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異本 蠣崎新三郎の恋 その三十一
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合戦の形をとった。相手も、野盗ではない。数も多い。おそらくは、こちらをいくらか上まわる。
(とはいえ、村人を連れてきているな。あいつらは、勝ち戦が決まるまでは、役にたたない。)
警察軍である浪岡御所側は、向かい合った敵にまず投降を促すべきであろう。新三郎の馬が隊列の前に出た。
「この場の頭目はたれか。面を見せよ。」
相手も、領袖らしいのが出てくる。覚えのある顔だ。新館の中では、さほどの地位にあったわけではなさそうだが、この主家の没落のなかで頭角を現し、捲土重来を期す一派を率いる立場にのぼったのだろう。
(思うたとおりだ。こやつがいなくなれば、烏合の衆となる。)
新三郎は内心で手を打った。馬をさらに前に進める。器用に馬を操りながら、もうさほど声を張り上げなくてもよいまでの距離に立った。その後ろ姿を送りながら、味方の陣では、
(兄上、危ないのではないか?)
控えている一太郎はひやりとしている。かれら新館の残党こそは、鉄砲傷を負わされた相手ではないか。銃を使える者が、一団に混じっている。もう四十間あまり(七十メートル強)ほどの距離しかない。こちらの大将然としている新三郎は、また狙われるのではないか。
現にその通りであった。盾の背後に隠れ、火縄からあがる一条の煙を砂埃に紛らわせ、射手が指示を待っている。この鉄砲使いこそが、新三郎を撃った男だった。
狙われている新三郎は、警戒する様子でもない。馬に稽古をつけているかのように。の場を不規則にちいさく回って止まらないのは、実は用心もあったが、敵の目にはいかにも悠然とした風であった、声を上げる。
「御所さまは御寛仁にあらせられる。悔い改めて得物を置けば、謀反の張本人以外は許されるとのことじゃ。おぬしも一軍の頭目を気取るならば、付き従う者の命を助けてやれ。おとなしく御所さまの備たる我らに降るがよい。」
源平の頃の言葉合戦のような口上を大声で伝えながら、新三郎は馬を停めていない。三十間ほどに近づいたかと思うと後ろに下がり、くるくると舞わせるようにして、動きは一定しない。
新館がわの頭目は、もちろん、この若い相手をまた狙撃させるつもりだ。一発で仕留められなくとも、備の統率者を馬から転がり落すくらいにして、御所側の気勢を削ぎたい。その勢いで、押し返すしかない。痛撃を与えて、あとは村を棄ててまた逃げるつもりであった。
だから、内心でほくそ笑む気持ちが起きる。
(不用意な奴じゃ。好都合にも、前に出てきてくれおって。……いま少し、引きつけてやる。)
「小僧。聞いた口を叩くな。なにが御所さまか。おぬしらの飼い主は、あの西舘どのでしかないわ、犬めらが。」
「わしらが犬ならば、おぬしらは野良犬よ。いや、山犬かな? 累代の恩義を忘れ、ご当代の御所さまを蔑ろにする今の言葉、罪は重いぞ。後ろにいる者、こやつらの口車に乗せられて、いつまで山犬でいるつもりか?」
御所方が、あわせてどっと笑ってみせた。
「ぬかしよる。この死にぞこないめが!」
(撃たせるか? まだ、遠いか?)
射手の腕は確かだが、銃の実効的な射程距離にはまだいくらかある。
新三郎も無防備に身体を晒しているようでいて、それは計算していた。
(まだ、撃てはせぬ。)
「ほう、やはりわしに鉛弾をくれたはおぬしらか? 礼をいうぞ。」
「礼には及ばぬわ。命拾ったようじゃが、今度はこの槍でとどめをさしてくれる。」
(さあ、いきり立ってくるがよい!)
