?」
「理解しているなら、すぐに別れなさい。私たちの会社にとって華嶽家との契約が破綻になれば、損失は莫大なことになる。家がつぶれてもいいと思ってるの?」
「もう絶縁しているんですから、俺には関係ないことです」
「蛍ッ!!」
玄関まで進んだ母親だったが、目を釣り上げ怒りを露わにして蛍の側まで来ると、鋭く睨みける。顔も真っ赤にして起こる母親を見て、蛍はそういうところも変わらないんだなっと冷静に彼女の目を見据える。昔は、母親に怒られるのが怖くて母親の言いなりになっていた。幼い頃から自分の気持ちを伝える事が出来なくなり、人の顔色を見てビクビクしてしまう。それは、この母親に育てられたからだろう。だが、大学まで育ててもらったのだ。感謝はしているが、それだけだった。自分の行いがどうして起こったのかのも理解しようともせずに、家を出されて絶縁させられた。それはまだ大人だと言えない蛍にとっては辛い事だった。表面上では冷静に対応していたかもしれないが、自分がした罪の大きさ、失ったものの大きさに「自分が選んだ道は間違えだったのだろうか」と後悔ばかりだった。それでも自分のやりたい道を進んで行ったのは、自分にはそれしか残っていなかったからだ。好きだから、というのもるが、それしか出来ない。誰の助けもないのだから。
けれど、きっと最後まで母親の言いなりになっていら、きっとそれはそれで心が黒く塗りつぶされた毎日を過ごしていたのだろう、とも思うのだ。何が正解なのかはわからない。
だが、闇雲に走り続けてやっと手にした今の場所は手放したくないほどの幸せだと思えるのだ。
そうならば、きっと過去の間違えも許せる時が来ると思える日がくるのだろう。そう思えてしまうのだ。
「俺は俺が大切だと思う人と近くに居たいだけです。それがたまたま華嶽の人だっただけのこと。邪魔はさせません」
「邪魔をしているのはあなたよ。大手の取引相手と契約がなくなったら、何人もの人たちが露頭に迷うかもしれないのよ。あなたはそれでいいと思ってるの」
「1つの会社との契約でダメになる会社なんて、潰れる運命なんですよ。1人の女性の気持ちを無視して成り立つ会社関係なんて、和紙みたいにすぐに破れる薄っぺらいものだと思いますけどね」
「……随分偉くなったのね、私の息子は」
「あなたの元息子なので、あなたに似たのでしょうね」
「それならば、あなた達の関係を断たないというのがあなたの答えなのね」
「始めからそう伝えています」
「わかりました。それなら、自分たちで何とかするしかなさそうね」
「俺はこう見えても警察に所属するものです。犯罪行為はやめてくださいね。侵入行為など、ね」
「あなたには言われたくないわっっ!!」
最後の蛍の言葉に強く反応したのを見て、広谷教授の研究室に侵入したのも華嶽家のものか、それを頼まれた河崎家がやったものだろうとわかった。
持っていたハンドバックを肩に掛け直し、ドンドンッと下の階の住人からクレームがくるのではないかと思うほどの足音を重く鳴らして、蛍の母親は去って行った。
「はー…………」
母親の足音が聞こえなくなるのを待って、蛍は大きく息を吐いた。
冷静に対応したとは言え、やはり久しぶりの母親との対面だ。苦手意識ももちろんある。会わなくて済むならば会いたくない存在だった。
それに、母親が提示した要望は、予想外のもので蛍も動揺した。何とか言葉で対応出来たが、それでもきっと母親は諦めるつもりはないだろう。
けれど、蛍と今はいない透碧の気持ちを伝えることは出来た。
それは大きな一歩だと思う。
だが、蛍の母はやると言ったら、確実に実行する人物だ。きっと、蛍と透碧の関係を何とかして壊そうとするだろう。
それに対抗できるだろうか。蛍は1人のサイバー課の警察官でしかない。対する相手は、この国で力をもつ大企業である。しかも、河崎家だけではなく、透碧の元婚約者の家も絡んで来るのだ。
それだけ大きい会社であれば、蛍が少し調べれば大きなスクープも見つけらるだろうが、どれぐらい効果があるかはわからない。むしろ、蛍の方が過去を暴かれるかもしれない。けれど、それは恐れることはないのだ。罪は償い、透碧自身にも自分が犯罪者だと伝えている。
一番まずいのは、蛍と透碧が偽の婚約者であるという事がバレる事である。その事は、当事者の2人と椋だけなので大丈夫だろうが、不安材料ではある。
それに、透碧自身の事も心配である。
連絡が取れないとなると、きっと連作手段と断たれた上で、どこかに閉じ込められているのだろう。蛍との関係を断つように説得されているはずだ。実の娘に危害は加えないとは思うが、蛍は心配であった。
「どうすればいいんだ?」
自分が敵対した相手。そして、出された元の環境が如何に偉大なものなのかを今更実感したのだ。
だが、悩んでいれば相手に好きに動く時間を作られるだけである。
ならば、すぐに動かなきゃいけない。まずやることは、透碧を救出することだ。
蛍はすぐに華嶽家の実家を探るために自宅のパソコンの前に座り、キーボードを叩く。蛍の実力があれば、住所を探し当てるのは一瞬であった。
すぐにでもその場所へと向かおうとノートパソコンが入ったバックを持ち玄関に向かうとした時だった。
ピンポーン
部屋に玄関のチャイムが鳴り響いた。
「透碧っ!?」
蛍は確認することもなく、思い切りドアを開けた。
「ほたるくんっ!」
けれど、扉の先にいたのは違う女性であった。
その時の驚きと落胆の気持ちに、蛍自身が驚いた。
「………花霞さん」
蛍の家を訪ねてきたのは、蛍の恩人であり誰よりも大切な女性。
それなのに、落胆の気持ちを感じたのだ。
それほど、透碧が蛍にとって大きすぎる存在になっていたのだと、改めてわかったのだった。
「………花霞さん。助けて下さい、お願いします!」
かっこ悪くてもいい。
それで透碧の関係がなくならなのならば、何をしてもいい。
よろよろと座り込んだ蛍に驚きながらも、すぐに抱きしめ背中をさすってくれる。
この人がいれば大丈夫だ。蛍は、新たな協力者を得て安心して、少しの間だけ目を閉じた。
いつもの花の香りが、蛍に安らぎを与えたのだった。
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