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七の段 死闘 希望(四)
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「十四郎さま。あやめを壊してくださいませ!」
「……?」
「厭なことをまたいいまする。お兄上は、そうして、わたくしを治してくださった。ご一緒のときに、あの震えが出ました。」
「……あれが?」
「はい。息がとまって死にかけているのに、ことさらに乱暴になさって、それで、瘧りが鎮まった。仕組みなどわからない。……十四郎さまにも、そうしていただきたい。わたくしは、頭がおかしいのです。きっと、きっとまた震えてしまう。それでも、なさって。決してやさしくされないで。」
「あやめ……?」
「今度こそ死んでしまうかも。ああ、でもそれがよい。……」
「あやめ、そんなことを口にするな。約束したはず!」
「息が止まって、死んでしまったら幸せかもしれない。きっと左様じゃ、いまの幸せの極みで死にたい。震えてしまっても、乱暴に乱暴になさって! わたくしのような淫奔の女を、粉々にしてしまって!……十四郎さまに殺していただきたいっ!」
十四郎は叫び出したい気持ちを抑えた。
「あやめ、可哀相なあやめ……。おれたち兄弟にかかわったばかりに。蠣崎の男が二人がかりで、そなたにこんなことをいわせてしまった。納屋の御寮人がなにをおっしゃるか? そなたは、自分を苛まなくてもよい。貶めなくてよい。おれはそんなあやめを見たくない!」
「十四郎さま……あやめは、どこで間違えたのでございましょうっ?」
「いうたよ。なにも、間違っていない。あやめは、なにも間違いはしていない。こうして、おれにまた会ってくれた。おれの妻になるというてくれた。いま、おれの腕のなかにいてくれる。」
あやめは十四郎の着物の裾を固く握りしめた。
「おれと一緒に、蝦夷島の政事を新しく作ってくれるのだろう?」
「わからない! それがもうわからなくなってきた! おやかたさまの言葉がこの身を離れないっ!」
十四郎はあやめをさらに固く抱きしめた。あやめの哭き声を押さえつけて、とめたかった。
「あやめ、あやめっ!」
「……」
「……聞いてくれ、あやめ。新しい蝦夷島がどんな蝦夷島かは、おれたちが、……ふたりではなく、おれたち皆が決めるのではないかな。」
「皆?」
「考えるのは、そなただけもなければ、おれたち二人や、兄上や、蠣崎の者だけではないよ。民も決めるだろう。つまり、アイノも決める。生き残ったポモールの子どもたち二人も決める。やってきた和人たち、両岸商人たちも決めるはずだ。あれらが、蝦夷島の民になってくれれば。そなたが蝦夷のあやめになってくれたように。」
「……どうやって、決めるのでございます?」
あやめは昂奮状態から降りて、すこしぼんやりとした、あどけないような表情になっている。美しいな、と十四郎は思った。
「民の心から離れた蝦夷島を作ってしまえば、おれたち蠣崎から、天の命が離れるだろう。アイノたちが、今度はおれやそなたを倒すために箱舘や松前を襲うだろう。それを恐れてさえいればいいのではないか。」
「……」
「新三郎兄の政事は、やはりどこかで民の心を離れた。だから天命が革ったのだとおれは信じたい。今後も、それを恐れる。この蝦夷島の天命が離れぬよう、わが行いを律する。それだけではいかぬかな、あやめ?」
「……」
「なにもかも、背負い込まなくていいのだ、おれも、そなたも。」
あやめは頷いた。
「おやさしい。……」
「やさしくはないと。」
「十四郎さま。ご立派になられました。」
「なにを心得違いを。おれは昔から、結構立派だ。納屋の御寮人殿はご存じなかったか?」