その手に乗るかよ、と新三郎は腹で嗤った。
「うつけものが。見てわかるとおりよ。おぬしらの得物なんぞにかかりはせぬ。何故かわかるか? 義が我らにこそあるからじゃ。天のご加護は浪岡御所さまにある。わしも、かすり傷で済んだゆえんよ。おぬしらも遅くないから、理を悟ってお詫びするがよい。わからぬなら、行くぞ。」
それを耳にしていた、新館側の射手は舌なめずりした。いよいよ、あの若侍が前に出る。自分ほどの腕ならば、多少動いていようと、近づいてきた的は確実に仕留める自信があった。馬を駆る気配がしたら、指示がなくても撃ってよいはずだった。
だが、指示は新三郎こそが先に出していた。
銃声が響き、新館側の頭目が衝撃に上体を激しく仰け反らせた。そのまま、馬から物のように転げ落ちる。一発の銃弾が、かれの顔の人中を正確に撃ち抜いている。
新館の射手は反射的に構え、まだ遠い、と思いながらも反応を止められず、新三郎を狙い撃った。弾は大きく反れた。
(あちらからは届かせた?)
驚きながらも、次の発射の準備にかからなければならない。だがこれで、新館方は虎の子の鉄砲のありかを相手に教えてしまったことになる。
どこからか、集中的にこの男を目指して矢が降って来る。
本体から離れて敵陣のかなり側に潜んでいた蝦夷足軽たちが、鉄砲の煙に向けて矢を放ったのだ。一団は続けざまに矢を放つと、逆襲を避け、敏捷に離れた。それだけでよい、とあらかじめ「ご大将」にいわれている。
「得物を置け。抗うでない!」
叫びながら、新三郎は銃声とともに追いかけ、追いついた兵たちを率いて、敵陣に突入した。抵抗は微弱で、すでに百姓たちは武器を捨てたようだ。
「怯むな!」
叫ぶ相手がいる。副将といったところだろう。将同士の斬り合いに持ち込むべきところかもしれないが、新三郎にはそのつもりはない。
「あいつを撃て!」
後方に怒鳴った。やや近づいているはずの、こちらの鉄砲撃ちは気づいたはずだ。
(たいした腕じゃ。恐ろしいほどに……!)
だから、乱戦の中で騎馬の相手を狙い撃つなどという芸当もできるだろう、と予想していた。
予想を上回ったといってよい。驚くべきことに、ほぼ間髪いれず二発の銃声が続いた。かろうじて戦闘を支えていた新館方の副将が、胸を押さえて崩れ落ちた。
(二発?)
三十間近く離れた後方に、種子島を今まさに撃った姿勢の僧形の男が片膝を地面についていた。横にはもう一丁の銃が地面に突き刺してある。僧形の男は、もう次の発射の準備をしている。その動作は、新三郎には瞬きするほどの間にしか見えない。
これが、新三郎の「面白いこと」の仕掛けそのものだった。
最初は、松前に銃という物を頼んだ。松前の富は、鉄砲をはるばる上方から渡らせるくらいのことはなんでもない。そのときに、恐るべき手練れの鉄砲打ちが上方から松前を訪れていることを知ったのだ。
(根来あたりには、鉄砲打ちの化け物がいるというが……)
その実力をすでにこの浪岡で見せて貰っていたが、あらためて舌を巻いた。男は、なにをしたという顔でもない。たいした腕であり、度胸であった。
(思うに、父上がご配慮くださったのだろう。おれに教えてみろと、じい(家宰)に耳打ちされたに違いない。)
新三郎は是非、銃というモノだけではなく、その使い手も欲しい、その者は別用あって松前に来ているはずだが、浪岡を見物に来させてほしい、と頼んだのだ。
新館方の幹部格はほぼ倒れ、今度こそ逃がさずに済んだようだ。長引いた新館の謀叛もようやく鎮められたとしてよい。
(せぬでもよい内輪もめではあったが、終わるに越したことはない。)
相手の鉄砲打ちの死骸は、蝦夷得意の毒矢に刺し貫かれて転がっていた。その横で種子島が空しく転がっていたのを、新三郎は馬から降りて拾った。
(あのとき撃ちおったのがこやつかどうか、それはわからぬが、どうやらこの脇腹の借りは返せたようじゃな。)
(とはいえ、村人を連れてきているな。あいつらは、勝ち戦が決まるまでは、役にたたない。)
警察軍である浪岡御所側は、向かい合った敵にまず投降を促すべきであろう。新三郎の馬が隊列の前に出た。
「この場の頭目はたれか。面を見せよ。」
相手も、領袖らしいのが出てくる。覚えのある顔だ。新館の中では、さほどの地位にあったわけではなさそうだが、この主家の没落のなかで頭角を現し、捲土重来を期す一派を率いる立場にのぼったのだろう。
(思うたとおりだ。こやつがいなくなれば、烏合の衆となる。)
新三郎は内心で手を打った。馬をさらに前に進める。器用に馬を操りながら、もうさほど声を張り上げなくてもよいまでの距離に立った。その後ろ姿を送りながら、味方の陣では、
(兄上、危ないのではないか?)
