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透碧の事情聴取は、広谷教授の研究室で行われる事となった。
結局は、海老名もPCを調べる事になり、この日は3人で大学構内へと向かった。透碧の講義が無い時間帯となる午前中の時間帯しか空いていないようで、昼前に行われる事になった。
教授から簡単に話しはしているようだったが、不安にならないようにと広谷教授も同席してもらう形になった。
待ち合わせの時間より早くに訪れていた蛍達であったが、10分前には研究室のドアが鳴った。
控えめなノック音に、広谷教授が「どうぞ。入ってください」と返事をすると「失礼致します」と、丁寧な返事が返ってきて、ドアが開いた。
一礼してから入ってくる女性は、どこからどこを見てもあの日の透碧であったし、箱入りのお嬢様であった。入室前にすでにコートを脱いでいたようで綺麗に畳まれたコートは腕に掛けて、黒の本革の大きめなボストンバックには、ノートパソコンと多数の書類や書籍が覗いている。人目を惹く白い肌と大きめな瞳は、昼間の光りの下では更に際立っており美しさが増していた。控えめなピンクなリップと同系色のアイシャドウは彼女にとても似合っていた。長い睫毛は何度も上下しており、綺麗に整えられた眉毛はどこか下がり気味であった。緊張しているのようで、恐る恐る研究室に足を踏み入れている。それもそのはずだ。警察から呼び出されたと聞けば大の大人であっても「何事だろうか」と不安になるだろう。それが一学生が経験しようとしているのだ。
今回は大学構内ということもあり、制服は身につけずにスーツを着きて来ていた。だが、成人男性が3人が透碧を見つめているのだ。戸惑いながらも、透碧は「お待たせしてしまったようで、申し訳ございません。私が日本史学科の大学院2年の華嶽透碧です」と自己紹介をした後に深々とお辞儀をした。耳にかけていた絹糸のように艶のある髪がさらりと落ちる。綺麗な髪には、天使の輪のような光りが現れると聞くが、まさしくそれでとても綺麗に輝いていた。夜も似合っているが、この女性は太陽の下の方がより美人度が増すなと思ってしまう。その場にいた男性達がほうっと小さく息を吐いてしまうほどの美人。その彼女が頭を上げる。と、パチンと蛍と目が合う。
「あ、あなたは……。あの時にお会いした、ほたるさん……?」
「どうも、こんにちは」
彼女と比べ物にならないほどに、軽い挨拶をすると滝沢に思い切りどつかれた。それでは駄目だったらしい。
「警視庁サイバー課の河崎蛍です。今回はお時間をいただきましてありがとうございました。いくつかお話しをしたいので、よろしくお願いします」
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします。ほたるさん、いえ、蛍さんは警察の方でしたか。お恥ずかしい姿を見せてしまいました。あの日は、申し訳ございませんでした」
「いえ。ハメを外したい時もありますよ。誰しも人間なのですから」
「そう言ってたいただけると安心しますわ」
「それと、ほたるいいですよ。そっちの方が俺も慣れているんで」
「わかりました。ありがとうございます」
彼女に安心させるための提案だったが、それが成功したのか彼女は、少し緊張がほぐれた様子で微笑みを見せてくれた。
広谷教授が出してくれた、戦国武将のイラストが描かれた湯のみに緑茶が入れられて運ばれてくる。透碧が入れようとしてくれたが広谷教授が「お客様をお待たせするわけにはいけませんよ」と言い、お茶出しをしてくれた。
蛍には豊臣秀吉、滝川には徳川家康、海老名には織田信長が渡された。透碧は「私は菅原道真なんです。三大怨霊の一人なんです。お気に入りの湯のみです」と言いながら両手で持ち上げてちびちびと口にしていた。
とても嬉しそうに話す姿を見て、海老名は「はははは……」と硬い笑みを返事しか出来ないようで、滝川に関しては苦い表情になっていた。やはりこの変わった好みに関しては、慣れるしかなさそうだ。まあ、本人が楽しそうなのが1番よい事だろう。
寒い外から来た4人は熱いぐらいのお茶を口にして、ホッとしたところで、滝川が先に口を開いた。
「それではさっそくですが、華獄さんにいくつか質問させていただきたいのですが、よろしいですか?」
「はい。お願いします」
そう言うと、話を集中して聞くためか透碧はお気に入りの湯のみを目の前のテーブルの上に置いた。
