絵本男と年上の私。

蝶野ともえ

文字の大きさ
上 下
17 / 32

17話「花の理由」

しおりを挟む
 

  17話「花の理由」


 長い間、白はしずくを抱きしめていた。
 決して強くではなく、大切な花を包み込むように大事に抱いてくれる白の優しさがしずくにはわかった。
 だが、それと同時にまだ遠慮もしているのだろうという事も感じられた。それは、しずくも同じだった。
 思い切り抱きしめられない。手を回して白に答えられないのだ。
 しずくは、白に抱きしめられたまま両手でスターチスの花を抱きしめていた。それを離してしまい白に縋りついて甘える事は、しずくには出来なかった。

 しばらくすると、白はゆっくりとしずくから体を離していった。
「えっと、あの、ありがとうございます。久しぶりに会えて、余裕がなくなってしまったみたいで。」
 しずくは、白が普段と違う事に気づいてはいた。先ほど「抱きしめたい。」と言われたときに敬語を使わず、きっと素の自分で話していたのだろう。
 そんな些細な事でも気づき嬉しさを感じているのに、しずくは少しだけ驚いた。
 どれほど彼を考えているのだろうと。
「ううん。私も突然泣いちゃってごめん。なんか、いろいろあって。」
「いえ。素直に泣けるのは素敵ですよ。それに、僕の前で泣いてくれてよかったです。」
「え?」
 白の言葉の意味がわからず、しずくはポカンとしながら白を見つめると、彼は少し焦ったように「あ、えっと!」と言葉を探しながら弁解を始めた。
「その、泣いたのが嬉しいとか、泣き顔が好きとかじゃないですよ!?あ、でも少し好きになったかも・・・とかじゃなくて!なんか、僕の前で泣けるほど安心してくれてるのかなって・・・それが嬉しいというか、何と言うか。」
 白の動揺した言葉を聞き、態度を見ていれば悪いことじゃないのはすぐにわかるし、彼がそんな変な事を考えているとはしずくは思ってはいなかった。
 子ども達のように、大人は誰の前でも泣こうとはしないし、隠れて泣くものだ。
 そして泣き顔を見せるというのは、信頼している人だけだというのはしずくも白と同じだったので、しずくは「大丈夫だよ。わかっている。」と彼を安心させるように伝えた。
 そうすると、彼はホッとした表情を見せて、何故か「ありがとうございます。」としずくに笑顔でお礼を言った。

「少し肌寒くなったので、移動しませんか?僕近くの駐車場に車停めてあるので。」
 白に誘われしずくは頷き、2人は公園を後にした。
 駐車場は少し離れているようだったので、夜道を2人でゆっくりと歩いた。
 白はいつもよりもゆっくりと歩いていた。
 今考えると、いつの間にか歩くスピードも変わり、そして、先を歩くのが彼になっている。
 出会った当時は、早歩きで帰ろうとするしずくを、白が必死で追いかけていた。しずくは、彼と話すのを止めたかったし、理由がわからなかったのだ。
 それが、どんどん歩く早さが変わり、前よりも倍の時間をかけて帰宅するようになっていたのだ。それは、白と会わなくなった期間で感じられていた。仕事を終えて帰宅すると、いつもより時間が余っているのだ。それぐらい、彼と共にいた時間が長くなっていた証拠だ。
 そして、今は少しだけ彼がしずくより先を歩いている。白がリードするようになっているのだ。それは果たしていつからなのだろうか?初デートの時?
 わからなかったが、今は昔と2人の関係が違うものになっているのだけは確実だった。
 その関係がイヤではなく、心地よくなっている自分がわかり、しずくは一人暗闇で隠れるように頬を染めた。
 大切に握り締めている花は、また大切な品になりそうだった。
 
 フッと小さく笑う気配を感じて、彼を見ると白も同じように微笑んでいた。
 きっと、しずくが一人で喜び、照れている所を彼は隠れて見ていたのだろう。しずくは、それを知ると更に恥かしさを感じてしまい「あのさ。」と、彼に話しを振った。
「このスターチスの花。どうして公園のベンチに置いていたの?」
「その花、僕がベンチに置いたってわかったんですよね?」
 質問を質問で返されてしまい、しずくは「うん。」と答えるしか出来なかった。
 このスターチスをあの公園に置くのは彼しかいないだろう。この花が公園や近所に咲いているわけでもないのだ。そう思うのは当然の事だった。
「だからですよ。」
「?どういう事?」
「こういう事、話してしまうとかっこ悪いんですが・・・。いつものように待っていたんですけど、公園を離れなきゃいけない時にスターチスを置いていたんです。もし僕が公園を離れた時にしずくさんが来ても今まで僕がいたって事がわかるように。」
 白は、「それに待っていてくれるかもしれないっていう理由もありますが。」と、花の理由をばらしてしまい恥かしそうに白は笑う。

 先ほどのように、彼が公園から離れたときにこの花がしずくに教えてくれた。
 この花があったから、今日という日に彼に会えたのだ。
「今日はこの花に感謝ですね。」
 白が言った言葉通りだった。しずくも同じ事を感じていた。
 スターチスの花が彼を示してくれた。そして出会わせてくれた。

 しずくと白は、スターチスの花を愛おしく見つめ、そして微笑んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

雨宮課長に甘えたい

コハラ
恋愛
仕事大好きアラサーOLの中島奈々子(30)は映画会社の宣伝部エースだった。しかし、ある日突然、上司から花形部署の宣伝部からの異動を言い渡され、ショックのあまり映画館で一人泣いていた。偶然居合わせた同じ会社の総務部の雨宮課長(37)が奈々子にハンカチを貸してくれて、その日から雨宮課長は奈々子にとって特別な存在になっていき……。 簡単には行かない奈々子と雨宮課長の恋の行方は――? そして奈々子は再び宣伝部に戻れるのか? ※表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。 http://misoko.net/

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

処理中です...