二人は笑った。
「あやめは幸せ。わたくしほど、幸せな女はおりませぬ。」
「よかった。……もっと、幸せにしてさしあげよう。」
「あ、それ、どういう意味でございます?」
その通り、こういうことだ、と十四郎はあやめを抱き直すと、そのまま、柔らかく床に倒した。
(きっと、できる……)
あやめの目が輝いた。不安は溶けていこうとしている。いつまでもどこか弟のようだった十四郎に、いまは安心して頼ることができるとわかった。
「お床に……」
「背中が痛い?」
「こんなところで……」
「まずは、猫のように。」
「……」
あほう、と無言で微笑んだ。
その笑顔に、十四郎の顔が被さっていく。
「十四郎さま……っ!」
あやめの涙交じりの声が、躰の下でした。身長差があるので、女の小さな頭を抱え込むような形になっていて、あやめの髪の香りを嗅ぎながらそれを聴く。
「つらくは?」
「うれしい……できました。平気にございます。……いえ、いえ、快い、快いばかり……。うれしい。……」
「よかった。……なお快く、してさしあげよう。」
「これ以上は、……もう、……?」
「ならぬか? ならば、……」
「いえ、あなた様のお好きにして。もう、平気にございます。あなた様も、少しでも快くなられてほしい。」
「おれは、」十四郎はあやめを抱きなおした。「もういい。こうしているだけで、もう……あやめ、好きなように動けるか?」
「わたくしも、こうしているだけで、……いえ、申し訳ありませぬ。まだ、少し、怖うございますし、……十四郎さま、お願い。」
十四郎は、緩やかに動き出した。しかし、あやめの反応がまた徐々に程度をあげていくと、止めがたくなってきた。あやめもまた、それに応えられる。
……
「たくさん、頂戴しました。」
あやめは照れた表情で、しかし嬉しさを抑えきれぬようににこにこしながら、十四郎の顔を覗き込む。
息が整うまでふたりとも、時間がかかった。互いの躰を拭きあったが、あやめは前だけはさすがに拭かせない。十四郎に向けて曲げた背中に布を当てて貰いながら、じっと息をとめて、呼吸を鎮めていた。医学の知識などないから、そうしてじっとして体液を体内に留めていれば、子種が宿ると信じている。
「きっと、お子が宿っています。いえ、こんなにいただいて、授かれなかったら、どういたしましょう?」
「そう焦るものでもない。こればかりは、神仏の決めることだろう。」
十四郎は、あやめの裸の肩を抱く。
「赤子が欲しいのか?」
「それは、」もちろんそうでしょう、とあやめは不審に思いながら答える。「きっと、綺麗な色の瞳をもったお子が産まれます。髪の色も、いただけているでしょうか? そう、きっと背のうんと高い。……楽しみにございます。……十四郎さまは、楽しみに思われませんの?」
十四郎は、考えてしまう。
「おれは、あやめの産んでくれる子ならもちろん欲しいが……」
「が、とは?」
「……ずっとあやめと二人でも構わない。」
「……お口がお上手。」
「いまは、二人でいたい。あやめは違うのか?」
「それは、そうでございますよ。でも、……」
あやめの表情がやや曇る。いわれてみると、なぜだろう、なぜそんなに子が欲しいのだろう、と自分の考えを自分でさがしあぐねている様子だ。
それほどまでにこの自分が好きか、という自惚れだけでは済みそうにないのが十四郎にはわかった。
(不安なのか? もう、おれがあやめを蔑ろにするはずもないのに。)
(蠣崎の家の主婦の座を固めたい欲なんぞも、ないはずなのだが?)
(蠣崎家はしょせん蝦夷の流れの田舎侍。志摩守家などといっても、納屋今井の家の者には、多寡がしれておろう。跡継ぎに自分の血を入れたい、などとも……?)
