18 / 24
17、
しおりを挟む17、
「おい!ほたる、どうした?」
「あ、椋さん」
ブーケ教室から飛び出した蛍は、すぐに透碧の携帯に電話をかける。
もちろん何度も電話をしている。だが、電源が入っていないとアナウンスされるだけで先程から一向に繋がらないのだ。ドタキャンをするようなタイプではない。そうなると、考えられるのは何かトラブルに巻き込まれた、という事だ。体調が悪いのならば電源が切られているのもおかしい。前日には普通にメッセージが送られてきたのだから。
蛍は顔を真っ青にしながら「今日は休みます」と伝えて、飛び出してきたのだ。
すぐに追いかけてきたのは椋であった。花霞は今からブーケ教室が始まる。蛍の事を心配して、今から出勤だという椋に頼んだのだろう。
「様子が変だから見て欲しいって言われたんだ。何かあったか?」
「透碧と連絡が取れない」
「おまえの恋人か。華嶽のお嬢様だったな」
「今日は一緒に花霞さんの教室に参加する予定だったんだ。それなのに、いつまでたっても来なくて。電話も繋がらない」
「急に音信不通になるような人じゃないって事だな。……蛍、家に行くぞ」
「え、でも椋さん仕事じゃ……」
「事件に巻き込まれてたら大変だろう。こっちが優先だ。電話いれとけば大丈夫だろう」
そう言うと、電話を掛けた椋は「緊急の用事が入った。理由は後で説明する。遅れてでる」それだけ言うとすぐにメッセージを終わらせて車を走らせた。長年警察関連の仕事をしているからだろうか。動揺を見せずに冷静に判断し行動する椋を見て、蛍も大きく息を吐いた。
慌てて判断力を鈍らせては、取り返しのつかなくなる事もあるのだ。冷静にならなければ。
透碧の家への案内をしながら、蛍は彼女がただただ無事であることを願った。
けれど、恐れていた事が起こる。透碧の豪華な一人暮らしの家には、誰もいなかった。
「合鍵は?」
「持ってない。出会ったばっかりだ。そんな仲じゃないんだ」
「婚約者なんだろ?持っていてもいいと思うが」
「偽の、何だよ。……透碧、何処に行ったんだ」
広い敷地で3階建ての建物。透碧は3階に住んでいると言っていた。今は学生なので両親が家賃などは支払ってくれているというが、卒業したらここを出て、自分の稼ぎだけで暮らせる場所へ引っ越すという。それをとても誇らしく、そして嬉しそうに語ってくれたのはつい最近の事であった。
その親名義の部屋に透碧の姿はなく、広谷教授によれば、今日は大学も休んでいるようだった。彼女が蛍との約束を破ってまで行くような場所へとなると、思い当たる場所はあまりない。
何かの事件か事故にあったんじゃないか。
そう考えて蛍は頭が真っ白になる。
「お、俺、出会った歩道橋とかデートで行った場所も見てくる……!」
「……ほたる、待て。今は、一度家に帰れ」
「どうして!!」
「透碧さんが蛍の家に来るかもしれないだろ。むしろ、今待っている可能性だって考えられる。それにおまえは今日は休みだ。調べてみるから、おまえはまず婚約者を待ってろ」
「椋さん」
どうしても不安になってしまい、彼を見つめる。
そうすると、椋は困った顔を見せながらも蛍の背中をポンポンッと優しく押した。
「大丈夫だ。俺が探してやる。他の奴らもいるだろう。それに、おまえはおまえで自宅でも探せるだろう」
「え、無茶してもいい?」
「違法な事はダメだぞ。ギリギリのところなら、俺がなんとかしてやるさ」
「椋さんは悪いな……」
真面目な性格の椋だが、危険なことがあったり自分の勘を信じたかったりすると、ルールギリギリの戦法を取ることもある。命優先であり、その時の最前線の策を的確に探り、素早い判断を下す。そして、責任は全て自分で背負うという考えなのが、後輩想いなのが伝わって来る。だからこそ、椋は警視庁内で人気があり、慕われているのだろう。
蛍は彼の言葉を聞いて、少し冷静さを取り戻して行く。
心配だ、どうしようと、うろうろしてても仕方がないのだ。蛍の出来ることで探して行くのだ。
何のためのサイバー課なのだろうか。
椋に自宅付近まで送ってもらい、帰宅したらすぐに彼女を探そう。
そう思い、足早に小さな部屋へと向かった。
だが、蛍の家には彼女ではない、思いがけない客人が待っていた。
椋の車から降りて部屋に向かうとその女性は不機嫌そうな表情でこちらを見つめながら待っていた。
「………なんで、あなたがここに」
「久しぶりね、蛍。もう、会わなくて済むと思っていたのに」
「それはこっちの台詞ですよ。俺の部屋の前で待ち伏せ?何か用事ですか?」
「とっても大事な話よ。部屋に入れてくれないかしら。寒くて仕方がないわ。美味しくないお茶なんて準備しなくていいから」
「元々、そんなものなんて準備するつもりもないですよ。部屋にだって入れたくないぐらいなんですから」
「帰らないわよ。話が終わるまで」
「……わかりました」
何年ぶりだろうか。
今後一切会うつもりもなかった相手が、目の前にいた。
冷静を装っているが、体の中は音がすごい。鼓動はドクンドクンと聞いたことがないぐらいに早いし、血が巡るのが早いのか、全身が熱く感じる。
どうして、この人が目の前にいるのだ。
絶縁したはずの、母親が。
話なんて、ろくなものではないはずだ。
蛍は大きな溜息を吐きながら、ポケットから鍵を取り出す。
