159 / 177
異本 蠣崎新三郎の恋 その二十六
しおりを挟む
……そんなことを考え、家臣と策を練るのを、新三郎は特につまらぬとも不愉快だとも思ったことはない。それが自分の務めであり、そしてこの齢まで生き延びたところをみると、どうやら得手でもあるらしいからだ。
だが、ときに、そうしたことがひどく白々しく、無意味なことに思えてくるときがある。そんなときに、必ず、さ栄姫と睦みあった日々を思い出すのだ。そして、ただ一人の場所を求めずにはいられなくなるのである。
(たったの一年……。なんという幸せな日々であったか。地獄の底の哀しみに断ち切られてしまったと知る今になっても、あのような輝かしいときは、おれにはもう来なかったとしか、思えぬ。)
新三郎は馬を駆った。体躯に響く快い速度の中で、様々な考えが胸中を走っては消えた。
(それはその後も、泣くほどに嬉しいことにも出会えた。おれは、……忘れてはならぬ、おれの人生は幸運だった。つらい、苦しい思いを補ってくれる喜びが、惨めな敗北を上回る誇らしい気持ちが、蠣崎新三郎慶広には、あった。)
喪ったものばかりではない……と、昼間であれば、新三郎はかろうじて思うことができる。夜に一人こうした思いに沈むときには、喪失ばかりのようだが、明るい時分にはかろうじて勘定がたった。松前という新しい名字にしたところで、新三郎が多くをこの手に掴んだ証であった。
それに気づくと、浪岡御所の何が無闇に懐かしいのか、ふとわからなくなる時さえ来る。
今日は、対岸の島影がかすんで遠い。さらにあの彼方に、浪岡御所があった。
(浪岡御所でのおれは、なんだったか? 最初は、ありていにいうて中間の小僧でしかなかった。こき使われたものじゃ。わけもわからず、殺されかけもした。だが、姫さまがいた。そのおかげで、仕合せな……。)
(いや、その日々とて、おれはようやく下っ端の侍であっただけよ。亡き御所さまの猶子とは名ばかりで、年寄りと子どもの家を任されては、泥と埃を毎日かぶった。白刃の下をくぐって命を懸けた末に、物置みたいな古屋敷を有り難く貰ったか。……そういえば馬の金、あれは返してくれよったかな?……こんど、聞いてやろう。)
新三郎は、ひとり薄く笑った。津軽蠣崎家は、浪岡御所の滅亡に先立って、新三郎が成長した一太郎を松前に引き取ってやっていた。そのまま、親戚待遇の家臣にして、現在に至る。直系ではないから松前の名字は与えられていないが、蠣崎一太郎は松前家の重臣の一人に列なっている。馬の背にしがみついて泣いていたあの子どもが、だ。古いことを持ち出して、あの金早く返せとでもいえば、あの男は目を見開いて、慌てて弁解でも、しよるかもしれぬ。そして、ともにあのアオという馬を懐かしがれるだろう。
古い家臣という以上に、新三郎にとって一番近しい弟のように思えているのは、多感な時代に苦楽をともにできた、この実直な津軽蠣崎家の当主だった。
思えば、肉親の縁という点で、蠣崎新三郎には苦い思い出が尽きない。現に家督相続の争いがあり、同い年の庶弟を追放した。揃って自分とは異腹の弟たちは無論油断ならないから、「松前」家創設に当たっては、ことごとく純然たる家臣の列に下げた。血の繋がりなど実は全くないのだろう小一郎こそが、気を許せる弟になってしまったのだ。
あれほど悩んだ肉親の相克を、自分の代でも繰り返したことが、苦い思いになって残っている。あれほど、衝撃を受けた、同腹の兄たちの非業の最期、やさしかった異母姉や義兄の悲惨な刑殺……。
(遠い故郷で兄や姉が次々に殺されたのを聞いた。松前には帰りたくないと思い詰めたが、では、浪岡は血腥くなかったか? いや、まことは御文庫の文殻に埋もれていてもよかったのに、静かに日を過ごすのも許されなかった。名利のない内輪もめの戦に日々駆り出され、心やさしい同輩を斬り、ついにはまた命を落としかけた。それでも、出世の声はかからなかった。ひどい話だ。やはり所詮は蝦夷侍だと、軽く扱われたと言わねばならぬのではないか?)
新三郎は思い出すと腹立たしくすらなってくるのだが、それでも、おれはたいして気にしなかったな、と思い当たった。
(あれは、おれがうんと若かったからだ。若い奴は呑気でいられる。いつも前に明るさだけみていてもいい。ときはいくらでもあると思える。そういう生き物だったからだ。そして、……ああ、姫さまのそばにいられたからだ!)
