上 下
13 / 24

12、

しおりを挟む





      12、




  蛍は過去の自分の事を話し始めた。
  何も楽しい事はない。本当ならば、口になどしたくはない話しだ。

  家族と同じ道にはすすまなかったこと。不正アクセスをして警察に見つかり、それが原因で家族と絶縁した事。
  苦しい生活をしていくうちに、助けてくれたのがドラックの密売組織で、そこでハッカーや裏サイト作りをして働いていた話。その場所に潜入捜査をしていた遥斗という男と知り合った事。そして、遥斗を組織によって殺害され、その復讐のために日々を生きていた事。
  そして、復讐が失敗しその原因をつくった男とその妻を巻き込んで事件を起こした事も。

  話しをしていると、かなり壮絶な人生だなと自分でも思えた。きっと、映画にでもなるんじゃないかと思えるほど激道の日々を生きていたと自分でも笑えてくる。
  他人から見たら面白い蛍の生きてきた道。だが、透碧は、1度も笑いもせずに真剣に聞いてくれた。時々、驚愕の声を上げたり、頷いたりとしながら、聴き逃すまいと持っていたココアの缶を強く握りしめて聞き入ってくれた。

  そして、今は大粒の涙を流している。先ほど蛍が貸したハンカチで必死に涙を拭っているが、次から次へと流れてくるために追いつかないようだ。

「何で君が泣いているの?」
「……ほたるさんが大切にしてきた方が死んでしまったなんて。それに復讐をしようと思いながら日々を過ごしていたほたるさんの事を考えると、涙が出てしまうのです……」
「復讐のために生きていたときは、何もかもがなくなればいいと思っていたし、上手くいかないことばかりで、本当に死んでしまった方が楽になるんじゃないかって思ってたかな。おすすめはしないけど」
「だめです!」
「……え」
「復讐はダメです。しちゃいけない事です。でも、それをするために死なずに生きていてくれたのならば、復讐していてくれて、よかったって思います」
「君は、本当に面白いね。そんな事を言う人はなかなかいないよ」
「本当に思った事を口にしているだけです」
「………うん、そうだね」


  やはり、彼女をと共にいると、心が温かくなる。
  強くて優しくて温かい。彼女の側に居ると、離れずらくなってしまう。
  ダメだと思っていても、少しだけならと理由を見つけてどうにか居座ってしまう。


  大きく深呼吸をした後、透碧は涙を止めて背筋を伸ばす。
 そして、深く頭を下げた。

「話しを聞かせてくれて、ありがとうございました」
「………うん」
「話しにくい事でしたよね。思い出すのも嫌だったと思います。ほたるさんが嫌がる気持ちもわかります。ほたるさんの気持ちも考えずにすみませんでした。でも、やっぱり話を聞けてよかったと思います」
「そうか。それはよかった」
「はい」
「…………」
「…………」
「いいよ。もう帰って。わかっただろう?俺がどういう男か」
「はい。よくわかりました。けど、私は帰りませんよ?」



  透碧はそういうと不思議そうに首を傾げた。
  不思議なのは蛍の方であった。どうして、ここまで話しても一緒にいようと思うのか。
  違法薬物を扱っていた組織で仕事をしていて、間接的とはいえど沢山の人の人生を奪ってきたのに。
  復讐はという名のもとに、殺人未遂を起こそうとして、その邪魔をした人物さえも酷いことをした。今は警察として働いているが、本来ならば元犯罪者として細々と生きていくしかない人生だったはずだし、今でもこんなに幸せに過ごしていていいのかと蛍自身不安になるのだ。どうして、みんな自分に優しくしてくれるのか。それに甘えていいのか、と。
  でも、その幸せな場所から出ていこうとは思えない。少しだけ、もう少しだけ、と浸かってしまう。
  それぐらいに、今が幸せだった。

  そして、目の前にいる彼女もそうだ。
  彼女は強くて優しい。きっと、話しても傍から離れないとわかっていた。だから、話しをした。
  けれど、やはり不安だった。
  話の途中で蛍を怖がり逃げていくのではないか、と。それが普通の反応だとわかっている。それも仕方がないとわかっている。
  だけれど、彼女だけは大丈夫だ、と思っていた。

  本当に自分の気持ちがぐじゃぐじゃになって矛盾だらけだ。
  だけれど、1つだけわかる事がある。
彼女が「帰らない」と言ってくれた事がたまらずに嬉しいのだ。


「元犯罪者だぞ。俺の行いで死んだ人もいるじゃないか」
「ほたるさんが殺したわけではないです。復讐するほどに、悲しんでいたって事ですよね」
「恩人を脅したりもした」
「でも、その方と今でもお会いしてるって事ですよね?ほたるさんいとって大切な人になっているのですよね?」
「だが、裏サイトを作ったりして薬を販売していたんだ。その薬で死んだ人間だっていたはずだ」
「ほたるさんは、帰って欲しいんですか?」
「そ、それは……」


  自分の複雑に絡み合った気持ちを見透かすような彼女の質問に、蛍はたじろいでしまう。
  今、彼女はに帰って貰うのが1番いいとわかっている。そうすれば、今までと同じ生活に戻るだけだ。
  それが透碧のためになる。自分のような男より、きっと家族が準備した婚約者と過ごした方が普通の幸せを掴めるはずだ。

  それなのに、彼女の問いかけに「帰ってくれ」と返事が出来ずに戸惑ってしまう。

  そんな蛍に、透碧は優しく微笑む。その表情があの人と重なる。
  ハッとして目を見開いて彼女を見つめる。すると、彼女は慈愛に満ちた声音で優しく語り掛ける。

「悪い事はしちゃいけないし、復讐もダメだってわかってます。それでも、人間です。辛いことが重なると理性を失ってしまう事だってある。私だっていい人じゃないですよ。それに、ほたるさんは罪を償って、今は人のために働いてる。もうおしまいにしていいんです。それに、ほたるさんが人殺しじゃないですよ」
「薬を売る手伝いをしてたさ」
「でも、犯罪組織には変わりはない」
「それでも、遥斗さんは助けようとしたんです。それにその組織を追い詰めたのはきっとほたるさんですよね?」
「それはそうだけど……」

 実際、そのドラックの密売組織のトップだった檜山を殺害し、壊滅させようとしていたのだ。そこに警察が介入し、無事に今では完全に機能していない。自分だけの働きではないが、きっかけはつくったかもしれない。
 だからと言って、全ては遅かったのだが。

「そうですね。とっても大切な人が罪を犯したら、ほたるさんは嫌いになりますか?」


  頭に浮かぶのは、恩人の2人や警察の先輩たち、そして目の前の彼女。

「嫌いにはなれない。話を聞いて、解決策を一緒に考えて守りたい」
「私も同じ、です。だから、私もお話しを聞けて嬉しかったです。その上で、遥斗さんにお願いがあります。私の婚約者になってくれませんか?」

  まだ不安も多いし、自信もない。
  こんな自分が、いいのだろうか?という疑問も残っている。
  だけれど、それは自分を認めてくれ、蛍という人間を見てくれる人間を見てくれている人がいるのだ。それだけは再確認出来た。
  それだけでも、十分に幸せだ。

  けれど、弱虫な蛍。弱い蛍なのだ。


婚約者になろうか」


  もう少ししたら自分から言わせて欲しい。
だから、今はそれで我慢して。透碧も俺自身も。






しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

処理中です...