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「知り合いか?」
「いや、たぶん違います……」
突然動きを止めた蛍を見て怪訝に思ったのか、海老名が聞いてくる。が、自分に思い聞かせている言葉を返すのでいっぱいいっぱいだった。それぐらいには、蛍も動揺していたようだ。
驚きと嬉しさ、そして戸惑いから来るものだろう。
たぶん違うと思いたいだけで、蛍は確信を持ってこの華嶽透碧が本人であると考えていた。
思わず、耳朶のピアスに触れてしまう。
まさか、また会えるとは。
本当に、巡り合えるとは。
どうして、この子のが巻き込まれているとは。
「この華嶽透碧さんは学生さんですね」
「はい。院生でして今年卒業する学生ですね。その論文ですね。どうして華嶽さんが……」
「教授には何の思い当たりはないと?」
「はい。とても真面目な学生ですし、優秀です。卒業後はフリーで調査員になるそうで。すでに本を出版するのも決まっているんですよ」
「フリーの研究員?」
「自分で現地で調べに行き、それをネットなどに公開しているんです。そこからその界隈では有名になったようで本を出版するみたいですね」
「なるほど。河崎、他には侵入者が盗んだものはないのか?」
「学生の成績や単位などの記録には入り込んではないです。この女学生の論文のみコーピーして持ち出したようです」
「となると、この女学生絡みだな……」
滝川は腕を組み、深く吐く。金品を盗んだわけでもなく、破壊行為も見られない。
論文が目的だというと、この論文を盗む理由を探る必要がある。透碧という女性が目的なのか、それとも論文に価値を見出し持ち出したのか。
それ以降は警察が探ることである。
滝川と栗林が教授に何回か質問をした後に今回の調査は終わり、一向は車内に戻った。
そこでようやく話しが始まる。
「滝川さん、もしかして華嶽って苗字……」
「たぶん、そうだな」
「華嶽ってそんなに有名な苗字なんですか?」
滝川と栗林の話している内容がよくわからずに、蛍が問いかける。と、栗林は「ああ。ほたるは知らないか。ある意味では有名どころだ」と、教えてくれる。
「莫大な資産を持つ有名なお家柄だ。薬の開発や製造をしている会社で、日本で新薬の開発ではトップに君臨するほど優秀な逸材をもつ会社でもあるな」
そこまで言われてから、蛍はそういえばそんな会社もあったなと思い出す。元は富裕層の暮らしをしていたのだ。何かと話題になっていたし、医療関係から設定も多く両親が話していたのをようやく思い出した。
「じゃあ、その透碧というのは……」
「その家系のお嬢様ってところだ。そのお嬢様が標的になったとなると、何か闇深そうだ」
「あれ、でもあの論文って全然薬剤に関係ないことじゃなかったか?何だっけ、論文のタイトル」
海老名が蛍に問いかける。
それは蛍も変わったタイトルだとに思っていたので、よく覚えていた。
「『妖怪と天災・病原の関わりについて』です」
その言葉を聞いた瞬間に、周りの大人たちはピタリと動きを止めた。
何を言いたいのかはわかっている。
「………妖怪って言葉、論文で出てくるなんて変わってますね」
「……俺もそう思いました」
全員の思考を言葉にしてくれた栗林に滝川も反応する。
大学といえば堅苦しい意味のわからない専門の言語が羅列されているイメージが強かったので、思わず身近な言葉と天災という怖いワードが組み合わさっているので、驚いてしまうのだ。
そして、そんな有名な資産家のお嬢様が妖怪について調べているなど思わないだろう。そのため言葉を失ってしまった。それに蛍も同じ思い出あった。
蛍は透碧に実際に会ったことがある。今時の若者で、かなり身なりには気を使っているような大学生だ。そんな彼女が熱心に妖怪について勉学に励み、そして論文を仕上げている。人は見た目では内面はわからにものだが、それにしては、ギャップがありすぎるのだ。
真夜中の歩道橋でダイヤモンドを放り投げているのだ。変わっているといえば、変わっているか、と思ってもしまうが。
蛍は思わず面白い奴だな、とニヤリと口元を歪ませてしまった。
「そうなると、身内が怪しいな。まあ、俺の勘だがな」
そうボソリと滝沢が自分の見解を漏らす。
その考えに一瞬の考える間があったが、すぐにそれを理解する。そして、蛍はすぐに俺と同じ、かとも考えつく。
「家族と内で異質な進学先に進んだ娘を心配して、だろうな。薬学部に進まなかったのを歓迎はしていないだろうからな」
「華獄家って、他に息子さんとかいないんですかね?」
「それはわからないな。まあ、先ほど見た所、透碧本人の容姿はかなり整っているのもわかったから、ストーカーや怨恨の可能性も捨てきれないがな。パスワードがあるセキュリティを一般人や普通の学生が簡単に掻い潜るわけではないと思うからな。それは、俺は考えてない。が、その線でも調べはするぞ」
「わかりました」
「それと、河崎」
「はい」
急に話を振られて、追わず背筋が伸びる。
警察に推薦してもらったり、蛍を捕まえその後も支えてくれてた滝沢は、蛍にとって本当父親のように思えている。それに、どうしてもこの男には頭が上がらないのだ。厳しい口調で名前を呼ばれると、「何かやらかしたか?」と、自然と姿勢が正しくなってしまうのだ。その様子をみて、栗林と海老名は面白そうに笑っている。
「おまえ、隠せると思ってるのか?」
「な、何がですか?」
「被害者の華嶽透碧と知り合いだろう」
「ど、どうしてそれを……」
論文の名前を見た時は驚きすぎて声が出てしまいそうになったが、堪えて平然を装って作業したはずだ。てっきりバレてないと思ったが、どうやら長年人を見続けている滝沢の目を誤魔化せるはずがなかったのだ。
「友人か?それともどこかで知り合ったか?」
「……つい最近、仕事終わりに歩道橋の柵に登っているのを見かけたので声をを掛けたんです」
「何?自殺未遂か?」
「そんな感じではなかったですね。面白がって景色を眺めてるような感じでした。近づいた時に、酒臭かったり、薬の匂いはしなかったので。保護しようとも思いましたが迎えの車が来たのでそのままにしました。高級車だったので、きっと家族の使いじゃないですかね」
「そうか。じゃあ、おまえ明日の事情聴取付き合え」
「え!?何でですか?」
「顔見知りがいた方が安心だろう」
「そんな事言っても1回しか会ったことがないんですよ。あっちも覚えてないだろうし」
「そのピアス、本物のダイヤだろう?没収するぞ」
「…………わかりましたよ」
2人の先輩たちは「何!?いくらだ?誰からの貢物だ?」「えー、美人なら俺が一緒に話し聞きたかったっす」とそれぞれに騒いでいたが、蛍は大きな溜息をつくしかなかった。
この滝沢という男には一生叶わないようだ。
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