上 下
17 / 24

16、

しおりを挟む


      16、





「あら?河崎さんじゃない?」

  透碧とランチを食べて買い物を楽しんでいる時だった。透碧から少し離れた場所で商品を見ていた蛍に聞き慣れた声が耳に入った。名前を呼ばれて振り向くと、白と赤、そして緑色の草を持った40代ぐらいの女性が小さく手を振りながら蛍に駆け寄ってきた。


「あ。ブーケ教室の関口さん」


  蛍が通っている花屋で行われるブース教室の生徒仲間である関口だった。
  趣味が花のブーケやリースを作ることらしく、ドライフラワーのブーケを販売しているそうだ。シンプルな服装にカラフルな花のピアスをした、おしゃれな格好で買い物をしていたようだ。

「河崎さんもお買い物かしら?」
「はい。河崎さんは教室用のお花、それとも趣味用のお花ですか?」
「趣味用ー!クリスマスのリースを手作りしようと思ってて」
「クリスマス………」

  
  そう言えば、年末にはクリスマスがある。蛍にとって無縁に等しいイベントだったのですっかり忘れていたが、そう言えばも街中もクリスマスの総力で一色だった。プレゼントやクリスマスのコスメ、おもちゃやアクセサリー、小物などがお店にも並んでいる。当たり前に見ているだけで、自分が何かしようとは思っていなかった。
  クリスマスの雰囲気のリースをやブーケを作るのも楽しそうだな、と関口の話しを聞きながら考えていると時だった。


「ほたるさん?何処にいます?」


  小さな声で自分を呼んでいる彼女の声が耳に入った。先ほどまでいた場所と少し離れてしまったため、透碧が探しているようだった。蛍が「ごめん、ここだよ」と、呼ぶと彼女は嬉しそうに微笑み近くが知らない人物が近くにいる事に気づき、小さく会釈をした。

「こんにちは」
「あらあら、綺麗なお嬢さんと一緒だったのね。こんにちは、邪魔をしてしまったみたいで、ごめんなさい」
「いえ、クリスマスリースの話しを聞いて、自分も挑戦したくなりました。またこの今度教室で教えてください」
「私も先生に質問しようと思ってたのよ。じゃあ、今度の機会に聞きましょうか」
「そうですね」
「ほ、ほたるさん、お花のブーケ作れるんですか?」

  
  話の内容を理解したのだろう。透碧は驚いたように口からを開けた。
  すると、関口は自分の事のように嬉しそうに「そうなのよー」と本人をよそに話しを続けた。

「河崎さんはね、そのブーケ教室の中でも1番上手でセンスがあるのよ。1度、その先生のお店にも出したブーケ教室のは即売れたんだから」
「それは、俺の職場の人間が買ってくれただけで」
「あら、SNSでも人気だって言ってたわよ」
「え、見てみたいです!」
「これよー!写真持ってるわ」


  いつの間にか2人で盛り上がっている女性組には入っていくことが出来ず、蛍はおろおろとするだけだっが、透碧は楽しそうだ。

「これをほたるさんが作ったのですか?素晴らしいです!」
「そうでしょう?私たちも名品が出来たって思っていて、いっぱい写真撮ったのよ」
「関口さん、どれを見せているんですか?」
「紅葉をイメージしたブーケよ。コスモス中心にした」
「あぁ……」


 数か月前に蛍が通っているブーケ教室で、秋のブーケを作ったのだ。赤や橙色のブーケを使いながらもオフホワイト色を入れてみたり綿をアクセントしたものを作ったが、教室内でかなり好評だったのだ。それをブーケ教室のSNSに載せると、真似したいといった声や、購入したいという人もいたようだった。
 人に好かれるような作品が出来たのは嬉しかったが、蛍は自分が満足できる作品を作りたいだけだったので多少は戸惑った。けれど、ブーケ教室の先生も喜んでくれて、「しばらくお店に飾ってもいいかな」と言われた時は、やっていてよかったなっと思えたのだ。

「河崎さんと一緒にブーケ教室にいらっしゃったらいかが?」
「……え」
「はい!ぜひお伺いしたいです」
「………え!?」
「まあまあ。じゃあ、先生には私から伝えておくわ。日程は河崎さんにお聞きになって」
「わかりました」
「待ってください。透碧、ブーケ教室に通いたいのか?」
「日程が合えば、ぜひ。だめだったでしょうか」
「いや、ダメじゃないけど」


  とんとん拍子で決まってしまい、唖然してしまう。
  彼女が興味があるのなら、ブーケ教室につれていくのもいいが、どこか気恥ずかしく思ってしまう。
 ブーケ教室には蛍以外の男性はいない。やはり、まだ女性に人気のある趣味なのだろう。そんな所に通っているのを恥ずかしいとは思わないものの、どこか似たような気持ちになってしまう。

 それでも透碧は「楽しみですね」「次はお正月用ですって」と、関口と別れても期待しているようだった。それならば、彼女の笑顔のためにもブーケ教室に連れて行かなければいけない。恩人の彼女にも話をしておこう。

 いつも以上にその日が待ち遠しくなった。



 そのはずだった。

 けれど、そのブーケ教室当日。

 彼女は蛍の前に姿を現す事はなかった。

  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

捨てる旦那あれば拾うホテル王あり~身籠もったら幸せが待っていました~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「僕は絶対に、君をものにしてみせる」 挙式と新婚旅行を兼ねて訪れたハワイ。 まさか、その地に降り立った途端、 「オレ、この人と結婚するから!」 と心変わりした旦那から捨てられるとは思わない。 ホテルも追い出されビーチで途方に暮れていたら、 親切な日本人男性が声をかけてくれた。 彼は私の事情を聞き、 私のハワイでの思い出を最高のものに変えてくれた。 最後の夜。 別れた彼との思い出はここに置いていきたくて彼に抱いてもらった。 日本に帰って心機一転、やっていくんだと思ったんだけど……。 ハワイの彼の子を身籠もりました。 初見李依(27) 寝具メーカー事務 頑張り屋の努力家 人に頼らず自分だけでなんとかしようとする癖がある 自分より人の幸せを願うような人 × 和家悠将(36) ハイシェラントホテルグループ オーナー 押しが強くて俺様というより帝王 しかし気遣い上手で相手のことをよく考える 狙った獲物は逃がさない、ヤンデレ気味 身籠もったから愛されるのは、ありですか……?

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~

けいこ
恋愛
密かに想いを寄せていたあなたとのとろけるような一夜の出来事。 好きになってはいけない人とわかっていたのに… 夢のような時間がくれたこの大切な命。 保育士の仕事を懸命に頑張りながら、可愛い我が子の子育てに、1人で奔走する毎日。 なのに突然、あなたは私の前に現れた。 忘れようとしても決して忘れることなんて出来なかった、そんな愛おしい人との偶然の再会。 私の運命は… ここからまた大きく動き出す。 九条グループ御曹司 副社長 九条 慶都(くじょう けいと) 31歳 × 化粧品メーカー itidouの長女 保育士 一堂 彩葉(いちどう いろは) 25歳

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

処理中です...