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異本 蠣崎新三郎の恋 その二十七
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さ栄は行水を使っていた。井戸から離れた場所に、「りく」と呼ばれることになっている下女が控えている。
肌のこともあり、さ栄はひとよりも頻繁に行水を使った。この時代の貴人と呼ばれるべき階層のひとびとも、そうはこまめにからだをあらわなかったが、さ栄はそこに気を配らざるを得ない。
赤い蕁麻疹が出て、泣きながら冷たい水を使った日も少なくない。肌を冷やしながら、こんな風に鱗のような赤いものが突然出るようになった自分の不始末を呪って、涙した。横でふくが貰い泣きをしたり、慰めたりしていたものだ。
(あんなことは、しばらく、ない……。)
さ栄はそれがうれしく、心安らいでいる。
新三郎と最初の契りを交わす前には、交合のさいに自分の肌が醜く真っ赤になるのではないか、という怯えが去らなかった。
死んだ前夫との間でも、数えるほどしかなかった同衾のさいちゅうに、それに襲われたことがある。
(旦那様は、お怒りになった。……無理もない、途中でそれどころではなくなるうえに、まるで自分が嫌われているかのように思われたじゃろう。さではなかった、……と思う。妻の務めを果たすのが、魚になり果てぬただ一つの道と信じておったのだから。それでも、あんな真似をされて息が弾み、汗をかくと、時々、出た。旦那様はついに、枕を蹴って出ていかれてしまうようになった。……哀しかった。おそろしくさえあった。さ栄は生涯、兄上の邪恋から逃れられぬ躰にされてしもうたようで。)
ところが、新三郎にきつく抱き締められたときも、首筋にあてられた唇に震えあがったときも、夜衣を剥がれて露わにされた肌があますところなく夜気にさらされても、恥しい茂みにとりついた男の指の力に全身がかっと燃え上がってすら、……赤い痒みと鱗の文様は出なかった。
有り難かった。ようやく、呪いから解き放たれたのだと思えた。このひとが、やはり自分のまことのただ一人と確信できた。
(あ?)
盥桶に腰だけ沈め、ふと思いに耽っていたさ栄はたじろいだ。かけた水を弾いていた胸の隆起の先が、知らぬ間に、重くなりつつある。ひとりでに固く、尖り始めていた。
(いかぬ、こんな格好で、新三郎とのことを思い出してしもうたから……!)
顔に血をのぼらせて、冷やそうとするかのように慌てて水をまたかけた。却ってそれが、刺激になってしまうので慌てた。
新三郎の熱い唇にやさしく包まれたときの快さを、つい思い出してしまう。
水につけている両腿のあわいにも、異変がはじまっていた。なにものかを受け入れる準備のように、微量の温かい潤いが、海藻のような茂みがつつましくそよいでいる下から、冷たい水の中に染みだそうとしている。
(恥しいっ……)
さ栄は身悶えするほどの恥に打たれて、水を跳ねた。
「お姫さま?」
「りく」が驚いたようだが、寄って来ようとするのを、大事ない、と押しとめた。
息を吐き、ようやく落ち着いてから、はじめて近寄らせた。身体を拭わせながら、少女が何かに気づかないかと、ひやりとする。
肌のこともあり、さ栄はひとよりも頻繁に行水を使った。この時代の貴人と呼ばれるべき階層のひとびとも、そうはこまめにからだをあらわなかったが、さ栄はそこに気を配らざるを得ない。
赤い蕁麻疹が出て、泣きながら冷たい水を使った日も少なくない。肌を冷やしながら、こんな風に鱗のような赤いものが突然出るようになった自分の不始末を呪って、涙した。横でふくが貰い泣きをしたり、慰めたりしていたものだ。
(あんなことは、しばらく、ない……。)
さ栄はそれがうれしく、心安らいでいる。
新三郎と最初の契りを交わす前には、交合のさいに自分の肌が醜く真っ赤になるのではないか、という怯えが去らなかった。
死んだ前夫との間でも、数えるほどしかなかった同衾のさいちゅうに、それに襲われたことがある。
(旦那様は、お怒りになった。……無理もない、途中でそれどころではなくなるうえに、まるで自分が嫌われているかのように思われたじゃろう。さではなかった、……と思う。妻の務めを果たすのが、魚になり果てぬただ一つの道と信じておったのだから。それでも、あんな真似をされて息が弾み、汗をかくと、時々、出た。旦那様はついに、枕を蹴って出ていかれてしまうようになった。……哀しかった。おそろしくさえあった。さ栄は生涯、兄上の邪恋から逃れられぬ躰にされてしもうたようで。)
ところが、新三郎にきつく抱き締められたときも、首筋にあてられた唇に震えあがったときも、夜衣を剥がれて露わにされた肌があますところなく夜気にさらされても、恥しい茂みにとりついた男の指の力に全身がかっと燃え上がってすら、……赤い痒みと鱗の文様は出なかった。
有り難かった。ようやく、呪いから解き放たれたのだと思えた。このひとが、やはり自分のまことのただ一人と確信できた。
(あ?)
盥桶に腰だけ沈め、ふと思いに耽っていたさ栄はたじろいだ。かけた水を弾いていた胸の隆起の先が、知らぬ間に、重くなりつつある。ひとりでに固く、尖り始めていた。
(いかぬ、こんな格好で、新三郎とのことを思い出してしもうたから……!)
顔に血をのぼらせて、冷やそうとするかのように慌てて水をまたかけた。却ってそれが、刺激になってしまうので慌てた。
新三郎の熱い唇にやさしく包まれたときの快さを、つい思い出してしまう。
水につけている両腿のあわいにも、異変がはじまっていた。なにものかを受け入れる準備のように、微量の温かい潤いが、海藻のような茂みがつつましくそよいでいる下から、冷たい水の中に染みだそうとしている。
(恥しいっ……)
さ栄は身悶えするほどの恥に打たれて、水を跳ねた。
「お姫さま?」
「りく」が驚いたようだが、寄って来ようとするのを、大事ない、と押しとめた。
息を吐き、ようやく落ち着いてから、はじめて近寄らせた。身体を拭わせながら、少女が何かに気づかないかと、ひやりとする。
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