3人の警察官、透碧と教授という組み合わせでソファに座り向かいあって座っていた。蛍は透碧の目の前に座っていた。彼女の視線はまっすぐに滝川に向いている。座っている時もしっかりと背筋を伸ばし、すらりと伸びた脚は揃えて斜めに並べられている。太ももの上に手を組んでいる指には右手に人差し指にシンプルなシルバーのリングがあるだけだった。ピアスも透明なクリスタルが飾られているだけで前回のように豪華なアクセサリーではなかった。名家のお嬢様が宝石以外のものも身に付けるものなのだなと思ってしまう。
「教授の方からお話がいっていると思いますが、この研究室に何者かが侵入し、PCの情報をコーピしたと思われます。私たちのサイバー課がその調査をしたところ、華嶽さんのデータが狙われた事がわかりました」
「論文だとお聞きしました」
「そうですね。華嶽さんは、このような事をしてくる人物に心当たりはありますか?」
「ございます。むしろ、その人達しかいないのではないかと……」
透碧はそういうと、長い睫毛を伏せながら視線を下げる。
どうやら、彼女自身で心当たりがあるらしい。そうなれば、捜査はかなり楽になる。
「その相手はどう言った関係の人物ですか?」
「私の両親、いや、母親だと思います。探偵などを雇って調べさせたのではないかと。今までも何回か部屋に侵入した形跡がありましたし」
「部屋に侵入、ですか?それは……大丈夫ですか?」
あっさりと言ってくる所から、彼女にとってはそれが日常茶飯事なのだろう。
だが、部屋に侵入となるとそれは立派な犯罪行為だ。親が自分の娘が心配だとしても、行ってはいけない行為になる。だが、きっとそれが普通になってしまっているのだろう。透碧は平然と話を続ける。
「調べていただいた限り盗聴や盗撮するような機械はなかったようで、私がどんな暮らしをしているのかを見たかっただけのようですわ」
「それなら直接話をすればいいだけだと思うのだがな」
「それがなかなか難しいのです。私が不出来な娘なので、興味がないフリをしたいようです。まあ、気になっているは気になっているのでしょうね。私が悪い事をしないか、を」
「過保護すぎるのも問題だな」
「滝沢さん、言い過ぎです」
「本当のことですので、気にしないで下さい。私もそう思っています」
滝沢の行き過ぎた発言にも透碧は嫌な顔一つせずに同意するだけであった。
本当に母親が行なった事だとわかっているからなのだろう。両親と娘の問題としては、かなり大事である。
「元より、私がこの大学に進学するのは反対されていました。けれど薬学部など全く興味がなかったので、テストではほぼ白紙で提出し、不合格になりました。こちらでは首席の点数を取りましたので、大学に入る事が出来ましたわ。奨学金制度も使えますので、親に迷惑はかからないという事で、こちらの大学に進学しました」
「それはまたすごいですね」
「……強いな」
透碧の発言に思わず、そんな言葉が漏れてしまう。
自分も親に反対された道を進んだ人間であるが、入学資金や教材費、家賃や光熱費は両親が払ってくれていた。あの事件を起こしてからは、全くもって払ってくれなくなったが、そこまでは親に甘えていたのだ。
だが、目の前の彼女は違うのだ。親の反対を押し切って行動するのならば、全て自分で責任をもつ。口で言えても実際はそれを叶えるためには並大抵の努力や我慢が必要だろう。
それをいとも簡単だったと言わんばかりにさらりと言葉にできるところは、何と言うか男前だった。
そこから蛍のその発言が出てしまったのだ。
「はい。強いんですの、私」
どうやら、嫌な思いは感じなかったようで、クスクスと笑いながら蛍の意見に同意してくれたようだ。
そんな笑顔を見ながら、自分と同じだと思った事が恥ずかしくなる。
裕福な家庭に生まれながらも、自分の夢を応援されなかった。けれど、彼女は悪い道を進む事なく、堂々と勉学に励み、自分の力で生きようとしている。そして、すでに卒業後の夢も自分で勝ち取っている。名前のように華々しくそして澄んだ透明な、ダイヤモンドのように輝く女性だ。
自分のように闇の道に進み、犠牲を産んでもなお正しい道には進めず、他人にお膳立てしてもらえてやっと普通の人間の生活を送れるようになった男だ。
どこも何も似ていない。
彼女が放つ輝きが眩しすぎる。そして、その光りを見ると、自分がとても惨めで不甲斐なく思えてしまうのだ。
気づくと、手を強く握りしめて彼女を見つめていた。
冷静を装っているが、鼓動は早くなるし、息苦しさを感じてしまう。
早く彼女の前からいなくなりたい。
だが、今は大事な仕事中である。逃げ出すわけにはいかない。
それに自分にはふさわしくないものを返さなければいけない。
彼女こそがやはり持ち主なのだ、と身をもって知らされたのだから。
ダイヤモンドは光りを放ち、強い者にこそ相応しい、と。
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