(それにしても、……)
ものを考えているときのあやめは、忘我の様子で床の上に乱れているときと同じくらい、艶(なまめかしい)な、と十四郎は眺めながら思った。
そのあやめの表情が変わったのを、見逃さない。痛い棘に触ってしまったような顔だ。
(しまった。)
十四郎は唇を噛んだ。あやめの顔が曇ったので、自分も薄々見当がついてしまった。
(あやめのやつ、縁の深さが知りたいのだ。)
(兄上の子は授からなかった。もしおれの子種がうまく宿れば、おれとの間の縁の方が深かったのだと思える。)
(はっきりとではないのだろうが、そんな風に感じていたに違いない。)
(不安なのだ。別に天秤にかけているのではない。いまも昔も、おれを専一に思うてくれている。だからこそ、気持ちがぐらぐらと揺れているのだ。)
十四郎は、無言であやめを引き寄せると、白い額に唇を寄せた。そのまま、口を吸う。驚いたあやめは少し抵抗したが、やがて夢中になって応えはじめた。唇を離すと、
「いけませぬよ、……まだ、お子種が落ち着いておりませぬかもしれませぬ。」
「すまぬ。そうなのか?」
「わたくしは、わかりませぬけれど。」
「わからないのだな、ならば、……」
十四郎はあやめの耳朶を唇で挟んだ。あやめが震え出すのがわかる。
「ああ、いけないと、申したのに……こんなに、取り乱してしまうと……」
あやめはほんとうに怒った様子で、目に悔し涙を浮かべている。
「あやめ、焦らなくてもいい。おれたちには、深い縁がある。子は、必ずよいときに天がお授け下さる。」
「縁? ご縁でございます?」
「縁がなければ、こうして再び松前で会えようか? 明日のことを語れようか?」
「……はい。」
十四郎はその場所を指でたしかめると、位置を定め、不意打ちのように足を開かせて、あやめの中に入った。あっ、と驚いたあやめを抱き締める。
「おれは、あやめから離れてやらぬ。」
「……!」
今一度、あやめを喜悦の果てを覗かせるまでに追い込む余裕が、十四郎にはできていた。睦みあいを重ねるのは、十四郎にたしかに残っている不安も薄れさせてくれる。あやめの腕が、自分の首を柔らかく巻いてくれるのがうれしい。
「おれのものだ。」
口に出していってしまう。しかしあやめは、目を固く閉じながら、そうでございます、と頷く。
あやめは高まったときに、ふと新三郎に教わったかのような所作や反応をしてはならないと気を張る瞬間がある。 十四郎を悲しませたくはない。それができているかどうか、わからないところまで、当の十四郎によって持ち上げられてしまうのだが。
「好きにしてくれ……あやめの快いやり方でよいよ?」
十四郎は囁くが、あやめは懸命に首を振った。
「十四郎さま……」
かつて男の体重を受けながら、助けて、と内心で何度も呼んだ名を口にすると、あやめはなんとも理解しがたい感情に打たれて、また涙をこぼしてしまう。
「十四郎さまが、いる……ここにいらっしゃる!」
「ああ、一緒だ。」
「また……!」
どういう意味かは判然としない。あやめはもう達してしまった。
それをみて、十四郎もまた我慢ができない。あやめの中での、二度目の痙攣にまかせる。
「……?」
「厭なことをまたいいまする。お兄上は、そうして、わたくしを治してくださった。ご一緒のときに、あの震えが出ました。」
「……あれが?」
「はい。息がとまって死にかけているのに、ことさらに乱暴になさって、それで、瘧りが鎮まった。仕組みなどわからない。……十四郎さまにも、そうしていただきたい。わたくしは、頭がおかしいのです。きっと、きっとまた震えてしまう。それでも、なさって。決してやさしくされないで。」
「あやめ……?」
「今度こそ死んでしまうかも。ああ、でもそれがよい。……」
「あやめ、そんなことを口にするな。約束したはず!」
「息が止まって、死んでしまったら幸せかもしれない。きっと左様じゃ、いまの幸せの極みで死にたい。震えてしまっても、乱暴に乱暴になさって! わたくしのような淫奔の女を、粉々にしてしまって!……十四郎さまに殺していただきたいっ!」
十四郎は叫び出したい気持ちを抑えた。
「あやめ、可哀相なあやめ……。おれたち兄弟にかかわったばかりに。蠣崎の男が二人がかりで、そなたにこんなことをいわせてしまった。納屋の御寮人がなにをおっしゃるか? そなたは、自分を苛まなくてもよい。貶めなくてよい。おれはそんなあやめを見たくない!」
「十四郎さま……あやめは、どこで間違えたのでございましょうっ?」
「いうたよ。なにも、間違っていない。あやめは、なにも間違いはしていない。こうして、おれにまた会ってくれた。おれの妻になるというてくれた。いま、おれの腕のなかにいてくれる。」
あやめは十四郎の着物の裾を固く握りしめた。
「おれと一緒に、蝦夷島の政事を新しく作ってくれるのだろう?」
「わからない! それがもうわからなくなってきた! おやかたさまの言葉がこの身を離れないっ!」
十四郎はあやめをさらに固く抱きしめた。あやめの哭き声を押さえつけて、とめたかった。
