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異本 蠣崎新三郎の恋 その六

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「浪岡からのお便りでしたか?」
「……たいしたことは、ない。相変わらずじゃ。」
 ふうん、とりくは少し考えた様子だが、簡単な夕餉の準備に下がった。
(知らせまい。あやつは、何も知らぬほうがよい。)
 松蔵は思っている。もしも「若旦那」こと新三郎が死にかけている、などと伝えれば、りくは平静ではいられまい。もう船もないというのに、津軽に駆け戻るなどと言い出しかねない。だが、慌てて馳せ参じたところで、もはや死に顔も拝めはしないだろう。
 そもそも松蔵は、りくが浪岡に行くと言いだしたとて、許すつもりもない。浪岡に戻れば、今はまだ顔もさす。城内で「伊勢の者」よりも羽振りをきかせているらしい坂東者の忍びに見つけられては危ない。
 そして、りくをまた「伊勢の者」の仕事に戻らせる気が起きないのだ。
(若旦那が死んだとはっきりわかれば、知らせてやろう。それまでは、いたずらに気をやませることはないのじゃ。)
 すっかり堺の小商人の娘になっているかに見えるりくの顔が、夕餉の席の暗い明りに浮かびあがった。それを松蔵はうれしいような、また、痛ましいような思いでつい見つめた。
「……?」
 りくに無言で問いかけられると、松蔵は慌てて飯をかきこんだ。
(このまま、堺に居ついてしまえばよい。おれが呼び返されることがあっても、残って、商人の娘を続けるのじゃ。そして、……。)
「りく、お得意先に、若い衆などはおらんのか?」
「それはおりますが、……?」
「いや、……どこぞちょっかいをかける男がおって、危ない目に遭うたりはせぬかと思うてな。」
(誰かよさげな男に、つかまってしまえばよいのじゃ。おれが目星をつけてやってもよい。)
「危ない?」
 思わぬことを言われて、驚いたようにりくは笑った。なるほど、小柄な少女とはいえ「伊勢の者」を危ない目に遭わせることのできる者など、町のまともな男などいないであろう。
 笑いながら、りくは何かを悟っている。
「さすがに、誰かと夫婦になるまで身をやつすのは、おとっつあんのご命令とはいえ、おことわりしますよ。これから松前にも商売に出なきゃならぬのでしょうが。」
 松蔵はうむ、と頷いた。
たしかに、当初の予定ではそうなのだ。春になれば、また北を目指し、古手の商いだと言って、蝦夷地は松前にも入る。それが、ふたりの「伊勢の者」としての本来の仕事のはずだった。
(だがそれも、蠣崎新三郎が生きていればの話ではあったが……。)
 片付けますよ、とりくは立ちあがった。
 洗いものをつかいながら、りくは松蔵には見せなかった顔になっている。
 ある決意を秘めた表情であった。

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