魚伏記 ー迷路城の姫君

とりみ ししょう

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補遺 やつらの足音がきこえる (二十)

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 銃声が聞こえた。はっきりと、大きく。
 若い男が、激しい勢いで躰にのしかかる。ひどく重い。自分の躰に侵入されるのを思い、悪寒が走ったが、喉にかかった手の力が、妙な具合に失せた。岩のような体重を跳ねのけようとすると、できた。飛び起きた。
 一瞬、目がくらんだが、すぐに視界が戻る。若い男の首筋に穴が開いていた。
 戸口で斬り合いが始まっていた。
「松蔵!」
 松蔵が初老の男と切り結んでいた。松蔵は視線を向ける余裕がないが、
「すまぬ。単筒の使い方を覚えるまで、間が要った。」
「貴様、死んでいなかったか? よくも……。」
「相撃ちなど、下策を進んではとらぬ。」
(死んだふりをしやがったか! 松蔵なら、そんな真似もできる!)
 りくは、初老の男の後ろ向きの腿やふくらはぎに向けて、あるかぎりの刃物を放った。男は松蔵に向かって剣を振りながら、後ろに目があるようにそれを蹴ってよけるが、一瞬、そこに投げなかったものを蹴って、体勢が崩れた。 
 りくは何も投げなかったのに、手の動く気配をとったから、そうなった。そこに、松蔵の短刀が襲った。
 首をかっ切られて、男は倒れる。松蔵はそれにすばやく馬乗りになると、もう口がきけない状態にあるのを確かめて、残念そうにとどめを刺した。
 しばらく、二人は黙っている。新手が伏せているのを警戒しているのだが、やがて、息をついた。
 全裸のりくが、大きく身を震わせている。泣いていた。
「松じい! あんた、死んだと聞かされた!」
 わっと、飛びついてきた。抱きついて、泣きだした。
「馬鹿、お前、着物……。」
「よかった。……あんたが死んでいなくて、よかった。」
「遅くなったがな。……いくらお前でも、裸んぼで抱きつかれちゃ困る。着物。」
 りくは泣き止まない。無惨に犯され、殺される手前まで行ったという恐怖と、そこから救われたという安堵がもたらす昂奮から醒めない。
「後始末があるぜ。ひとが来ちゃ困る。……着物。」
 松蔵は、自分の胸でいつまでも泣き止まない、柔らかい躰のぬくもりに、当惑を隠せない。
 
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