「あやめ、あやめっ!」
「……」
「……聞いてくれ、あやめ。新しい蝦夷島がどんな蝦夷島かは、おれたちが、……ふたりではなく、おれたち皆が決めるのではないかな。」
「皆?」
「考えるのは、そなただけもなければ、おれたち二人や、兄上や、蠣崎の者だけではないよ。民も決めるだろう。つまり、アイノも決める。生き残ったポモールの子どもたち二人も決める。やってきた和人たち、両岸商人たちも決めるはずだ。あれらが、蝦夷島の民になってくれれば。そなたが蝦夷のあやめになってくれたように。」
「……どうやって、決めるのでございます?」
あやめは昂奮状態から降りて、すこしぼんやりとした、あどけないような表情になっている。美しいな、と十四郎は思った。
「民の心から離れた蝦夷島を作ってしまえば、おれたち蠣崎から、天の命が離れるだろう。アイノたちが、今度はおれやそなたを倒すために箱舘や松前を襲うだろう。それを恐れてさえいればいいのではないか。」
「……」
「新三郎兄の政事は、やはりどこかで民の心を離れた。だから天命が革ったのだとおれは信じたい。今後も、それを恐れる。この蝦夷島の天命が離れぬよう、わが行いを律する。それだけではいかぬかな、あやめ?」
「……」
「なにもかも、背負い込まなくていいのだ、おれも、そなたも。」
あやめは頷いた。
「おやさしい。……」
「やさしくはないと。」
「十四郎さま。ご立派になられました。」
「なにを心得違いを。おれは昔から、結構立派だ。納屋の御寮人殿はご存じなかったか?」
二人は笑った。
「あやめは幸せ。わたくしほど、幸せな女はおりませぬ。」
「よかった。……もっと、幸せにしてさしあげよう。」
「あ、それ、どういう意味でございます?」
その通り、こういうことだ、と十四郎はあやめを抱き直すと、そのまま、柔らかく床に倒した。
(きっと、できる……)
あやめの目が輝いた。不安は溶けていこうとしている。いつまでもどこか弟のようだった十四郎に、いまは安心して頼ることができるとわかった。
「お床に……」
「背中が痛い?」
「こんなところで……」
「まずは、猫のように。」
「……」
あほう、と無言で微笑んだ。
その笑顔に、十四郎の顔が被さっていく。
「十四郎さま……っ!」
あやめの涙交じりの声が、躰の下でした。身長差があるので、女の小さな頭を抱え込むような形になっていて、あやめの髪の香りを嗅ぎながらそれを聴く。
「つらくは?」
「うれしい……できました。平気にございます。……いえ、いえ、快い、快いばかり……。うれしい。……」
「よかった。……なお快く、してさしあげよう。」
「これ以上は、……もう、……?」
「ならぬか? ならば、……」
「いえ、あなた様のお好きにして。もう、平気にございます。あなた様も、少しでも快くなられてほしい。」
「おれは、」十四郎はあやめを抱きなおした。「もういい。こうしているだけで、もう……あやめ、好きなように動けるか?」
「わたくしも、こうしているだけで、……いえ、申し訳ありませぬ。まだ、少し、怖うございますし、……十四郎さま、お願い。」
十四郎は、緩やかに動き出した。しかし、あやめの反応がまた徐々に程度をあげていくと、止めがたくなってきた。あやめもまた、それに応えられる。
……
「たくさん、頂戴しました。」
あやめは照れた表情で、しかし嬉しさを抑えきれぬようににこにこしながら、十四郎の顔を覗き込む。
息が整うまでふたりとも、時間がかかった。互いの躰を拭きあったが、あやめは前だけはさすがに拭かせない。十四郎に向けて曲げた背中に布を当てて貰いながら、じっと息をとめて、呼吸を鎮めていた。医学の知識などないから、そうしてじっとして体液を体内に留めていれば、子種が宿ると信じている。
「きっと、お子が宿っています。いえ、こんなにいただいて、授かれなかったら、どういたしましょう?」
「そう焦るものでもない。こればかりは、神仏の決めることだろう。」
十四郎は、あやめの裸の肩を抱く。
「赤子が欲しいのか?」
「それは、」もちろんそうでしょう、とあやめは不審に思いながら答える。「きっと、綺麗な色の瞳をもったお子が産まれます。髪の色も、いただけているでしょうか? そう、きっと背のうんと高い。……楽しみにございます。……十四郎さまは、楽しみに思われませんの?」
十四郎は、考えてしまう。
「おれは、あやめの産んでくれる子ならもちろん欲しいが……」
「が、とは?」
「……ずっとあやめと二人でも構わない。」
「……お口がお上手。」
「いまは、二人でいたい。あやめは違うのか?」
「それは、そうでございますよ。でも、……」
あやめの表情がやや曇る。いわれてみると、なぜだろう、なぜそんなに子が欲しいのだろう、と自分の考えを自分でさがしあぐねている様子だ。
それほどまでにこの自分が好きか、という自惚れだけでは済みそうにないのが十四郎にはわかった。
(不安なのか? もう、おれがあやめを蔑ろにするはずもないのに。)
(蠣崎の家の主婦の座を固めたい欲なんぞも、ないはずなのだが?)