控えている一太郎はひやりとしている。かれら新館の残党こそは、鉄砲傷を負わされた相手ではないか。銃を使える者が、一団に混じっている。もう四十間あまり(七十メートル強)ほどの距離しかない。こちらの大将然としている新三郎は、また狙われるのではないか。
現にその通りであった。盾の背後に隠れ、火縄からあがる一条の煙を砂埃に紛らわせ、射手が指示を待っている。この鉄砲使いこそが、新三郎を撃った男だった。
狙われている新三郎は、警戒する様子でもない。馬に稽古をつけているかのように。の場を不規則にちいさく回って止まらないのは、実は用心もあったが、敵の目にはいかにも悠然とした風であった、声を上げる。
「御所さまは御寛仁にあらせられる。悔い改めて得物を置けば、謀反の張本人以外は許されるとのことじゃ。おぬしも一軍の頭目を気取るならば、付き従う者の命を助けてやれ。おとなしく御所さまの備たる我らに降るがよい。」
源平の頃の言葉合戦のような口上を大声で伝えながら、新三郎は馬を停めていない。三十間ほどに近づいたかと思うと後ろに下がり、くるくると舞わせるようにして、動きは一定しない。
新館がわの頭目は、もちろん、この若い相手をまた狙撃させるつもりだ。一発で仕留められなくとも、備の統率者を馬から転がり落すくらいにして、御所側の気勢を削ぎたい。その勢いで、押し返すしかない。痛撃を与えて、あとは村を棄ててまた逃げるつもりであった。
だから、内心でほくそ笑む気持ちが起きる。
(不用意な奴じゃ。好都合にも、前に出てきてくれおって。……いま少し、引きつけてやる。)
「小僧。聞いた口を叩くな。なにが御所さまか。おぬしらの飼い主は、あの西舘どのでしかないわ、犬めらが。」
「わしらが犬ならば、おぬしらは野良犬よ。いや、山犬かな? 累代の恩義を忘れ、ご当代の御所さまを蔑ろにする今の言葉、罪は重いぞ。後ろにいる者、こやつらの口車に乗せられて、いつまで山犬でいるつもりか?」
御所方が、あわせてどっと笑ってみせた。
「ぬかしよる。この死にぞこないめが!」
(撃たせるか? まだ、遠いか?)
射手の腕は確かだが、銃の実効的な射程距離にはまだいくらかある。
新三郎も無防備に身体を晒しているようでいて、それは計算していた。
(まだ、撃てはせぬ。)
「ほう、やはりわしに鉛弾をくれたはおぬしらか? 礼をいうぞ。」
「礼には及ばぬわ。命拾ったようじゃが、今度はこの槍でとどめをさしてくれる。」
(さあ、いきり立ってくるがよい!)
