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第二章 宴の夕 その二
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大手柄といってよかろう。天才丸はじいじどのから蠣崎家の郎党を預かり、西舘さまの浪岡左衛門尉顕範が統括する兵に、元服前にもかかわらず加わっている。毎日のように、南北を走る街道である下之切通りや、東西の動脈の一つで陸奥湾につながる羽州街道を巡視した。これらの商業路に近頃、野盗が出る。
近年、野盗のしでかすことが、大掛かりになりつつあり、街道沿いの拠点である金木、原子といった舘では抑えきれなくなってきた。浪岡城本体からのいわば治安出動が必要になっている。
(背後に、大浦が糸を引いているな。)
というのは、御所さま―具運にもわかっている。浪岡の繁栄は、交通の要衝であることに支えられている。交易や物流を邪魔すれば、浪岡北畠氏の力はその分弱る。そう考えて、浮浪の者をこっそりと使嗾しているに違いない。
弟の左衛門尉は、しきりにそれを説き、大浦本隊を釣りだしての決戦まで視野に入れるべきだと考えているらしい。
「南部どのがまだそれを望まぬ以上は、杓子で腹を切るに似ているな。」
できぬだろう、とは言っておいた。南部氏は大きすぎて、割れている。三戸南部家や八戸南部家としては、元は家来筋のくせに津軽西部に独立的な勢力を築きはじめた大浦氏の頭を抑えたいのはやまやまだが、南部氏宗家の地位を相争うような状態では手が回らないであろう。
「御意にて。しかし、北畠ともあろう家が、いつまでも板東武者のなれの果ての南部頼りというわけにも参りますまい。」
と、弟が秀麗な容貌をあげて皮肉げな視線を舐めつけるのを、兄は無視した。こうした時の弟の内心を推し量るのは愉快ではなく、ここでは必要でもない。だから、端的に命じた。
「ともあれ、街道を浮浪の者どもに堰き止められてしまっては、われらも干上がる。これは、これとして討つべし。」
その結果、野盗の本拠を探り出し、かれらが居座って抑えていた村を急襲した。国同士、領主同士の争いでこそないが、小さな戦そのものの規模であった。街道筋のその村落自体がある程度の防備を固め、村人も警固に駆り出している。
「野盗は、七名。」
これを調べてきたのが、天才丸である。蠣崎千尋丸とともに浮浪児の兄弟に扮して村に潜り込み、村を占拠している人数は存外に少ないのだと確かめた。浪岡の軍勢が無理押ししても、なんとかなるだろう。正規軍に本拠地(ねじろ)を掴まれた時に、野盗などは負けである。
「しかし、七人は決して少ないとも言えぬな。」
答えたのは、もちろん左衛門尉本人ではなく、その幕僚ともいうべき者の下座にいるひとりである。左衛門尉は西舘での軍議の最も上席で、遠くから庭縁の下に控える天才丸を無表情に眺めている。
(このあたりの魚のごときお目つきは、最初のころの妹さまによく似ておられることよ。)
下僚が言うのを、天才丸は低頭して聴いてやった。村ぐるみで向かってこられるかもしれない。たしかに、武装させられている村人は多く、出入り口の守りもこれ見よがしに固そうである。しかし、なのである。
「屯集の野盗ども、女子どもを人質にとるほどのことは、しておりませぬ。いざとなれば、百姓は抗いますまい。」
「そうとも言えまい。」
「畏れながら、……」言えまする、と天才丸は答えた。これを聴いてもらいたくて、わざわざこの場に無理を言って罷り出たのである。
村の長ともいうべき、地侍がいる。この者が呼応したからこそ、野盗は我が物顔で村に乗り込み、そこをねぐら、隠れ家として街道を荒らしまわってこられたわけだ。
が、この村長がもう、寝返りたがっている。居座っている野盗どもの背後には大浦氏がいるはずだが、それがもう一つあやふやなようで、村としてもこの男としても、見返りがみえてこない。そのうちに、近頃は浪岡の兵士が警察軍よろしく姿を頻繁にみせるようになってきた。浪岡領内で敵方に通じる旨みが、見えかねてきた。
「また心変わり、……いえ、悔い改めております。」
天才丸はいわば命懸けでそれを調べてきた。千尋丸を村の外に逃がした後、野盗たちの目を縫って地侍の村長本人にこっそり接触したのだ。