(蠣崎家はしょせん蝦夷の流れの田舎侍。志摩守家などといっても、納屋今井の家の者には、多寡がしれておろう。跡継ぎに自分の血を入れたい、などとも……?)
(それにしても、……)
ものを考えているときのあやめは、忘我の様子で床の上に乱れているときと同じくらい、艶(なまめかしい)な、と十四郎は眺めながら思った。
そのあやめの表情が変わったのを、見逃さない。痛い棘に触ってしまったような顔だ。
(しまった。)
十四郎は唇を噛んだ。あやめの顔が曇ったので、自分も薄々見当がついてしまった。
(あやめのやつ、縁の深さが知りたいのだ。)
(兄上の子は授からなかった。もしおれの子種がうまく宿れば、おれとの間の縁の方が深かったのだと思える。)
(はっきりとではないのだろうが、そんな風に感じていたに違いない。)
(不安なのだ。別に天秤にかけているのではない。いまも昔も、おれを専一に思うてくれている。だからこそ、気持ちがぐらぐらと揺れているのだ。)
十四郎は、無言であやめを引き寄せると、白い額に唇を寄せた。そのまま、口を吸う。驚いたあやめは少し抵抗したが、やがて夢中になって応えはじめた。唇を離すと、
「いけませぬよ、……まだ、お子種が落ち着いておりませぬかもしれませぬ。」
「すまぬ。そうなのか?」
「わたくしは、わかりませぬけれど。」
「わからないのだな、ならば、……」
十四郎はあやめの耳朶を唇で挟んだ。あやめが震え出すのがわかる。
「ああ、いけないと、申したのに……こんなに、取り乱してしまうと……」
あやめはほんとうに怒った様子で、目に悔し涙を浮かべている。
「あやめ、焦らなくてもいい。おれたちには、深い縁がある。子は、必ずよいときに天がお授け下さる。」
「縁? ご縁でございます?」
「縁がなければ、こうして再び松前で会えようか? 明日のことを語れようか?」
「……はい。」
十四郎はその場所を指でたしかめると、位置を定め、不意打ちのように足を開かせて、あやめの中に入った。あっ、と驚いたあやめを抱き締める。
「おれは、あやめから離れてやらぬ。」
「……!」
今一度、あやめを喜悦の果てを覗かせるまでに追い込む余裕が、十四郎にはできていた。睦みあいを重ねるのは、十四郎にたしかに残っている不安も薄れさせてくれる。あやめの腕が、自分の首を柔らかく巻いてくれるのがうれしい。
「おれのものだ。」
口に出していってしまう。しかしあやめは、目を固く閉じながら、そうでございます、と頷く。
あやめは高まったときに、ふと新三郎に教わったかのような所作や反応をしてはならないと気を張る瞬間がある。 十四郎を悲しませたくはない。それができているかどうか、わからないところまで、当の十四郎によって持ち上げられてしまうのだが。
「好きにしてくれ……あやめの快いやり方でよいよ?」
十四郎は囁くが、あやめは懸命に首を振った。
「十四郎さま……」
かつて男の体重を受けながら、助けて、と内心で何度も呼んだ名を口にすると、あやめはなんとも理解しがたい感情に打たれて、また涙をこぼしてしまう。
「十四郎さまが、いる……ここにいらっしゃる!」
「ああ、一緒だ。」
「また……!」
どういう意味かは判然としない。あやめはもう達してしまった。
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