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17話「花の理由」
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長い間、白はしずくを抱きしめていた。
決して強くではなく、大切な花を包み込むように大事に抱いてくれる白の優しさがしずくにはわかった。
だが、それと同時にまだ遠慮もしているのだろうという事も感じられた。それは、しずくも同じだった。
思い切り抱きしめられない。手を回して白に答えられないのだ。
しずくは、白に抱きしめられたまま両手でスターチスの花を抱きしめていた。それを離してしまい白に縋りついて甘える事は、しずくには出来なかった。
しばらくすると、白はゆっくりとしずくから体を離していった。
「えっと、あの、ありがとうございます。久しぶりに会えて、余裕がなくなってしまったみたいで。」
しずくは、白が普段と違う事に気づいてはいた。先ほど「抱きしめたい。」と言われたときに敬語を使わず、きっと素の自分で話していたのだろう。
そんな些細な事でも気づき嬉しさを感じているのに、しずくは少しだけ驚いた。
どれほど彼を考えているのだろうと。
「ううん。私も突然泣いちゃってごめん。なんか、いろいろあって。」
「いえ。素直に泣けるのは素敵ですよ。それに、僕の前で泣いてくれてよかったです。」
「え?」
白の言葉の意味がわからず、しずくはポカンとしながら白を見つめると、彼は少し焦ったように「あ、えっと!」と言葉を探しながら弁解を始めた。
「その、泣いたのが嬉しいとか、泣き顔が好きとかじゃないですよ!?あ、でも少し好きになったかも・・・とかじゃなくて!なんか、僕の前で泣けるほど安心してくれてるのかなって・・・それが嬉しいというか、何と言うか。」
白の動揺した言葉を聞き、態度を見ていれば悪いことじゃないのはすぐにわかるし、彼がそんな変な事を考えているとはしずくは思ってはいなかった。
子ども達のように、大人は誰の前でも泣こうとはしないし、隠れて泣くものだ。
そして泣き顔を見せるというのは、信頼している人だけだというのはしずくも白と同じだったので、しずくは「大丈夫だよ。わかっている。」と彼を安心させるように伝えた。
そうすると、彼はホッとした表情を見せて、何故か「ありがとうございます。」としずくに笑顔でお礼を言った。
「少し肌寒くなったので、移動しませんか?僕近くの駐車場に車停めてあるので。」
白に誘われしずくは頷き、2人は公園を後にした。
駐車場は少し離れているようだったので、夜道を2人でゆっくりと歩いた。
白はいつもよりもゆっくりと歩いていた。
今考えると、いつの間にか歩くスピードも変わり、そして、先を歩くのが彼になっている。
出会った当時は、早歩きで帰ろうとするしずくを、白が必死で追いかけていた。しずくは、彼と話すのを止めたかったし、理由がわからなかったのだ。
それが、どんどん歩く早さが変わり、前よりも倍の時間をかけて帰宅するようになっていたのだ。それは、白と会わなくなった期間で感じられていた。仕事を終えて帰宅すると、いつもより時間が余っているのだ。それぐらい、彼と共にいた時間が長くなっていた証拠だ。
そして、今は少しだけ彼がしずくより先を歩いている。白がリードするようになっているのだ。それは果たしていつからなのだろうか?初デートの時?
わからなかったが、今は昔と2人の関係が違うものになっているのだけは確実だった。
その関係がイヤではなく、心地よくなっている自分がわかり、しずくは一人暗闇で隠れるように頬を染めた。
大切に握り締めている花は、また大切な品になりそうだった。
フッと小さく笑う気配を感じて、彼を見ると白も同じように微笑んでいた。
きっと、しずくが一人で喜び、照れている所を彼は隠れて見ていたのだろう。しずくは、それを知ると更に恥かしさを感じてしまい「あのさ。」と、彼に話しを振った。
「このスターチスの花。どうして公園のベンチに置いていたの?」
「その花、僕がベンチに置いたってわかったんですよね?」
質問を質問で返されてしまい、しずくは「うん。」と答えるしか出来なかった。
このスターチスをあの公園に置くのは彼しかいないだろう。この花が公園や近所に咲いているわけでもないのだ。そう思うのは当然の事だった。
「だからですよ。」
「?どういう事?」
「こういう事、話してしまうとかっこ悪いんですが・・・。いつものように待っていたんですけど、公園を離れなきゃいけない時にスターチスを置いていたんです。もし僕が公園を離れた時にしずくさんが来ても今まで僕がいたって事がわかるように。」
白は、「それに待っていてくれるかもしれないっていう理由もありますが。」と、花の理由をばらしてしまい恥かしそうに白は笑う。
先ほどのように、彼が公園から離れたときにこの花がしずくに教えてくれた。
この花があったから、今日という日に彼に会えたのだ。
「今日はこの花に感謝ですね。」
白が言った言葉通りだった。しずくも同じ事を感じていた。
スターチスの花が彼を示してくれた。そして出会わせてくれた。
しずくと白は、スターチスの花を愛おしく見つめ、そして微笑んだ。
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