昼間、食い物を恵んでやった浮浪児のひとりに、眠っていた枕元に立たれた村長は、仰天しただろう。目の前に白刃があったので、息を呑んだ。そして浮浪児は、うん、大人しくしてくれたからこんなものはしまうぞ、とさっさと小刀をしまうと、妙にくだけた大人の口調で寝返りを薦めだしたのだ。
「まあ、村の長ならば色々苦労だ。それはご領主さまもおわかりのことよ。」
「……あんたなんぞをいきなり信用していいか、わからねえ。」
「おれの勤めは、ただの前口上よ。いずれ、正式のご使者も来よう。それで、わかる。それまで考えておくんだな。……それこそ、おれなんぞがこうして村にやすやすと潜り込めた。いざ討伐の騒ぎとなれば、どうなるかわかるじゃろう?」
闇の中で、村長が思案する気配を感じると、天才丸は先回りして、
「……考えているな。いま大声を出して、とりあえず、この小童をとっつかまえておけば、と。」
「……さようなことはいたしませぬよ。」
(魚は、釣られたがっておる。)
村長の口調でそう推量がつくと、天才丸は安堵のあまりこっそり笑ったが、おれを害してもお前はたいして得もなかろうが、余所者の浮浪の徒を村から追いだすだけで、浪岡のご領主さまのご恩賞に預かれるであろうよ、と念を押して言ってやった。言うや否や返事も聞かずに暗い農家の庭を走って逃げ出したが、追っ手がなかったのが答えであろう。
「累代のご恩を忘れておったか、許せぬな。」
下僚は吐き捨て、周囲も深刻気に唸ってみせたが、天才丸は内心で、調略と言うのを浪岡武士は知らぬのか、とあきれた。
むろん、左衛門尉は知っている。天才丸はそれきり大して褒められもせず下がらされたが、どうやら上の方で、村長を寝返らせる調略の手は秘かに打ってくれたらしい。
夜警のはずの村人はこっそりと村の木戸を開け、眠りこけている野盗どものところに案内さえしてくれた。
とはいえ、相手も寝込みを襲われただけではやすやすと討ちとられてはくれない。左衛門尉は大浦氏が背後にいるのを野盗の頭目らに吐かせたいから、「生け捕り」に拘ったのもまずかった。結局は乱戦になり、ついに生き残りの二、三人が立て籠もった百姓家には火が出ることになった。
郎党を従え、蠣崎家から借りた馬に乗った天才丸は、童形のままで兜もかぶらず、赤々と燃える火を間近に、頬を火照らせていた。
近年、野盗のしでかすことが、大掛かりになりつつあり、街道沿いの拠点である金木、原子といった舘では抑えきれなくなってきた。浪岡城本体からのいわば治安出動が必要になっている。
(背後に、大浦が糸を引いているな。)
というのは、御所さま―具運にもわかっている。浪岡の繁栄は、交通の要衝であることに支えられている。交易や物流を邪魔すれば、浪岡北畠氏の力はその分弱る。そう考えて、浮浪の者をこっそりと使嗾しているに違いない。
弟の左衛門尉は、しきりにそれを説き、大浦本隊を釣りだしての決戦まで視野に入れるべきだと考えているらしい。
「南部どのがまだそれを望まぬ以上は、杓子で腹を切るに似ているな。」
できぬだろう、とは言っておいた。南部氏は大きすぎて、割れている。三戸南部家や八戸南部家としては、元は家来筋のくせに津軽西部に独立的な勢力を築きはじめた大浦氏の頭を抑えたいのはやまやまだが、南部氏宗家の地位を相争うような状態では手が回らないであろう。
「御意にて。しかし、北畠ともあろう家が、いつまでも板東武者のなれの果ての南部頼りというわけにも参りますまい。」
と、弟が秀麗な容貌をあげて皮肉げな視線を舐めつけるのを、兄は無視した。こうした時の弟の内心を推し量るのは愉快ではなく、ここでは必要でもない。だから、端的に命じた。
「ともあれ、街道を浮浪の者どもに堰き止められてしまっては、われらも干上がる。これは、これとして討つべし。」
その結果、野盗の本拠を探り出し、かれらが居座って抑えていた村を急襲した。国同士、領主同士の争いでこそないが、小さな戦そのものの規模であった。街道筋のその村落自体がある程度の防備を固め、村人も警固に駆り出している。
「野盗は、七名。」
