えぞのあやめ

とりみ ししょう

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七の段 死闘  陥落(二)

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 洋上のあやめがおそれながら、しかし待ちわびていた砲声であった。
(ただの大筒ではない。)
(あれを十四郎さまが撃たれた以上、大舘も落ちる。)
 三十尺の長さと五百貫の重みをもつ、巨砲である。十四郎が苦労して運んできた荷物は、この「カルバリン」砲二門である。
 市内を制圧すると、十四郎は大舘に向けて砲兵陣地を作らせた。発射の衝撃に耐えるために、砲手たちが点火と同時に周囲に掘った穴に飛び込まなければならない。この威力ゆえの鈍重さを補うために、入念な陣地つくりがおこなわれている。それが遂になった。鈴木十三が、この砲の面倒を嬉々として(表情からはわからぬが)引き受けていた。
 寄せ手がいったん引いたのは。この砲の放つ巨大な熱い鉄丸の巻き添えを避けるためである。
しかし最初の一撃は大門を越えて、城館の中に飛び込んだ。屋根が砕ける音がした。
やや離れた場所に据えられた二門めによる最初の発射はそれを修正し、大門をまた狙った。
偶然、分厚い門扉に命中してこれを打ち抜いてしまった一発に続き、意外なまでに早い間隔で、最初の砲の二弾目がまだ揺れているかのようなその門の上部を叩き、板屋根を崩した。
 大舘は、扉をこじ開けられつつある。塀に張り付いた守備の鉄砲隊の動きが、巨弾の飛来に怯えて、明らかに鈍る。そこに、寄せ手の鉄砲がさらに加わった。
 砲の精度は上がったのか、門を完全に崩してしまうだけではなく、兵の充ちているだろう城内のそこかしこも狙いだした。大舘の構造は、主将である十四郎が熟知している。
また、中型の「フランキ」砲が、車に乗せられて大舘攻撃の前面に引っ張って来られた。「カルバリン」砲に比べれば小さいが、「国崩し」の異名を与えられているほどだから、こうした至近距離での攻撃では確実な打撃となった。塀や防壁が破られていく。槍と弓に守られた鉄砲の小隊が、門の崩れかけた隙間から突入を試みた。梯子がかかり、柵や塀の上から寄せ手が城内の敵を狙い撃った。浸透がはじまる。
 
 蠣崎十四郎は、ほぼ陣頭に立って指揮していた。すでに小舘の中に陣を敷き、頭のはるか上を砲弾に通り過ぎさせている。巨砲は万が一にも奪われてはならないから、やや下がった場所にある。砲弾が落ちるたびに、兵たちがその後に殺到した。同じ場所にはすぐに落とさない、というのを知らされている。守備兵にとっては、砲弾が塀や建造物を壊した濛々たる煙のなかから、アイノや和人の兵が叫喚とともに出現するのであった。
 全軍突入の機運が高まったと十四郎が判断し、白兵戦の犠牲を覚悟する突撃の下知を決意したそのとき、大舘の防戦がやんだ。次々と得物を地面に投げ出す兵たちが、相手方に波打って出始めた。法螺貝の音が止む。
 十四郎はすばやく砲撃と銃撃をいったん止める。
 甲冑を脱いだ脇差だけの南条善継老人が、崩れた門を乗り越えて歩いてきた。
「軍使じゃ。」
呼ばわっているが、十四郎の姿を見つけると、驚いたようにたちすくみ、そして降伏を態度と動作で示した。
(もはやこれまでだ。)
というのが、南条老人の判断であろう。さらに考えがあったかは、わからない。
このときの両者の会話は、芝居の一幕のようであったという。戦国、しかも北辺の地の侍たちも、かれらなりの侍らしい振る舞いという意識は共有しているため、自然にそうなったのであろう。
「御曹司さま、よくお帰りなさいました。」
「南条か。久しいの。」
 十四郎は、この老人ともちろん顔馴染ではあった。
(この爺さんが兄上に。翼のついた虎を、とおれを評したのだったな。)
「お見事にございます。」
 南条老人は、陣に立っている唐様の飛虎旗を、何か眩し気に目を細めてみた。
「兄上の留守を狙ったまでよ。」
「せっかくお迎えにお出になられましたのに、行き違いでございましたか。」
「無駄足を踏ませて申し訳ないことじゃ。おぬしも朝から、苦労であった。」
「なんの、年寄りは朝が早い。」
 二人は笑ったが、血と硝煙の匂いが周囲に漂い、なお城内では悲鳴と喊声がする。十四郎は戦闘の停止をあらためて下知した。
 ここで、十四郎がいった言葉には記録上の共通がある。おそらくは、この通りの意味のことを、いったのであろう。
「さて、兄弟喧嘩は済んだ。」
 これに続く言葉も、一部の野史は伝える。もしこれが本当にあった発言だとすれば、あの南条廣継の係累にあたる南条老人には、意が通じたであろう。先代来の宿老の、やや尚早だったかもしれない開城降伏という行動の背景の一端を物語るものかもしれない。
「親子喧嘩は、こうもいくまい。」

「ご坊、砲声がやみました。」
 あやめが声をかけるが、ご坊は黙っている。戦闘が終わった証とは限らないというのだろう。しかし、やがて、落ち着いた声を出した。
「吉瑞かと。あれを。」
蝦夷船があやめの船に近づいてくる。
あやめは胸の鼓動を感じる。事態は、望む結末にむけて動き出したのではないかという期待を抑えられない。
(松前の町に、火の手が上がっていない。)
 あやめが安堵したのは、まずそれだった。戦火で町ごと焼けるのは免れたようだ。煙もみえない。逃亡する秋田兵の一部が西の関の番所に火をつけたらしいが、すぐに鎮火できたという。十四郎とその軍勢には、その余裕がすでにある。
あやめのもとに戦況が刻々伝わってきたが、十四郎の優勢は動かないようだった。
(犠牲は彼我に少ないうちに、大舘が降参してくれればよい。)
 あやめはすでに、船室であわただしく文をしたためていた。相手は、新三郎である。
(十四郎さまも、軍使を出されるだろう。それと重なってもいい。お願いしたい。)
 近寄ってきた蝦夷船に乗っていた和人の、侍姿の男が、船上からあやめを見上げて、声をあげた。
「大舘は御開城されました。お味方勝利。」
 あやめは全身が熱くなったが、
「御大将は御無事か?」
「無論。大舘に入城されました。」
 息を吐いた。髭のない十四郎の顔が胸に明滅する。
「苦労であった。たれか、西に行ける者はあるか?」
「わたしが参りましょう。」
「ありがたい。しばし休んで、しかし、急いで貰いたい。」
 男は主人の意図を飲みこんでいるようだった。
「御代官様に今井様のお使い、でおよろしいか。」
「うむ。」
「御代官様は、御寮人さまのご手蹟をご存じでありましょうか。」
 どうかな、とあやめは考えた。
(おやかたさまにあてて文を出したりはしなかった。堺に戻ったときも、音沙汰なしですごしてやったものだ。)
 あやめは髪を束ねている元結を解いた。畳んだ文をそれで縛る。
「これでおわかりの筈。」
 男は受け取り、蝦夷船の船頭に何事かを囁いて、滑るような勢いで西に去った。
「あやつは安心です。漕ぎ手どもに、酒代を弾むでしょう。」
「名を訊き忘れた。」
「聞いてやらんで、よかった。わしらの名など。」


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