その手に乗るかよ、と新三郎は腹で嗤った。
「うつけものが。見てわかるとおりよ。おぬしらの得物なんぞにかかりはせぬ。何故かわかるか? 義が我らにこそあるからじゃ。天のご加護は浪岡御所さまにある。わしも、かすり傷で済んだゆえんよ。おぬしらも遅くないから、理を悟ってお詫びするがよい。わからぬなら、行くぞ。」
それを耳にしていた、新館側の射手は舌なめずりした。いよいよ、あの若侍が前に出る。自分ほどの腕ならば、多少動いていようと、近づいてきた的は確実に仕留める自信があった。馬を駆る気配がしたら、指示がなくても撃ってよいはずだった。
だが、指示は新三郎こそが先に出していた。
銃声が響き、新館側の頭目が衝撃に上体を激しく仰け反らせた。そのまま、馬から物のように転げ落ちる。一発の銃弾が、かれの顔の人中を正確に撃ち抜いている。
新館の射手は反射的に構え、まだ遠い、と思いながらも反応を止められず、新三郎を狙い撃った。弾は大きく反れた。
(あちらからは届かせた?)
驚きながらも、次の発射の準備にかからなければならない。だがこれで、新館方は虎の子の鉄砲のありかを相手に教えてしまったことになる。
どこからか、集中的にこの男を目指して矢が降って来る。
本体から離れて敵陣のかなり側に潜んでいた蝦夷足軽たちが、鉄砲の煙に向けて矢を放ったのだ。一団は続けざまに矢を放つと、逆襲を避け、敏捷に離れた。それだけでよい、とあらかじめ「ご大将」にいわれている。
「得物を置け。抗うでない!」
叫びながら、新三郎は銃声とともに追いかけ、追いついた兵たちを率いて、敵陣に突入した。抵抗は微弱で、すでに百姓たちは武器を捨てたようだ。
「怯むな!」
叫ぶ相手がいる。副将といったところだろう。将同士の斬り合いに持ち込むべきところかもしれないが、新三郎にはそのつもりはない。
「あいつを撃て!」
後方に怒鳴った。やや近づいているはずの、こちらの鉄砲撃ちは気づいたはずだ。
(たいした腕じゃ。恐ろしいほどに……!)
だから、乱戦の中で騎馬の相手を狙い撃つなどという芸当もできるだろう、と予想していた。
予想を上回ったといってよい。驚くべきことに、ほぼ間髪いれず二発の銃声が続いた。かろうじて戦闘を支えていた新館方の副将が、胸を押さえて崩れ落ちた。
(二発?)
三十間近く離れた後方に、種子島を今まさに撃った姿勢の僧形の男が片膝を地面についていた。横にはもう一丁の銃が地面に突き刺してある。僧形の男は、もう次の発射の準備をしている。その動作は、新三郎には瞬きするほどの間にしか見えない。
これが、新三郎の「面白いこと」の仕掛けそのものだった。
最初は、松前に銃という物を頼んだ。松前の富は、鉄砲をはるばる上方から渡らせるくらいのことはなんでもない。そのときに、恐るべき手練れの鉄砲打ちが上方から松前を訪れていることを知ったのだ。
(根来あたりには、鉄砲打ちの化け物がいるというが……)
その実力をすでにこの浪岡で見せて貰っていたが、あらためて舌を巻いた。男は、なにをしたという顔でもない。たいした腕であり、度胸であった。
(思うに、父上がご配慮くださったのだろう。おれに教えてみろと、じい(家宰)に耳打ちされたに違いない。)
新三郎は是非、銃というモノだけではなく、その使い手も欲しい、その者は別用あって松前に来ているはずだが、浪岡を見物に来させてほしい、と頼んだのだ。
新館方の幹部格はほぼ倒れ、今度こそ逃がさずに済んだようだ。長引いた新館の謀叛もようやく鎮められたとしてよい。
(せぬでもよい内輪もめではあったが、終わるに越したことはない。)
相手の鉄砲打ちの死骸は、蝦夷得意の毒矢に刺し貫かれて転がっていた。その横で種子島が空しく転がっていたのを、新三郎は馬から降りて拾った。
(あのとき撃ちおったのがこやつかどうか、それはわからぬが、どうやらこの脇腹の借りは返せたようじゃな。)
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