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異本 蠣崎新三郎の恋 その三十七
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もういいのだろうと思って目を開けると、さ栄さまはこちらに傾けた躰を揺らし、ときおりつらげに顔をしかめながらも、新三郎の顔を穏やかな笑みを浮かべて見つめていた。目が合った。
「姫さま……。」
姫さまは、ふふっ、と薄く笑って、少し首を振ったようだ。
「さ栄、とお呼びなされ。新三郎どの!」
「はい、さ栄さま。……さ栄さま!」
「はいっ……!」
何度か下から突かれると、うっ、と呻いて、ついに力を喪ったかのように崩れてきた。そのさ栄の躰を、新三郎は抱き締めた。胸乳が柔らかく当たり、無言の女の躰がぴくりと跳ねた。背中に汗が浮いている。それを掌で拭ってやると、ぶるっと震えた。
「寒うはございませんでしたか?」
「……え? あ。……はい。」
「夜着をかぶりましょうか?」
「このままで、よい……。」
二人の腰はぶつかりあっている。さ栄の息が、また激しく弾んできた。
「新三郎どの……。今宵は、普段と、……変わらぬ。お、……ああ、あ、……うん、うん。……おやさしいの?」
とぎれとぎれに、さ栄は会話しようとする。
「あの節は、まことに手荒にございました。申し訳もございませぬ。」
「あ、謝らずとも……!」
さ栄はまた大きく息を吐いた。快感が押し寄せてくるのを、それで一瞬払うようにした。間近にある新三郎の顔をまた見つめる。
「新三郎どの。……いつでもよいのよ?」
「?」
「さ栄は、新三郎どのが、いつ、いらっしゃっても、構わない。……出陣の、ほんとうに、前の晩でもなければ、きっと、……ご神仏もお許し下さるでしょう?」
「かたじけないことです。」
「あ、ああ……? くっ!」
「さ栄さま?」
新三郎は、耐えかねたように唇を噛んで顔を振ったさ栄を、つい気遣ってしまう。どんなに苦し気な顔になって実を揉んでも、女の中では快感の風が走っているらしいのをもう理解しているのに、その反応についたじろぐようなところがまだあった。さ栄は潤んだ目をうっすらと開け、笑った。
「……らんぼうにしたいときは、してよい。いつものようにおやさしくても、またよい。なにをされてもよい。なんでも、して差し上げ……あ、あ。……お話をしておるのに!」
「申し訳ございません。さ栄さまこそ、なじょう、そんなにおやさしい?」
「新三郎どのじゃから!……愛しいおぬしさまじゃから! いくらでも、かなうかぎり、やさしうしたい。……つらいときも、こわいときも、もし、さ栄でよければ、おいでなされ。」
「さ栄さまじゃから! さ栄さまでないと、おれは……!」
さ栄さまは気づいておられたな、おれがあの宵、当たり前の自分ではいられなんだことを……と新三郎は照れくさく思った。
(さ栄さまにひどいことをしてしもうたが、このおからだの中に、潜り込みたかった。子どものように、お裾に隠れてしまいたいくらいじゃった。じゃが、……)
「さ栄さまのおかげで、あの夜、鉄砲の弾も、久しぶりの戦も、怖くなくなりました。」
「……なじょう?」
「お守りいたしたいと気づいたから!」
(何のためにこの浪岡のために命を張るのか、思い出した。この可愛らしい、おれだけのおなごさまをお守りしたいがためじゃった、と。であらば、命惜しうはない。いや、惜しくはあるが、このお方の為と思えば、何もかも忘れられる!)
さ栄は息を呑んだ。
「いけませぬ、新三郎どの! さ栄は左様な女ではない! う……あっ?!」
無言のままで、新三郎の所作がまた強くなった。さ栄は深い息をついて、呻きとともにのけ反る。
(言わせぬ。哀しいことは言わせぬ!)
