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異本 蠣崎新三郎の恋 その十四
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「とてもよいお歌。のびやかな、気持ちの明らむ、新三郎らしいお歌であった。」
「会えぬ憾みとお詫びを申し上げる歌でございましたが……」
「新三郎のお歌だから、明るいのです。」
さ栄は、以前と変わりなく元気な新三郎の様子に、喜びを抑えきれない。
「さにいわれますと、まるで私がひどい暢気者のようではございませぬか?」
新三郎が真面目に訝し気な顔をみせるので、さ栄は躰を折って笑う。
「違いますよ。……いや、かもしれぬ。」
「それはひどい。」
ああ、いつものような姫さまとのやりとりだな、と新三郎はどこか安心する思いだ。
ほどなく満足に歩けるようにもなり、腕もなんとか動く。見苦しくないようだと判断すると、お離れにお礼を申し上げにいかねばならなかった。
一刻も早くお話したい、という気持ちと、ひどく気が進まない、怖いような気分とが入り混じっていた。ここに来るまでの足取りも、どこか重かった。
(おや、おれは姫さまにお目にかかりたくないのか?)
奇妙な気分であった。
あれほど求めた姫さまに会うのが、ひどく億劫にもおもわれてならない。その一方で、新三郎は記憶の中の姫さまの躰の柔らかさと髪の甘い香を思い起こすだけで、切なさに血が湧きたつのである。躰の一部が固くなるのを、抑えられない。そして、いけない、とつい自分を叱った。なんというあさましさと思った。
だが、すぐに、いつの間にか文机に置かれていた姫さまのご返歌を思い出し、陶然とした気分に襲われる。
(おれの歌に、お返しくださった。会えないつらさを嘆き、薄情を恨んでいた相手からの、会えないつらさを嘆く文に、ひととき憂さを忘れる思い、と。ふくの、いうてくれたとおりじゃった。)
つまり、新三郎は混乱している。不安定な気持ちのまま、このお離れに参上した。
変わらぬ姫さまのご様子に、ようやく心落ち着くように感じている。
さ栄は、しかし、違う思いでいる。
「会えぬ憾みとお詫びを申し上げる歌でございましたが……」
「新三郎のお歌だから、明るいのです。」
さ栄は、以前と変わりなく元気な新三郎の様子に、喜びを抑えきれない。
「さにいわれますと、まるで私がひどい暢気者のようではございませぬか?」
新三郎が真面目に訝し気な顔をみせるので、さ栄は躰を折って笑う。
「違いますよ。……いや、かもしれぬ。」
「それはひどい。」
ああ、いつものような姫さまとのやりとりだな、と新三郎はどこか安心する思いだ。
ほどなく満足に歩けるようにもなり、腕もなんとか動く。見苦しくないようだと判断すると、お離れにお礼を申し上げにいかねばならなかった。
一刻も早くお話したい、という気持ちと、ひどく気が進まない、怖いような気分とが入り混じっていた。ここに来るまでの足取りも、どこか重かった。
(おや、おれは姫さまにお目にかかりたくないのか?)
奇妙な気分であった。
あれほど求めた姫さまに会うのが、ひどく億劫にもおもわれてならない。その一方で、新三郎は記憶の中の姫さまの躰の柔らかさと髪の甘い香を思い起こすだけで、切なさに血が湧きたつのである。躰の一部が固くなるのを、抑えられない。そして、いけない、とつい自分を叱った。なんというあさましさと思った。
だが、すぐに、いつの間にか文机に置かれていた姫さまのご返歌を思い出し、陶然とした気分に襲われる。
(おれの歌に、お返しくださった。会えないつらさを嘆き、薄情を恨んでいた相手からの、会えないつらさを嘆く文に、ひととき憂さを忘れる思い、と。ふくの、いうてくれたとおりじゃった。)
つまり、新三郎は混乱している。不安定な気持ちのまま、このお離れに参上した。
変わらぬ姫さまのご様子に、ようやく心落ち着くように感じている。
さ栄は、しかし、違う思いでいる。
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