悪役のはずの男になぜか世話されてます!?~少女漫画の世界に転生した残念女~

君影想

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虫の話

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 入学して半年。私は「いい人」を見つけるのをもうあきらめた。
 いや、あきらめたというよりはした。
 だんだん今年の「いい人」はコイツでいいんじゃないのかな、って思えてきたのだ。えっと…名前は…トゥ…ル…なんだっけ?とりあえず、私の隣の席のあの悪役。
 他のクラスメイトでいい感じの人は見つからないし、彼は世話好きのようだし。まぁ、本心でなにを考えているかは知らないが、化け物だってその化けの皮が剥がれるまでは本物と変わらない。つまり、私にとって都合のいいものだったらなんでもいいってことだ。
 
「はい、問題。明日必要な物はなにかな?」
「うーん…制服と下着とバック?」
「…必要なものにそれらがあげられてなかったら、君は全裸で学校に来るのかい?」
「うん。」
「…じゃあ、ぜひ明日は全裸で来てね。」
「オッケー!」
「本当にやったら塔から突き落とすからね。…正解はカール先生の歴史学のプリント。…ほら、これ。」

 そういって彼は私のファイルをペラペラとめくり、歴史学の文字と明日の日付がかかれた一枚のプリントを私に渡す。礼を告げてそれを受け取れば、どういたしましてと言って、自然な動作でまがっていた胸元のリボンを直してくれる。
 ちなみにこのファイルは、ぐちゃぐちゃ&ボーロボロだった昔のファイル君に呆れた彼が買ってきてくれた新品のファイルちゃんだ。科目によって分けていれられるようになっていて大変使いやすい。
 まぁ、私がそれをちゃんと管理できるはずもなく、ほぼ全部彼にこのファイルの管理は任せてるんだけど。

「宿題でもあるからやってくるのを忘れちゃだめだよ。」
「マジか。いや~、完全に忘れてたわ。危ない危ない。」
「君は覚えているものの方が少ないだろう?」
「まぁね。本当にトゥルさん様様だわ。」
「さんなんだか様なんだかはっきりしてくれ。」
「トゥル様ぁ~!どうぞ私にご慈悲を~!」
「…寒気がした。これ以上君にかける慈悲はないよ。」
「酷い。」

 でもまぁ、その通りだろう。彼は今までの人たちと同じように…いや、今までの人たち以上に世話を焼いてくれている。現時点で彼の慈悲深さはMaxレベルだ。これ以上の慈悲となると、私のお小遣いのためにちょっと臓器売ってきてとかそういう感じだろう。

 私は「いい人」を彼と決めてから、休み時間をだんだん彼と長く過ごすようにして、敬語も徐々に解いていった。そして、を売るようにした。
 媚とはいっても私の媚はほかの人とは少し違う。だってそもそも私が媚を売る人間のタイプはものすごく限られているし特殊だ。私が媚を売る先は権力者でも偉大な人間でもない。「世話好きな人間」だ。
 世話好きな人間というものは、世の中に一定数存在する。私には人を助けることを自らの喜びとする彼らの思考回路はさっぱりわからないが、どうすれば彼らから庇護を得られるのかはよく知っている。なんたって私は彼らに前世からずっとお世話になってきたから。
 方法は簡単。私はただ彼らをものすごく頼って、そして助けてくれたことに対してお礼をたくさん言えばいいのだ。あとは、彼らに好意をわかりやすく示し、時々お礼になにかをあげれば、彼らは私にぴったりとくっついてなにからなにまで世話を焼いてくれるようになる。
 ああ、あと「あなただけ」っていうのも大事だ。私が頼れるのはは、

「…トゥルさんぐらいだよ。」
「…なにが?」
「私のこと、こんなに助けてくれるの。…いつも本当にありがとう。」
「…別に。だって君、私がいないと生きられないだろう?」
「マジでそうかも。」
 
 …馬鹿なやつ。私なんかに騙されて。まぁ、都合がよくてありがたいけど。実際私はこういう人間を探してたんだし。しっかりしてて、お人好しで、余裕があって、人の世話をするのが好きで、騙されやすい人。

「__あの、さ。」
「…なに?」

 瞳の周りを彩る金糸のような睫毛が伏せられ、その優美な曲線の影がそっと頬に落ちる。

「君がよかったら…私の塔で一緒に暮らさない?」
「…どういうこと?」
「私は塔に1人で暮らしていてね。それで、」
「一人暮らし?しかも塔に?かっこいいじゃん。」
「そんないいものじゃないよ。__でも、君が来てくれたら毎日楽しいんだろうな…って。今以上に君のサポートもできるし。」
「へぇ~。」

 …一緒に暮らすとは、この男もわけのわからないことをいうものだ。私のようなダメ人間と一緒に暮らすなどしたら、苦労が絶えないことなどわかりきっているだろうに。ま、そもそもこっちから願い下げだけどね。
 とりあえず、こんな話はさっさと終わらせるに限る。
 
「あ、もうこんな時間。帰らないと。」
「…ああ。そうだね。ねぇ、一緒にかえ…
「じゃあ、また明日。」
「ああ。うん。…また。」

 一緒に帰ろう、おそらくそう言おうとした彼の言葉を遮って、バックを持って教室を出る。背中に視線がぐさぐさと突き刺さるが…これぐらい許してって。
 学校でも一日中ずっと一緒にいるのに、さらに学校から出てもずっと一緒なんて私はお断りだ。そもそも私は一人が好きなのだ。…私のおつむの性能がそうはさせてくれないだけで。

 私だって…昔はもっと自立した大人の女性になりたかった。誰の手を借りずとも生きられる、そういう強い女の人。
 だけど、だんだん気づいてしまったのだ。私の能力は色々だいぶ足りないって。みんなみたいに普通に生きていくことも難しいほど。
 私は人よりも忘れっぽくて、
 私は人よりも集中できなくて、
 私は人より細かいミスが多くて、
 私は人より片付けとか自分の管理がさっぱりできない。
 頭の中はいつだってカーニバルで、いつも音楽が頭では流れ続けてて、雑念に近い様々な思考が私の脳みそをぐちゃぐちゃと引っ掻き回す。ずっとこれが普通だと思ってた。でも、違った。前世の学生時代の前半、それに気づかず散々親や周りに迷惑をかけた。親も私も、教師に叱られ続けてやっと私の異常に気付いた。

 それに気づいてから私は人間をやめて、になることを決めた。大きな猫の皮をかぶって、優しい人に擦り寄り愛玩されて、彼らの好意にしなだれかかり甘い汁を吸い続ける醜い寄生虫。
 宿主は世話好きで騙されやすいお人好し。私は彼らのことを「いい人」と名付け、彼らから世話をしてもらう代わりに、彼らが望む行動や言葉を与え続けるようにした。その行動や言葉に事実や私の心が伴うかどうかは関係なく、ただ望まれたものを。
 
 まぁ…死ぬのは怖いからそうやって生きてはいたけど、もともと自分が一番嫌いだったタイプの人間になっていることにいつも吐き気がしてた。だから、前世で私のいつも通りの「うっかり」でうっかり死んだときは、やっとこんな生活をやめられるって思った。
 でも、馬鹿は死んでも変わらないという言葉の通り、私は本当に生まれ変わっても変わらなかった。

 その現実に最初は絶望したが、人生も二回目となると案外開き直れるものだ。
 私のこれはのだと、そう思うことにした。みんなが普通という才能を持つ代わりに、私は寄生の才能を与えられたのだと。実際、これまで私が選んだ人の中で騙されなかった人はいなかったし、みんなものすごく楽しそうに私のことを助けてくれた。
 彼らと私はwin-winの関係なのだと、私はそう思って…そう思い込むことにしている。
  
 
  +  +  + 
 
 
「…へぇ。なんとびっくり、今年も同じクラスだよ。トゥルさん。」

 ひりつく喉から絞り出すようにして、でも相手には決してそれを気づかれないよう誤魔化しながら、なんとかおどけた声を出す。
 入学して一年。私は彼と一緒にいることに限界を感じていた。なのになんてアンラッキーだろう。学年の人数もクラスの数もアホみたいに多いし、この学園では比較的仲が良すぎる(ように見える)人同士のクラスを離す傾向があるから、きっと離れると思ってたのに。

「まぁ、だろうね。」

 こうなることがさも当然のことかのように答えた彼に向かって少し首を傾げると、「お願いしておいたんだ。同じクラスになるように。」と彼はいつも通りの笑顔で答える。
 「は?」と真顔で声を上げそうになるのを必死で抑えて、「そこまでしなくても…」とだけ言葉をこぼせば、きょとんとした顔でこちらを見つめられる。
 
「サラは私がいないと生きられないだろう?当然の措置じゃないか。」

 …これだ。これだから彼と一緒にいるのはキツいのだ。
 彼は本気で、私のことを彼がいなければなにもできない存在だと思っている。
 たしかに最初にそういった類のことを言ったのは私かもしれない。だけど、その言葉をここまで本気にする馬鹿がいると普通思うか?私は思わなかった。
 そしてなにより恐ろしいことに、実際に私はそういった存在に近づいてきている。自分で本当はできたことも最近は全て彼にやってもらっているし、どんどん出来なくなっている。私だって最初はそれを拒んで自分でやろうとした。でも彼は、精一杯結んで来た私のひっつめの髪を雑だと言って結びなおし、母と一緒になんとかつくったサンドウィッチを栄養バランスがなんだとか言って勝手に捨てて手製のランチを寄こす。…ここのところはなにを自分でやってもこんな感じ。自分でなにかすれば毎度その完成度を柔らかな口調でなじられ、君のためだからとその上位互換を差し出される。

 __彼はまさしく毒だ。

 甘い幻想を見せながらじわじわと侵食し、やがて相手を行動不能にする。私はきっと今、死に至るその瀬戸際を歩いている。
 
「席もちゃんと隣にしてもらえるようにお願いした。…生まれて初めて、私が悪役でよかったと思ったよ。悪役の私がお願いをしたら、圧力みたいになるかもと少し気が引けたけど、君のためには仕方ない。」
 
 へぇ~と相槌を打って、関係ないところを見つめるフリしてどうにか冷めた瞳を隠す。
 …コイツはやっぱり正真の馬鹿だと思う。お勉強はできても本当はすっからかん。
 もし、私が本当に彼がいなければ生きていけないんだったら…私は彼と出会うまでどうやって生きてきたっていうんだ?ゾンビだったとでも?

「新しいクラス、楽しみだね。早く教室に行こう。」

 冷たい手は私の左手を強く握りしめて、私をどこかへと引っ張っていく。
 …最近は思考も放棄気味で、ここのところはずっと、ものすごくどうでもよくてくだらないことをなんとなく頭に浮かべている。もし、洋服が人類に反乱を起こしたらどうやって私は生きていこう…とかね。ま、よく考えてみれば元からこんなものか。ただ単に、昔以上に「自分がしなくちゃいけないこと」を考えることが減っただけで。だって、なにもしなくてもコイツがやってくれるし。

 しばらくされるがままになっていると、いつの間にどこかの教室の前に立っていた。
 …ここが私たちの新しい教室だろうか?
 そんなことを考えている間に、彼の白く細い指が扉にかかり、ゆっくりと扉が、

