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異本 蠣崎新三郎の恋 その四十三
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悲嘆の底にあらためているというのに、悩ましい姿が、いまも闇のなかで明滅する。耳元に響いた切なげな声が蘇った。
(落ち着く。これが、いちばんに落ち着く。)
抱きしめたぬくもりと柔らかさが、この腕に残っているのが、新三郎にはわかる。
(厭……それは、強すぎる。もそっと、やさしく……?)
そういいながら、さ栄さまはたいてい豊かに潤い、それを恥じるほどだった。
(恥ずかしい。厭などというて、もう、こんなに……!)
なじょうこれほどに濡れなさるのか、と若者は喜びと小さな驚きのあまり、答えられない問をしてしまうのだが、それには、
(新三郎どのが、愛おしいから……!)
と答え、すぐに照れて、
(さ栄は、阿呆なことを、申しております。)
と笑ったものだ。
(……よい。)
さ栄さまの感に堪えたような呟きが漏れると、重い快感が躰の下の愛おしい女のなかにたしかにあるのがわかった。勇み立った若者は、さらに女を切り開いていった。やがて信じられないほどの力で細い小さな躰が自然に暴れるようになるまで、相手の何もかもを絞りつくそうとした。
串刺す勢いで深く抜き差しするうちに、驚愕の声が漏れるのを聴く。痙攣がこちらの肌に伝わり、口を口で塞がなければと思わせるほどの叫びが短く漏れるようになると、新三郎はさ栄さまが何か、人離れした無上の存在になるのを感じるのだ。
そのときには、新三郎ももう耐えられない。鈍い痛みのような快感の飛礫が自分の肉に充ち、溢れて行くのを止めることができないまま、それを震える熱い肌の奥の奥へと送り込むだけだ。
(……なじょう? なじょう新三郎どのは、これほどに……?)
惑溺の淵から浮かび上がったさ栄さまが、まだ潤みきった瞳を夜の闇の中で光らせながら、心底不思議そうに尋ねることがあった。実は前の男たちと―恐ろしく、いたましいことだが、前夫だけではなく、おそらくは「あのかた」とも―比べられているのではないか、などという疑念は、そのときには起きない。感嘆された、という喜びしかまずは起きなかった。
そして、盲目的な独占欲が、陳腐な言葉を叫ばせる。
(さ栄さま、わたくしのものになってくださいませ!)
さ栄さまも微笑み、そうなるしかないであろうから平凡な、しかし輝くように思えた言葉を返してくれた。
(もう、新三郎どのの、ものじゃよ。)
甘い回想は、やがて新三郎を、重傷者が傷の開きに苦しむかのように床に這わせ、転がらせた。
(おれは……! おれという男は!)
こんなときだというのに、悲嘆の果ての痛ましい回想だというのに、幻のようなさ栄さまの悩ましい声や姿や匂いや触感の記憶によって、新三郎の若い肉体は固くなっていた。
(なんという淫らな……あさましい男じゃ、おれは? のたうち回るほどに苦しがりながら、この始末はなにか!)
申し訳ありませぬ、姫さま、と新三郎は起き直り、姫さまがよく座っていたあたりにむけて思わず低頭した。
その瞬間、どうしたものか、涙が噴き出た。さ栄さまを永遠に喪ったと知って以来、不思議なことにさほどは流れなかった涙が、激しい勢いで流れ出た。新三郎は嗚咽した。長い、止まりようのない嗚咽だった。
(落ち着く。これが、いちばんに落ち着く。)
抱きしめたぬくもりと柔らかさが、この腕に残っているのが、新三郎にはわかる。
(厭……それは、強すぎる。もそっと、やさしく……?)
そういいながら、さ栄さまはたいてい豊かに潤い、それを恥じるほどだった。
(恥ずかしい。厭などというて、もう、こんなに……!)
なじょうこれほどに濡れなさるのか、と若者は喜びと小さな驚きのあまり、答えられない問をしてしまうのだが、それには、
(新三郎どのが、愛おしいから……!)
と答え、すぐに照れて、
(さ栄は、阿呆なことを、申しております。)
と笑ったものだ。
(……よい。)
さ栄さまの感に堪えたような呟きが漏れると、重い快感が躰の下の愛おしい女のなかにたしかにあるのがわかった。勇み立った若者は、さらに女を切り開いていった。やがて信じられないほどの力で細い小さな躰が自然に暴れるようになるまで、相手の何もかもを絞りつくそうとした。
串刺す勢いで深く抜き差しするうちに、驚愕の声が漏れるのを聴く。痙攣がこちらの肌に伝わり、口を口で塞がなければと思わせるほどの叫びが短く漏れるようになると、新三郎はさ栄さまが何か、人離れした無上の存在になるのを感じるのだ。
そのときには、新三郎ももう耐えられない。鈍い痛みのような快感の飛礫が自分の肉に充ち、溢れて行くのを止めることができないまま、それを震える熱い肌の奥の奥へと送り込むだけだ。
(……なじょう? なじょう新三郎どのは、これほどに……?)
惑溺の淵から浮かび上がったさ栄さまが、まだ潤みきった瞳を夜の闇の中で光らせながら、心底不思議そうに尋ねることがあった。実は前の男たちと―恐ろしく、いたましいことだが、前夫だけではなく、おそらくは「あのかた」とも―比べられているのではないか、などという疑念は、そのときには起きない。感嘆された、という喜びしかまずは起きなかった。
そして、盲目的な独占欲が、陳腐な言葉を叫ばせる。
(さ栄さま、わたくしのものになってくださいませ!)
さ栄さまも微笑み、そうなるしかないであろうから平凡な、しかし輝くように思えた言葉を返してくれた。
(もう、新三郎どのの、ものじゃよ。)
甘い回想は、やがて新三郎を、重傷者が傷の開きに苦しむかのように床に這わせ、転がらせた。
(おれは……! おれという男は!)
こんなときだというのに、悲嘆の果ての痛ましい回想だというのに、幻のようなさ栄さまの悩ましい声や姿や匂いや触感の記憶によって、新三郎の若い肉体は固くなっていた。
(なんという淫らな……あさましい男じゃ、おれは? のたうち回るほどに苦しがりながら、この始末はなにか!)
申し訳ありませぬ、姫さま、と新三郎は起き直り、姫さまがよく座っていたあたりにむけて思わず低頭した。
その瞬間、どうしたものか、涙が噴き出た。さ栄さまを永遠に喪ったと知って以来、不思議なことにさほどは流れなかった涙が、激しい勢いで流れ出た。新三郎は嗚咽した。長い、止まりようのない嗚咽だった。
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