姫さまと切り離されたときに、はじめて故先代御所の猶子らしい、馬廻りの役を貰った。だが、少しもうれしくはなかったのを、新三郎はまざまざと思いだした。
(姫さまが、すべてだったのだ。おれの浪岡御所は、さ栄姫さまのおそばということ。それ以外には、なかったのだ。)
だが、ときに、そうしたことがひどく白々しく、無意味なことに思えてくるときがある。そんなときに、必ず、さ栄姫と睦みあった日々を思い出すのだ。そして、ただ一人の場所を求めずにはいられなくなるのである。
(たったの一年……。なんという幸せな日々であったか。地獄の底の哀しみに断ち切られてしまったと知る今になっても、あのような輝かしいときは、おれにはもう来なかったとしか、思えぬ。)
新三郎は馬を駆った。体躯に響く快い速度の中で、様々な考えが胸中を走っては消えた。
(それはその後も、泣くほどに嬉しいことにも出会えた。おれは、……忘れてはならぬ、おれの人生は幸運だった。つらい、苦しい思いを補ってくれる喜びが、惨めな敗北を上回る誇らしい気持ちが、蠣崎新三郎慶広には、あった。)
喪ったものばかりではない……と、昼間であれば、新三郎はかろうじて思うことができる。夜に一人こうした思いに沈むときには、喪失ばかりのようだが、明るい時分にはかろうじて勘定がたった。松前という新しい名字にしたところで、新三郎が多くをこの手に掴んだ証であった。
それに気づくと、浪岡御所の何が無闇に懐かしいのか、ふとわからなくなる時さえ来る。
今日は、対岸の島影がかすんで遠い。さらにあの彼方に、浪岡御所があった。
(浪岡御所でのおれは、なんだったか? 最初は、ありていにいうて中間の小僧でしかなかった。こき使われたものじゃ。わけもわからず、殺されかけもした。だが、姫さまがいた。そのおかげで、仕合せな……。)
(いや、その日々とて、おれはようやく下っ端の侍であっただけよ。亡き御所さまの猶子とは名ばかりで、年寄りと子どもの家を任されては、泥と埃を毎日かぶった。白刃の下をくぐって命を懸けた末に、物置みたいな古屋敷を有り難く貰ったか。……そういえば馬の金、あれは返してくれよったかな?……こんど、聞いてやろう。)
新三郎は、ひとり薄く笑った。津軽蠣崎家は、浪岡御所の滅亡に先立って、新三郎が成長した一太郎を松前に引き取ってやっていた。そのまま、親戚待遇の家臣にして、現在に至る。直系ではないから松前の名字は与えられていないが、蠣崎一太郎は松前家の重臣の一人に列なっている。馬の背にしがみついて泣いていたあの子どもが、だ。古いことを持ち出して、あの金早く返せとでもいえば、あの男は目を見開いて、慌てて弁解でも、しよるかもしれぬ。そして、ともにあのアオという馬を懐かしがれるだろう。
古い家臣という以上に、新三郎にとって一番近しい弟のように思えているのは、多感な時代に苦楽をともにできた、この実直な津軽蠣崎家の当主だった。
思えば、肉親の縁という点で、蠣崎新三郎には苦い思い出が尽きない。現に家督相続の争いがあり、同い年の庶弟を追放した。揃って自分とは異腹の弟たちは無論油断ならないから、「松前」家創設に当たっては、ことごとく純然たる家臣の列に下げた。血の繋がりなど実は全くないのだろう小一郎こそが、気を許せる弟になってしまったのだ。
あれほど悩んだ肉親の相克を、自分の代でも繰り返したことが、苦い思いになって残っている。あれほど、衝撃を受けた、同腹の兄たちの非業の最期、やさしかった異母姉や義兄の悲惨な刑殺……。
(遠い故郷で兄や姉が次々に殺されたのを聞いた。松前には帰りたくないと思い詰めたが、では、浪岡は血腥くなかったか? いや、まことは御文庫の文殻に埋もれていてもよかったのに、静かに日を過ごすのも許されなかった。名利のない内輪もめの戦に日々駆り出され、心やさしい同輩を斬り、ついにはまた命を落としかけた。それでも、出世の声はかからなかった。ひどい話だ。やはり所詮は蝦夷侍だと、軽く扱われたと言わねばならぬのではないか?)
新三郎は思い出すと腹立たしくすらなってくるのだが、それでも、おれはたいして気にしなかったな、と思い当たった。
(あれは、おれがうんと若かったからだ。若い奴は呑気でいられる。いつも前に明るさだけみていてもいい。ときはいくらでもあると思える。そういう生き物だったからだ。そして、……ああ、姫さまのそばにいられたからだ!)
姫さまと切り離されたときに、はじめて故先代御所の猶子らしい、馬廻りの役を貰った。だが、少しもうれしくはなかったのを、新三郎はまざまざと思いだした。
(姫さまが、すべてだったのだ。おれの浪岡御所は、さ栄姫さまのおそばということ。それ以外には、なかったのだ。)
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
よあけまえのキミへ
三咲ゆま
歴史・時代
時は幕末。二月前に父を亡くした少女、天野美湖(あまのみこ)は、ある日川辺で一枚の写真を拾った。
落とし主を探すべく奔走するうちに、拾い物が次々と縁をつなぎ、彼女の前にはやがて導かれるように六人の志士が集う。
広がる人脈に胸を弾ませていた美湖だったが、そんな日常は、やがてゆるやかに崩れ始めるのだった。
京の町を揺るがす不穏な連続放火事件を軸に、幕末に生きる人々の日常と非日常を描いた物語。

四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
【完結】月よりきれい
悠井すみれ
歴史・時代
職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。
清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。
純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。
嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。
第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。
表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる