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15話「走る音と思い出す笑顔」
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「小学校の頃の日記を読んでみたら、いつも雨ちゃんの事が書いてあったよ。今日は一緒に帰れなかったとか、ドッチボールで雨ちゃんを助けたらすごく喜んでくれたとか。くだらない事かもしれないけど、その時は必死だったんだなって。」
光哉は、遠い昔を思い浮かべているのか、目を細めて懐かしそうに話していた。
今の事ではないにしても、自分に好意的な言葉をたくさん並べられて、しずくは恥かしさで顔を赤くなっているのがわかった。しかも、その相手が初恋の人。それを考えるだけでも、信じられない思いだった。
光哉はその間も「とっても可愛くて、手を繋ぐだけでもドキドキしたんだ。」とか「バレンタインのチョコは、勿体無くてなかなか食べれなかったよ。」思いつく限り話している。
昔の話。きっと、美化されている事もあるだろうが、彼はひとつひとつの事をよく覚えていた。
初恋だったよ、と言われるよりも何が嬉しかった、可愛かったと出来事を覚えていて、それを大切にしてくれている事が何よりも嬉しかった。
そう感じて、しずくは何故か一気に熱が下がっていった。
自分の事を覚えていてくれるのはとても嬉しい。しずく自身もそう強く思ってしまう。
しずくの初恋の光哉は、とても大切な存在で、そんな人が嬉しそうな表情で自分の事を語ってくれるのだ。きっと、その時の「かわいいね。」って言わる事と、「僕を見て泣きながら笑ってくれたのが、とっても可愛かったんだ。」と思い出して言われることが同じように嬉しいと思うのだ。
では、白はどうなのだ。
私の事を好きでいてくれるのに、自分は覚えていない。
それで、彼は幸せなのだろうか。
どうして、彼は笑って毎日会いに来てくれるのだろうか。
思い出せないしずくを、内心では呆れているのではないかとも思ってします。
もしも、反対の対場だったならば、しずくはとても悲しい気持ちになっていただろう。
光哉の話を呆然と聞いていると、彼は「自分ばっかり話しをしてしまって、ごめん!でも、何か嬉しくて。」と言った。
突然話を振られて、しずくも焦って返事をする。別の事を考えていたので、申し訳なさを感じながら。
「あ、あの、私も光哉くんが初恋だったと思うよ。うさぎもらったのは、うさぎが可愛かったからっていうのもあるけど、今まで以上に光哉くんと会えるかなって思ってたし・・・。」
と、自分でも言うか迷っていたことをしずくは咄嗟に話してしまう。お酒の力だろうか、とも思いながらも昔の恋愛だからとあまり深く考えない発言だった。
だが、光哉の反応は予想以上のものだった。
話した瞬間は、ポカンとしていたが、しばらくすると「ええええ!!本当にっ!!?」と、おしゃれなレストランには不釣り合いな大声を出して立ち上がったのだ。
相当に驚いたのだろう。そんな声を出してしまった自分に更に驚き「あ、すみません・・・。」と、恥かしそうにしながら周りに謝罪し、ゆっくりと椅子に座った。
そして、何故か髪を整え、姿勢を正して、「雨ちゃん、今の本当?」と、何故か小さな声で光哉は質問してきたのだった。
その彼の様子が、憧れの初恋の彼とは全く違っていたのかもしれないが、それが妙に嬉しくそして少年らしくて、しずくは嬉しくなって微笑みながら頷いた。
それからは、お互いに照れながらも、お互いの好きだったところを話したり、バレンタインの話や、光哉くんが何回告白されたのかなどを話しているうちに、レストランの予約の時間が終わった。
人気があるお店のため、次の予約客がくる時間が迫っていたのだろう。
「今日の誕生日プレゼントという事で。」と、光哉が全ての食事代を払ってくれた。しずくは、お礼を言いながらも「今度何かお礼をしなきゃな。」と考えていた。
時計を見ると、ちょうど遅番の時に仕事が終わる時間だった。
今日は早番だったので、大分ゆっくりしても、まだ夜中という時間帯ではなかった。
遅番、という言葉を自分で考えているうちに「彼が公園で待っているのでは。」という考えが頭をよぎった。
白はしずくの誕生日当日もお祝いするのを楽しみにしているようだった。だが、その後すぐに仕事の依頼が入ったようで、忙しそうにしていたのだ。
もしかしたら、その事はすでに忘れているのかもしれない。
だけど、彼の事だから待っているのではとも思ってしまう。
1度考えると、その事は頭から離れなくなっていた。
もちろん、先ほど考えた「思い出」の事も。
光哉とレストランを出て、しずくはすぐに最寄り駅に向かおうと考えた。
だが、彼は違ったようだ。
「この後は、時間ある?まだ話したいんだけど。」
光哉に誘いに、しずくは戸惑った。光哉との話は楽しく、そして誕生日のお祝いもしてもらった。そのため、帰りにくい部分がある。
彼といる時間は楽しかったし、何年もあっていなかったのに、昔からの付き合いが続いていたかのように話せていたので、とても心地いい雰囲気にさせてくれた。
けれど、しずくはどうしてもあの公園に行きたかった。
1分でも早く、あの場所へ走って向かいたかった。
「えっと、せっかくなんだけど、ごめんなさい。」
「そうなの?実はさ、俺の家、ここから近くて。おいしい酒もあるし!あ、俺、料理も上手いんだよ。ご馳走するから遊びにこないかな。」
「光哉くんのお家・・・?」
「そう。あ、その、話すだけだから!もちろん、ね。」
しずくが戸惑う様子に、光哉も焦ったのか、安心させるようにそう言った。
だが、家に誘われて思い出すのはただ一つだった。
白に「待っている」と言われた。その言葉だった。
彼はしずくの部屋にも入らず、しずくの事を待っているのだ。
そんな人がいるのに、こうやって思い出す人が別にいるのに、今の誘いに乗れるのだろうか。
それが、憧れていた初恋の人だったとしても。
「ごめんなさい。」
しずくは、下を向き小さな声で、そう呟くように光哉に言葉を伝えた。
恋愛経験の少ないしずくにとって、精一杯の言葉だった。
すると、光哉はしずくと同じように小さな声で「そっか。」と言った。その言葉を聞いて、少しだけ安心し顔を上げると、そこのは見た事がない光哉の切なそうな顔があった。
いや、その表情はどこかで見た事がある。そう思った瞬間に、しずくはすぐに思い出した。
しずくが引越しをしてしまう日、最後に見た彼の顔だ。
「好きな人がいるの?」
光哉は、見ているだけで悲しくなってしまう、その顔でそうしずくに質問をした。
きっと、彼はしずくの様子を見て何かを感じ取ったのだろう。
だが、しずくはその問いに上手く返事が出来ず、彼と別れた。自分でも、どう返事をしたのか思い出せなかった。
しずくはレストランの前で光哉と別れた。家まで送ると言ってくれたが丁重に断った。
そして、タクシーを拾おうとしたが、なかなか見つからずしずくは、すぐに諦めて駆け出した。
いつもよりおしゃれした、タイトスカートにヒールの靴。しずくは、今更後悔しながらも、必死に一歩一歩走った。
彼が待っているかもしれない、あの公園へ。
しずくが頭の中で描いているのは、白の笑顔だけだった。
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