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13話「ピンク色のくちびる」
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しずくの初恋は、小学生の頃だった。
その相手は、今目の前にいる、爽やか系の大人男子の伊坂光哉だった。
頭もよく、スポーツ万能、クラスのリーダー的存在だった光哉は、クラスの女の子の憧れの的だった。
授業中にまっすぐ手を挙げる姿や、教科書を堂々とした口調で読み上げる様子、かけっこで1位になって笑う顔や、ドッチボールで味方のクラスメイトを守って怪我をしてしまったり。
彼がするすべての行動に女の子は、ドキドキしながら見つめていた。
しずくもその中の一人だった。
だが、他のみんなと違った事があった。それは、幼稚園の頃からずっと一緒で仲が良かった事だ。
家が近かったこともあり、行き帰りは一緒になったし、遊ぶときも光哉から誘ってくることが多かったのだ。
しずくは光哉と遊べる事が何より嬉しくて、そして、少しだけ恥かしかった。
ある日、光哉が飼っていたうさぎが子どもを産んだ。その子うさぎを貰おうとしずくは両親に必死で説得した。自分で面倒を見る事を約束し、光哉からうさぎを貰ったのだ。
それからますます仲が良くなり、クラスメイトに「結婚しろー!」とからかわれるぐらいに一緒にいた。
そんな時でも光哉は怒る事なく、上手にかわすのだ。自分より年上なのではないかと思うぐらいに、彼は大人びていた。
そんなある日。
お互い同時期に引っ越す事が決まった。
貰ったうさぎの事を教える、と言って連絡先を交換し、年賀状は欠かさずお互いに書くようになった。
だが、中学生になりうさぎが死んでしまった次の年から、光哉から年賀状が届くことはなくなったのだ。
そうして、初恋は遠い昔の出来事となり、普段は思い出さない頭の隅に、彼の記憶を閉まっていた。
だが、本人に合うと忘れていた記憶が一気に甦ってきた。
光哉の優しさや、得意げな笑顔に、2人でうさぎを抱きしめた時の夕暮れの景色、大好きだった彼の姿が、色鮮やかに再生されていった。
懐かしいな、と思いながら、「どうして?」という気持ちが大きくなる。
「光哉くんの事は思い出せるのに、どうして彼の事は思い出せないのだろう。」と、自分が情けなくなってしまう。
初恋はとても切なくて、だからこそ思い出深いものなのかもしれない。
じゃあ、白との出会いは自分にとってはどうでもいい事なのだろうか。
決してそんな事はない、と胸を張って大きな声で主張したいが、思い出せないのだ。白との思い出が。
今はこんなにも彼の事ばかり考えているのに、自分の気持ちは相手に伝わることはない。どれぐらい思っているのか、言葉でしか伝えられないのだ。
相手にどう伝わるかもわからない。
「忘れているけど、あなたの事ばかり考えてしまいます。」そんな事を言っても、都合のいい女と思われてしまうのだろう、しずくはそう思っていた。
彼は「思い出さなくていい。」と言った。けれど、それは本心なのかわからない。
しずくは、半分意地になって過去を探しているのかもしれない。
だけど、白を全部自分で思い出して知りたいと思う気持ちは、まぎれもなく本当の気持ちなのだ。
「もっしもーし?しずくー?」
耳元で美冬の大きな声が聞こえて、しずくは慌てて意識を目の前に戻した。
光哉を見つめながら、過去を思い出し、そして自分の気持ちを悶々と考えいたようだった。
呆然と彼を見つめ、何の返事もないしずくに、2人は少し戸惑っていたが「ごめんなさい。懐かしくて昔を思い出していたみたい。」というと、安心したように笑った。
「イケメンに成長してて見惚れてたんじゃないのー?」
「ちょっと、美冬っ!?」
「はいはい。ありがとうございます、美冬さん。」
「もー、そういう反応がつまらないのよ。」
「俺はドMじゃないので。」
「はいはい。」
美冬と光哉は、知り合った仲のようで、美冬のからかいにも光哉は上手に返している。その仲の良さを見て、しずくはある考えに至った。
「もしかして、2人は付き合ってるの?」
しずくの言葉に、美冬と光哉は目を大きくさせてから、お互いに一瞬ちらりと見合ってから「それはない。」と同時に言った。
「光哉くんは、会社が同じなの。今まで部署が違ったから同期なのに全く会わなくて。数年前に一緒になってからよく飲みには行くようになったの。」
「そう。それで、たまたま旅行の写真を見せてもらった時に、雨ちゃんがいてさ。この子、見た事あると思って聞いたら雨ちゃんだったんだ。」
近いところに繋がりがあるものだと驚いていると、美冬のスマホのバイブがなった。
アラームだったようで、美冬は「もうこんな時間だ!私いかないと。」と言って席を立った。
「え・・・美冬ちゃん?」
「ごめんね。今日は予定あってさー。あとは2人で昔話を楽しんでね。」
しずくに向けてウィンクしながら言う彼女を見て「始めから、そのつもりだったんだ。」と、しずくは心の中でため息をついた。白との話を聞いた後に、光哉と会わせるのを迷っていたのだろう。
だが、もう光哉と約束をしてしまったし、しずくも付き合っているわけじゃないからいいだろう、と強行した。と、長い付き合いから美冬の考えをしずくはすぐに理解した。
「あ、その色すっごい似合ってるから、使ってね。」
自分の唇を指差しながらそう言い、美冬は颯爽と店内からいなくなったのだった。
「あいかわらずだなー。」と愚痴をこぼしていると、光哉が「色って何のこと?」と不思議そうに聞いてきた。
このレストランに来る前。
美冬の車の中で、誕生日プレゼントを貰ったのだ。すぐに開けて、と言われて開封すると、かわいいケースに入った口紅とグロスだった。
有名ブランドの物で、しずくも大好きなシリーズだった。その新作のようだった。
口紅をあけると、自分でも選ばないような華やかな赤みのあるピンクだった。
つけてみて、と彼女に言われて似合うのか不安になりながら唇の上に丁寧に色をのせていった。
そして、鏡で自分の顔を見ると、驚くぐらいにしっくりしていたのだ。さすが、美人の仕立ては完璧だった。
「へー。美冬さんのプレゼントかー。」
と言いながら、光哉はまじまじとしずくの顔を見つめたり、唇に少し顔を近づけたりした。
小学生の時以来の再会だ。そんな相手で、しかも初恋の男性なのだ。
突然顔が近くなり、ドキッとしていると、それをわかったのかハニカミながら「俺もすっごいイイと思う。」と、人差し指をしずくの唇に軽く当てた。
しずくは驚いて、口元を片手で覆って固まってしまうと、光哉は何故か嬉しそうに笑いながら「さ、メニューを選ぼう。」と言ったのだった。
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