「待って!」

 一つ、いいことを思いついた。ちょっぴりリスキーだけど、現状を打破できそうな面白いアイデア。

「…なに?」
「バラバラに入ろう。」
「なぜ?」

 男は眉を顰めている。当然だろう。一緒に来たのにわざわざ別に入るなど意味がわからない。

「知らない?あの話。」
「あの話?」
「この学園ではね、二年生になると、一年の頃から仲のいい男女の友人同士は引き裂かれるんだって。この学園を守る女神さまが嫉妬するから。」
「聞いたことないな。」

 当然だ。だってそんな話は存在しない。

「そう?は知ってるんだけどな。」
「…もしかしたら、少し聞いたことがあるかも。」

 馬鹿め。

「やっぱり?…でさ、それを防ぐ方法が一つあるらしいんだ。」
「どんな?」
「二年生になって二週間…教室では関わらないこと。」
「…なるほど?」
「私たち、一応異性同士だし友達でしょ?だから、一応は二週間関わるのやめようよ。」
「…でも、そんなの所詮は噂で…」
「私も最初はそう思ったよ。でも、はみんなそうするみたいでさ。」

 そんな普通、あるわけない。でも、彼は私と同じくらい普通という言葉に弱いから。
 本当は私よりもよっぽど「普通」に精通してる癖に、自分の役が悪役であるというだけで、自分が普通じゃない可能性にいつも怯えている。だから彼は「普通」を持ち出せばだいたい引き下がる。
 
「トゥルさんも私と…ずっと友達でいたいよね?」

 彼の首がゆっくりと縦に振られるのを、私は半ば嘲笑しながら見届けた。


  +  +  +

 
「エマさん、エマさん!めっちゃそれ可愛くない?えっと、そのカ…カ…頭の…
「カチューシャね。これ、私の手作り。」
「マジで!?売り物にしか見えない。エマさんすごすぎ!」

 ま、売り物にしては粗が目立つから、手作りだって本当は気づいてたけどね。というか、それがわかってたから誉めたんだし。

「今度サラにも作ってきてあげるよ。」
「ありがと~!エマさんマジ好き~!!!」
「はいはい。で、今日のエボ先生の宿題は忘れてないよね?」
「大丈夫!昨日エマさんがちゃんと言ってくれたから忘れなかったよ!」
「偉い偉い。」

 私はあの男に関与されない期間で、予定通り新たな「いい人」を見つけた。
 それが彼女、エマさん。私の前の席の、しっかり者で優しくて、それなりに裕福な一家の長女、そして世話好き。本当に理想の「いい人」だ。この人こそ私の求めていた存在。私は今、彼女に夢中だ。

 だから、あの男の視線など少しも気にならない。というか、ここのところ彼の視線が私から離れた時間はほぼないといえるので、むしろ気にしていた方がおかしくなる。時々、目が合えばぎこちなく笑顔を向けてくるが、それ以外の時はずっと不安げに瞳を揺らしながらこちらを見ているのを私は知っている。
 
 __ほら、今も。

 …そんなに私が心配なのか。
 悪いが、私はあんたなんかいなくたって生きられる。私は…あんたの飼い虫なんかじゃない。この寄生は私なりの独立で、私は生存戦略として自ら寄生を選んだ寄生虫だ。だから、寄生先は自分で選ばせてもらう。

「…ねぇ、ずっと気になってたんだけどさ。」

 エマさんが声を潜めて私の耳元に口を寄せる。
 なになに?秘密の話?そういうのは大好きだ。どうせすぐ忘れちゃうけど。

「あの方、ずっとサラのこと見てない?」

 エマさんの視線の先にはあの男。まぁ、あそこまで見られてたらさすがに気づくか。

「ん~、そうなの?でも、まぁ…言われてみればたしかにそうかも?」
「見てるって!サラ、なんかやらかしてないよね?」

 へらへらと笑いながら「だいじょーぶ、だいじょーぶ」と繰り返して口をエマさんの耳元に寄せる。

「私、あの人のことなんか少しも知らないし。」



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