えぞのあやめ

とりみ ししょう

文字の大きさ
上 下
170 / 210

七の段 死闘  激突(三)

しおりを挟む
 陣を整え、貴重な竹を組んだ防御柵などを丹念に作り、鉄砲への備えを十分にしてから進む。
 茂別舘を囲むところまで、時折り、相手の物見をとらえるくらいで、ほぼ無抵抗のうちに行軍した。
 こちらの物見が帰ってきた。茂別舘への籠城がはじまっているという。
(籠城してどうするのだ。援軍がどこかから来るのを待つというのか。)
 新三郎は、碁で十四郎が悪い目を打ったのを見たような気がして、舌打ちした。はやく勝負を終わらせて寝たいのに、相手の下手のせいで長い碁にされてしまった。
(そんなことが、たしかに奴との間で、あったぞ?)
 腹立たしいなかで、ふと懐かしい気がする。あの小さな弟に碁を教えてやったのは、たしかに自分ではないか。
「敵将は、蠣崎十四郎か?」
「不明にて。」
「あいつがわからぬはずもない。顔で知れよう。」
(別人か。玄蕃守(五男正広)か?)
 その必要は薄いのに、もう一度見て参れ、と命じて、新三郎はやや思案する。
(さて、この城に構うべきか。)
 
 まっすぐに箱舘に向かい、おそらくは薄いだろうその守りを破って、「政庁」の主だった連中を捕縛してしまえばいいのではないか。
(秋田の連中をこの茂別舘の抑えに使い、おれの本隊は予定とおりに一直線に箱舘のみを目指す。それが戦理ではないか。まさかそう簡単に背中をつかれもせぬし、打って出てくるようならば、逆に平らげてしまえばよい。)
 なかば決意しかけたとき、また物見がやってきた。
「鈍い銀色の甲冑を来た、背の高い将。お目やお髪の色はわかりませぬ。」
「顔を隠しているのか?」
「ただ、見慣れぬ旗印がございまして。」
 川を挟んだ向こうの柵に、何本もこれ見よがしに立てられ、奇妙な図柄が翻っているという。
「四足の、どうも虎の姿。それに翼らしきものが生えております。」
 新三郎は息を呑んだ。
 蠣崎代官殿は莞爾として微笑まれ、といくつかの野史が記すのは、このときであろう。周囲の者が聞き取ったとされる台詞もほぼ共通していて、
「心掛けなり。兄の言漸く聞けるか。」
(やっとわかりおったか、あの馬鹿が。)
 新三郎は立ち上がった。気持ちの昂揚があったときの癖で、この男らしくもなく、せわしなく歩く。
 ひとつの古記録には、つづけてこのようにある。
「サレド学ブニ遅シ。事此処ニ及ブ。天命悟ルモ又空シ。我是ヲ惜シム。」
 天命、とまではいうまい。新三郎はあくまで、蝦夷島における天命は自分にあると確信している。ただ、惜しいことだが、とはいったのであろう。
(よい。存分に戦ってやろう。)
 わけを尋ねる小姓のひとりには、史書を読め、とだけいった。
「上に畏れ多い思い上がりよ。ただ、おれが諭してやったのだがな。ようやくわかりおった。だが、遅かったかの?」
 蠣崎新三郎は、自分がその十四郎によって、決戦の場から遠くに釣り上げられているのを知らない。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

処理中です...