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七の段 死闘 決断(一)
しおりを挟む新三郎は茂別の手前で陣をまた揃えた。ここで長男を使いという名目で松前に返している。
(増援には間に合うまいが……)
跡継ぎとして戦場を経験させるのは、もうよいだろうと思えた。まだ幼名松房丸は、元服をすませたばかりではある。諱は公広。
(とはいえ、十四郎ともいくつも変わらんのか。)
背中を見送りながら、別れを思ってしまう新三郎は、自分が悪い予感に囚われているのを意識している。
夜明けの戦闘で、箱舘の兵の力は見切れたか、というと、不安が残っていた。十四郎が出てこない以上、箱舘の本軍は温存されていると見るべきであろう。
(茂別館は一度も落ちたことのない堅城。それに、今井の鉄砲が備え付けられているはず。)
厄介だ、という思いは高まっていた。ここまでの道中、息を潜めたように函館軍が沈黙し、茂別に閉じこもって出てこないのも気になる。
新三郎は茂別の町というべき集落に入る時に、何の抵抗もないのに驚いていた。
(いや、これを奇貨としよう。)
茂別舘の、松前大舘に似た小舘と大舘からなる丘城に翩翻と翻る飛虎旗をにらみながら、新三郎は包囲網を固めていく。
鉄砲への防御を最優先し、密集を避けた。
川の向こうの茂別舘は、不気味な静寂を続けている。
新三郎は、秋田兵を連れてきている。むしろ自分を監視する兵とも思っていたが、檜山屋形に仕える仲で顔見知りともいうべき侍大将に一団を率いさせていた。
この将が、睨みあいに焦れ始めた。
「攻めよう。相手は単に怖じておる。」
よろしかろう、と答えたときの新三郎の気持ちはどうであったか。この将は、若いときから知っているし、このたびもいわば目付役として来島した者とはいえ、不快な思いは互いになかった。
秋田兵は徒歩兵もふくめて四十ほどである。騎馬を中心に一気に川に入る。
「相手が一発目を撃った瞬間に、われわれも攻め込む。」
新三郎は鉄砲隊に準備させている。応射させ、その弾を追いかけるように渡河し、塀に張りつくつもりだ。
(秋田の連中の死骸を踏みながらになろう。)
新三郎たち攻め手の矢が一斉に宙をかけ、雨のように小舘の塀の内外に降り注いだ。
(撃ってこぬか。)
秋田兵の一団が駆けた。川を渡りきろうとするとき、ついに破裂音が響いた。
無数の生木を裂くような爆ぜる音があわさり、天に木霊した。全山鳴動したといってよい。軍記の誇大かもしれぬ表現をここで用いたい。硝煙が雲のようにあがって、舘を覆い隠した。火薬の匂いがむせるほどに充ちた。
(これほどの数とは予期しなかった。)
新三郎は斉射から知れる鉄砲の丁数に、唖然とした。
それでも二騎は渡河している。新三郎はそれを避けてこちらの鉄砲を撃たせた。
(少ない。)
さきほどは敵を圧倒した我が火力が、いまやみすぼらしく感じられる。
新三郎は秋田兵が命からがら張りついている大手門に向けて、兵たちを一斉に突進させた。
「駆けろ。早い者勝ちだ。」
(第二撃を避けるには走るしかない。)
全軍斉射などという真似は、そう簡単ではない。十四郎がいかに兵を鍛えているかがわかった。
だが、この時代の銃は連射できるものではない。その間隙をつくべきであろう。
ところが、思ったより第二撃目にあたる、こんどは準備の整った者からの射撃は早い。乱射を受ける形になる。川を渡っているさいちゅうの兵が倒れた。それをかわした者たちが、小舘に取りつく。
塀を超える者が出てきた。
新三郎は、馬を撃たれて立ち往生気味だった秋田の将―小介川という変わった姓を持っていた―を救い上げる形でいったん自らは陣に戻った。しかし、攻勢の手を緩めない。城内に飛び込み、門を内側から開けてしまえば小舘は落せると見た。
その陣に、敵の騎馬が背後を突く形で突進したとき、すでに午であった。
(こざかしいぞ、十四郎。)
十四郎の手はこれか、と新三郎は見抜いた気になった。正面の攻城戦にはりつけておき、あらかじめ放っておいた騎馬隊が折りを見計らって、本陣で大将首をとろうという奇襲策であろう。二十数騎が襲ってきた。
(この程度か。)
箱舘の手持ちの兵は少ないのか、と新三郎は考える。
見ると、馬に乗っている中には、和人でない者が混じっていた。
(蝦夷を馬に乗せたな。)
新三郎は、十四郎を叱り飛ばしたい。物見によれば、舘の中には少なからぬ蝦夷の女が鉄砲を握っていて、城内に躍りこんだ蠣崎侍の刀槍の餌食になっているという。ただ、そうなる前に仲間の槍兵や弓兵がかばって応戦するらしいが、悲鳴をあげて逃げ惑う者も少なくないらしい。
(お前は、戦うべきでない者どもを戦わせているのだ。)
(なぜそんな真似ができる?)
新三郎とその麾下の将、近習たちは慌てなかった。突入に気づくのが早かったためだ。無理押しするには、奇襲の敵の数は十分ではない。
(十四郎、賭博はお前の負けだぞ。)
それでも数騎が本陣に飛び込み、大将みずから血刀を振るう事態になった。小舘を襲う兵たちにも動揺が走る。
これを乗りきったとき、戦勢は決定的に攻城方に傾いた。新三郎は小舘部の陥落は間近と確信した。
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