「さ栄さま、つっと、おれと一緒にいてくださいませ! 離しませぬ!」
「……!」
さ栄の涙が散った。
「松前に……!」
「え?」
「松前に、連れていってくださいませ!」
「あっ!?」
新三郎とさ栄は、ほぼ同時に弾けた。激しく抱き合いながら、二人だけが共有する世界が一瞬そこにできた。求めあう若者たちは、随喜の涙を流していた。
「姫さま……。」
姫さまは、ふふっ、と薄く笑って、少し首を振ったようだ。
「さ栄、とお呼びなされ。新三郎どの!」
「はい、さ栄さま。……さ栄さま!」
「はいっ……!」
何度か下から突かれると、うっ、と呻いて、ついに力を喪ったかのように崩れてきた。そのさ栄の躰を、新三郎は抱き締めた。胸乳が柔らかく当たり、無言の女の躰がぴくりと跳ねた。背中に汗が浮いている。それを掌で拭ってやると、ぶるっと震えた。
「寒うはございませんでしたか?」
「……え? あ。……はい。」
「夜着をかぶりましょうか?」
「このままで、よい……。」
二人の腰はぶつかりあっている。さ栄の息が、また激しく弾んできた。
「新三郎どの……。今宵は、普段と、……変わらぬ。お、……ああ、あ、……うん、うん。……おやさしいの?」
とぎれとぎれに、さ栄は会話しようとする。
「あの節は、まことに手荒にございました。申し訳もございませぬ。」
「あ、謝らずとも……!」
さ栄はまた大きく息を吐いた。快感が押し寄せてくるのを、それで一瞬払うようにした。間近にある新三郎の顔をまた見つめる。
「新三郎どの。……いつでもよいのよ?」
「?」
「さ栄は、新三郎どのが、いつ、いらっしゃっても、構わない。……出陣の、ほんとうに、前の晩でもなければ、きっと、……ご神仏もお許し下さるでしょう?」
「かたじけないことです。」
「あ、ああ……? くっ!」
「さ栄さま?」
新三郎は、耐えかねたように唇を噛んで顔を振ったさ栄を、つい気遣ってしまう。どんなに苦し気な顔になって実を揉んでも、女の中では快感の風が走っているらしいのをもう理解しているのに、その反応についたじろぐようなところがまだあった。さ栄は潤んだ目をうっすらと開け、笑った。
「……らんぼうにしたいときは、してよい。いつものようにおやさしくても、またよい。なにをされてもよい。なんでも、して差し上げ……あ、あ。……お話をしておるのに!」
「申し訳ございません。さ栄さまこそ、なじょう、そんなにおやさしい?」
「新三郎どのじゃから!……愛しいおぬしさまじゃから! いくらでも、かなうかぎり、やさしうしたい。……つらいときも、こわいときも、もし、さ栄でよければ、おいでなされ。」
「さ栄さまじゃから! さ栄さまでないと、おれは……!」
さ栄さまは気づいておられたな、おれがあの宵、当たり前の自分ではいられなんだことを……と新三郎は照れくさく思った。
(さ栄さまにひどいことをしてしもうたが、このおからだの中に、潜り込みたかった。子どものように、お裾に隠れてしまいたいくらいじゃった。じゃが、……)
「さ栄さまのおかげで、あの夜、鉄砲の弾も、久しぶりの戦も、怖くなくなりました。」
「……なじょう?」
「お守りいたしたいと気づいたから!」
(何のためにこの浪岡のために命を張るのか、思い出した。この可愛らしい、おれだけのおなごさまをお守りしたいがためじゃった、と。であらば、命惜しうはない。いや、惜しくはあるが、このお方の為と思えば、何もかも忘れられる!)
さ栄は息を呑んだ。
「いけませぬ、新三郎どの! さ栄は左様な女ではない! う……あっ?!」
無言のままで、新三郎の所作がまた強くなった。さ栄は深い息をついて、呻きとともにのけ反る。
(言わせぬ。哀しいことは言わせぬ!)
「さ栄さま、つっと、おれと一緒にいてくださいませ! 離しませぬ!」
「……!」
さ栄の涙が散った。
「松前に……!」
「え?」
「松前に、連れていってくださいませ!」
「あっ!?」
新三郎とさ栄は、ほぼ同時に弾けた。激しく抱き合いながら、二人だけが共有する世界が一瞬そこにできた。求めあう若者たちは、随喜の涙を流していた。
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