これを調べてきたのが、天才丸である。蠣崎千尋丸とともに浮浪児の兄弟に扮して村に潜り込み、村を占拠している人数は存外に少ないのだと確かめた。浪岡の軍勢が無理押ししても、なんとかなるだろう。正規軍に本拠地(ねじろ)を掴まれた時に、野盗などは負けである。
「しかし、七人は決して少ないとも言えぬな。」
答えたのは、もちろん左衛門尉本人ではなく、その幕僚ともいうべき者の下座にいるひとりである。左衛門尉は西舘での軍議の最も上席で、遠くから庭縁の下に控える天才丸を無表情に眺めている。
(このあたりの魚のごときお目つきは、最初のころの妹さまによく似ておられることよ。)
下僚が言うのを、天才丸は低頭して聴いてやった。村ぐるみで向かってこられるかもしれない。たしかに、武装させられている村人は多く、出入り口の守りもこれ見よがしに固そうである。しかし、なのである。
「屯集の野盗ども、女子どもを人質にとるほどのことは、しておりませぬ。いざとなれば、百姓は抗いますまい。」
「そうとも言えまい。」
「畏れながら、……」言えまする、と天才丸は答えた。これを聴いてもらいたくて、わざわざこの場に無理を言って罷り出たのである。
村の長ともいうべき、地侍がいる。この者が呼応したからこそ、野盗は我が物顔で村に乗り込み、そこをねぐら、隠れ家として街道を荒らしまわってこられたわけだ。
が、この村長がもう、寝返りたがっている。居座っている野盗どもの背後には大浦氏がいるはずだが、それがもう一つあやふやなようで、村としてもこの男としても、見返りがみえてこない。そのうちに、近頃は浪岡の兵士が警察軍よろしく姿を頻繁にみせるようになってきた。浪岡領内で敵方に通じる旨みが、見えかねてきた。
「また心変わり、……いえ、悔い改めております。」
天才丸はいわば命懸けでそれを調べてきた。千尋丸を村の外に逃がした後、野盗たちの目を縫って地侍の村長本人にこっそり接触したのだ。
昼間、食い物を恵んでやった浮浪児のひとりに、眠っていた枕元に立たれた村長は、仰天しただろう。目の前に白刃があったので、息を呑んだ。そして浮浪児は、うん、大人しくしてくれたからこんなものはしまうぞ、とさっさと小刀をしまうと、妙にくだけた大人の口調で寝返りを薦めだしたのだ。
「まあ、村の長ならば色々苦労だ。それはご領主さまもおわかりのことよ。」
「……あんたなんぞをいきなり信用していいか、わからねえ。」
「おれの勤めは、ただの前口上よ。いずれ、正式のご使者も来よう。それで、わかる。それまで考えておくんだな。……それこそ、おれなんぞがこうして村にやすやすと潜り込めた。いざ討伐の騒ぎとなれば、どうなるかわかるじゃろう?」
闇の中で、村長が思案する気配を感じると、天才丸は先回りして、
「……考えているな。いま大声を出して、とりあえず、この小童をとっつかまえておけば、と。」
「……さようなことはいたしませぬよ。」
(魚は、釣られたがっておる。)
村長の口調でそう推量がつくと、天才丸は安堵のあまりこっそり笑ったが、おれを害してもお前はたいして得もなかろうが、余所者の浮浪の徒を村から追いだすだけで、浪岡のご領主さまのご恩賞に預かれるであろうよ、と念を押して言ってやった。言うや否や返事も聞かずに暗い農家の庭を走って逃げ出したが、追っ手がなかったのが答えであろう。
「累代のご恩を忘れておったか、許せぬな。」
下僚は吐き捨て、周囲も深刻気に唸ってみせたが、天才丸は内心で、調略と言うのを浪岡武士は知らぬのか、とあきれた。
むろん、左衛門尉は知っている。天才丸はそれきり大して褒められもせず下がらされたが、どうやら上の方で、村長を寝返らせる調略の手は秘かに打ってくれたらしい。
夜警のはずの村人はこっそりと村の木戸を開け、眠りこけている野盗どものところに案内さえしてくれた。
とはいえ、相手も寝込みを襲われただけではやすやすと討ちとられてはくれない。左衛門尉は大浦氏が背後にいるのを野盗の頭目らに吐かせたいから、「生け捕り」に拘ったのもまずかった。結局は乱戦になり、ついに生き残りの二、三人が立て籠もった百姓家には火が出ることになった。
郎党を従え、蠣崎家から借りた馬に乗った天才丸は、童形のままで兜もかぶらず、赤々と燃える火を間近に、頬を火照らせていた。
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