そこについた、お揃いの一反木綿のキーホルダーに気づき、握りしめたことで、少しだけ落ち着けた。
そうだ。今は自分しかいないのだ。冷静に話をしなければいけない。さっさと終わらせて、透碧を見つけ出さなければいけないのだから。
蛍は無機質な部屋に初めて母親を招き入れたのだった。
蛍の母親は、キョロキョロと蛍の部屋を見渡した後、モニターが3つ並んだパソコンやゲーム機を見つめて怪訝な表情に変わった。蛍の職業は警察に変わったのは良かったとは思っているようだが、このようなパソコンなどにのめり込んだから事件を起こすしたのだと思い込んでいるのだろう。確かにきっかけにはなっていたが、パソコンが趣味になっていたらどうなったのかなど、わかるはずがない。けれど、両親の元から離れたことだけは確かだろうと蛍は思えた。
白黒のツイードのジャケットとタイトスカートを着込んだ母親は、同年代の女性の服装を考えると派手かもしれない。けれど、今でも現役で朝から晩まで働いているのだろう、生き生きとした彼女にはその服装がとても似合っていた。
部屋にはソファが一つしかないので母親をそこに座ってもらい、蛍はカーペットの上に座った。
「あなた、飛ぶ鳥跡を濁さずってことわざ、知ってるかしら」
「何だよ、急に訪ねてきて突然ことわざですか」
「意味は、立ち去る者は、見苦しくないように綺麗に後始末をしてから去るべきである、という戒めのことわざよ」
「………」
なるほど。
家族と絶縁するのならば、騒ぎを起こさずに去って行きなさい、という事だろう。
ハッキング事件を起こし、麻薬組織に入り仕事をして、人を脅して殺人を企てようとし再度事件を起こしたのだ。跡を濁さずどころか、ゴミを詰め込み勢いよく投げ捨てたほどに酷い跡を残していっただろう。
けれど、今更の話だ。絶縁しているのだから、関係ない事だ。
睨みつけるような冷たい視線を向ける母親を鬱陶しく感じ、蛍は黙り込み次の言葉を待つ。
「華嶽のお嬢さんは知っているわね」
「………ど、どうして、それを」
母親の口から出た名前は予想外のもので、蛍は思わず腰を浮かして声を大きくしてしまう。
そんな蛍を見て「本当に知っているのね。余計なことを」と溜息交じりに毒をもらした。
何故母親が彼女を知っている?
混乱して何と返事をしていいのかわからなくなる。そうこうしているうちに、母親は昔と同じように命令口調で言い捨てた。
「華嶽家のお嬢さんとは今すぐに関係を断ちなさい。これはお願いではありません。母親としての命令です」
この時、蛍はようやく理解した。
自分には到底不釣り合いの女性と関わりを持ってしまったのだ、と。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
捨てる旦那あれば拾うホテル王あり~身籠もったら幸せが待っていました~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「僕は絶対に、君をものにしてみせる」
挙式と新婚旅行を兼ねて訪れたハワイ。
まさか、その地に降り立った途端、
「オレ、この人と結婚するから!」
と心変わりした旦那から捨てられるとは思わない。
ホテルも追い出されビーチで途方に暮れていたら、
親切な日本人男性が声をかけてくれた。
彼は私の事情を聞き、
私のハワイでの思い出を最高のものに変えてくれた。
最後の夜。
別れた彼との思い出はここに置いていきたくて彼に抱いてもらった。
日本に帰って心機一転、やっていくんだと思ったんだけど……。
ハワイの彼の子を身籠もりました。
初見李依(27)
寝具メーカー事務
頑張り屋の努力家
人に頼らず自分だけでなんとかしようとする癖がある
自分より人の幸せを願うような人
×
和家悠将(36)
ハイシェラントホテルグループ オーナー
押しが強くて俺様というより帝王
しかし気遣い上手で相手のことをよく考える
狙った獲物は逃がさない、ヤンデレ気味
身籠もったから愛されるのは、ありですか……?
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
幼なじみと契約結婚しましたが、いつの間にか溺愛婚になっています。
紬 祥子(まつやちかこ)
恋愛
★第17回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました★
夢破れて帰ってきた故郷で、再会した彼との契約婚の日々。
【表紙:Canvaテンプレートより作成】
どうして私にこだわるんですか!?
風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。
それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから!
婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。
え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!?
おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。
※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる