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五の段 顔 おやかたさま(二)
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もう何度目、何十度目になるのだろう。数えてみたことなどない。数字が好きなあやめも、この回数だけは数えたくもなかったので、覚えていない。
新三郎に躰を自由にされる、その行為である。
このところ新三郎は、鬱懐をあやめの躰に叩きつけるようにすることが、増えた。
前のように嗜虐的に振る舞うことが一切なくなった新三郎だが、女を弄ぶ余裕がその分薄れたともいえる。また痩せたように思えるあやめに無理をさせまいという配慮と、女の躰からできるだけの悦びを引き出してやりたいという気持ちからはじまるのだが、ふとそれが、激情のなかで消えてしまう。一夜の体力と精力のありたけを、あやめに思い切り激しく注ぎ込むようになってしまう。
あやめは、その分、息もつけない。最後が近づくころには絶え間なく小さく叫び続け、咽喉が枯れたようになる。全身の汗を搾り取られたようになり、ちょうど、最初の暴行の日に、湯殿に打ち捨てられたときと同じような状態になってしまう。
やがて、怖れながらどこかで待ちわびている、あの瞬間がやってくる。不意にそれがやってくるとき、息がとまる。圧し掛かってくる男の体重すら意識できなくなり、衝撃のあまり自然に目を見開いたのに、まともに何も見えない。躰の奥に、痺れとともに、男の与えた熱が広がっていく。
高まりきった胸の鼓動がなかなかおさまらない。また重く感じる男に躰から降りられても、起き上がることはもちろん、口もきけない。
あの日と近頃との違いは、疲労困憊して軽い喪神に陥ったあやめの躰に、昂奮から醒めた新三郎がなおゆっくりと、いたわるような愛撫をくわえながら、やさしげな言葉をかけることだ。目を固くつぶったあやめの耳に、新三郎の低い声が、あやすように聞こえてくる。最近気づいたが、新三郎の深い声は、十四郎に似ているのだ。
今宵も、新三郎の巧妙で激しい行為によって、とんでもないところまで追い上げられてしまい、当惑や口惜しさを通り越して、恐ろしさまでおぼえているあやめだった。
だが、のぼり詰めさせられた坂をゆっくりと下りながら、やわらかく触れられていると、たしかにこの男と睦みあった、悦びを交わしあったという気に、ふとなってしまう。
猛々しさの鎮まった新三郎が、ひどく率直に自分の心を語るようになったからでもある。
秋田で弟の玄蕃頭長廣を切腹させたことは、新三郎に重い負担となっているらしかった。あの好漢は、異腹とはいえ、最も気の置けぬ弟だったようである。
「たしかに玄蕃は、赤誠をみせたかったのだ。嘘などつけぬ男だったから、疑われたことに怒ってしまったのだな。」
新三郎は、あやめのまだ上気したままの肌を撫でた。丸みをおびた白い手を握る。指を弄ぶ。
「弟を二人、切腹させてしまったな、おれは……。」
(二人? 与三郎様のことか?)
あやめは不思議な気がした。与三郎は自分への謀反人だったのではないか。それも気に病んでいたとは、ありえないと思えた。
「あいつらは、おれとはちがう。まことに裏表のない、よい侍だった。」
「……おやかたさまとて、裏表をおもちでない、……」
「世辞はよい。あやめは忘れるまい。おれは、お前を湯殿で騙して、手に入れたぞ。」
「あ、それは、仰らないで。」
あやめは思わず、厭々をするようにして、顔を新三郎の広い胸にあてた。
(あれ、なにをしている、わたくしは?)
新三郎はあやめの温かい頬が裸の胸にあたるのを感じて、さきほどあれほど貪ったくせに、またいとおしさに胸が詰まる気がした。あやめの肩に手を回して強く抱き寄せる。あやめの髪を撫でて梳くようにし、小さな頭に口を寄せた。
「お前の髪はよい匂いがするな。」
(こうしていると、厭なことを忘れてしまえそうだが……)
「ご老体の火遊びはいいのだ。」
「火遊び、でございますか。」
「いや、よくはないが、……ほどほどであれば、やむをえぬ。」
父親の「政庁」は子どもの遊びも同然だと歯牙にかけていない様子だったが、安東家との間のことについては、頭を悩ましているのが、会話の端々から知れる。
「あやめ、まだ船は上れようかな?」
まだ汗が引ききっていないあやめの胸に手を伸ばしながら、新三郎は思いつきを尋ねてみる。
「敦賀まででございますか? まだ海は荒れますまい。」
いったん硬さの失せた乳首を温かい指で触られていると、あやめのほうが、また徐々にへんな気分になってくる。当惑しながら、あやめは息を鎮めつつ答えてやる。新三郎は、あやめが困っているのに気付かない様子だ。
「儂が上方に行くというのはどうであろう? 内府(羽柴内大臣)様に謁見できないだろうか。」
「ご官位をいただかれるのでございますか。」
「左様に簡単にはいくまいが、父上の任官の御礼という形ででも、お会いしておければな。」
「秋田には寄れませぬね。」
「そうだな。」
「沖で安東様のお船とすれ違いもできませぬね。……船というのは、広い海のなかでも、陸沿いに、決まりきった路すじを辿るものでございますよ。」
「知っておる。それに、安東侍従様なら、ご用心はすでにあろう。」沖に臨検の網を張っておくくらいのことはあるだろう、というのである。
「それよりも、これから上方にのぼられるとすると、帰りはいつにされるので?」
あやめは、これはできれば止めるほうがわが「図」には安全なのだが、と頭の片隅では思いながらも、実現を真剣に考えてやろうとする。
「……お前の仕事のように、ひと冬を上方で過ごすわけにもいかんの。」
「上方との往還はなにも今井の船ばかりではございませぬが、いまの内府様をいつ、どこで捕まえられますやら。そちらも考えねばなりますまい。」
羽柴秀吉は東海や西日本遠隔地、さらに紀州などの戦場に多忙である。必ずしも大坂に伺候して、待っていれば会えるわけでもない。宗久は日取りの口をきいてくれるだろう(と、新三郎は信じていた)が、お目見えのアイノ兵を連れて、むなしく戦場と大坂を行き来する羽目にもなりそうである。
「やはり、難しいの。そも、儂がいなくなれば、父上はともかく、弟どもが悪い気をおこさぬとも限らぬ。畢竟、上手く行きはしないのだが、面倒だ。奥や子どもを置いていくことになるからな。」
新三郎はいきなり耳に息を吹き込んで、あやめを硬直させた。
「てっ……手前はどうなりますので?」
話がへんに危うくなった。あやめはたちまち鳥肌の立った肌に当惑しながら、新三郎の考えを、謀叛を仕掛けられている可能性からそらすためにと、拗ねたような声を出してみる。
(わざとらしい。)
うまくいかなかったような気がする。そんな作り声を出すのに、複雑な気持ちが襲ったからだ。
だが、新三郎は何か楽し気にいった。
「あやめには、案内して貰おうかと思っていた。一緒に船に乗ろうかと。面白かろうな。」
「……!」
「里帰りすればよい。儂も、堺の町というのも、一度は見ておきたいものだ。お前のような、よい女ばかりなのか?」
「……」
「怒るな。たわぶれじゃ。……いずれ、宗久殿にも、頭を下げねばならぬ。此度の父上の礼と、お前のことで、……あらためて詫びじゃな。許して貰わねばならぬ。」
(詫び……?)
あやめは息を呑む思いだ。
(なにを詫びようというのか……?)
「だが、儂は、後悔はしておらぬ。できぬのだ。」
そういうと、あやめの細い首筋の後ろを強く吸った。あやめは声を漏らした。
新三郎の関心は、あやめの肌に、もう向けられている。自分が何の気なしに撫でさすっているうちに、またやや火照ってきた。新三郎の手の動きが技巧を意識しだし、力も強まった。
「すまぬな。お前にはすまぬ。だが、儂は、お前とこうなれたのだから、何も悔いることはない。もう思い残すことはないような気すら、する。悔いてやれぬ。」
あやめは黙っているが、堪えきれないような息を小さく吐いた。
「おやかたさま……」
後ろ抱きにされていたあやめは、新三郎の腕の中で、向き直ろうとする。新三郎は、腕を緩めてやる。身を揉みながら反転したとき、女の躰から匂いがたった。男の顔を仰いだあやめの顔は上気している。はにかむように笑んだ。
「おやかたさま……?」
「なにか? ああ、眠くなったか。このままでは眠りにくいか。」
あやめは黙って首を振ったが、口に出しにくい。
「まだ、眠りたくはございませぬ。」
新三郎は、そうか、とあやめの頭を抱えるようにした。挑んでくる様子はないのが、あやめには歯がゆい。
「おやかたさま?……よろしいのでございますよ?」
「何が?」
「性悪(意地悪)でございますか?」
あやめは、抱き寄せられた姿勢から、新三郎の胸に唇を当てた。
「あ、お前?」
はい、とあやめは頬が熱くなるのを感じながら、言う。
「いま一度なら、お願いできまする。」
「また、したくなったのか?」
あやめは何か小さく呟いて、胸の中で顔を伏せた。
(お前から、ねだるようになったか。)
新三郎は軽く驚き、そして、喜びに満ちた。
閨であやめから二度目をねだられるのは、はじめてではないか。恥ずかしげに眼を閉じ、欲情しているくせになにか逆にすまし顔になった女が、この上なく綺麗にみえ、いとおしい。
あやめの頤の下に指をやり、顔を上げさせた。柔らかい咽喉を撫でると、くすぐったいのか、はにかんだ笑顔になる。新三郎は、胸に広がる痛いほどのいとおしさを感じ、同時に内心で悔いた。
(斯様に、ただ美しく笑わせてやれば、よかったのだ。なぜそれができなかった?)
(最初から、この顔を見たかったのに、愚かだった、おれは……。)
あやめの躰は、細い癖にどこまでも柔らかい。小さな肩を抱くと、潰してしまいそうだと思える。
新三郎が好ましくてたまらないと思っているのは、あやめの白い額だった。それに唇をやり、瞼に、まつげに、頬に、と顔をなぞっていく。もう一度顔を見ようとして唇を外した。女の表情は嬉し気で、安らいでいるようにみえる。
と、焦らされたと思ったのか、あやめが目を開いた。そして、無言で男の顔を見つめる。
「どうした?」
あやめは照れたのだろう、また、はにかんだ笑いを浮かべた。
「口吸いを、また、頂戴したくて……」
新三郎が虚を突かれたようになると、あやめは恥じ入り、身をよじるようにして、また目を伏せた。しかし、思い直したように、目を閉じたまま、唇をややつきだして薄く開け、無言で待つ。
こたえて、新三郎は口を強く吸った。甘い。すでに重く立った乳首を指が探り当てる。あやめの吐息がこたえた。長い時間をかけて、唇を貪り合った。
「お前は、口吸いが好きだな?」
「……あやめは、はっさい(おしゃべり)女でございますから。お口で塞いで下さったらと思いまして。」
「その、声も聴きたい。」
「左様でございますの?」
そのあやめの唇を、また不意に奪う。驚きながら、また舌で応じていたあやめが、やがて息が苦しくなるのを訴えるほどに、長く吸った。その間も、手はあやめの肌を探っている。
「……だが、おれも、お前とこうするのは好きだ。」
「……ようございました。」
「あやめ……」
「はい。」
あやめは、思いもよらぬ強い力で抱き返してくる。
さきほどまで小動物のようにも思えたのに、いまは急にひとりの女の勁さを覚え、これをおれの全身で受け止めねば、と決意するような思いに新三郎は襲われた。
自分の肩に、あやめの唇を感じる。下半身に、熱く濡れて自分を待っているものが息づいているのがわかる。それに向けて、手はゆっくりと女の腿をすべり、移動した。
やがて、指先が熱くなる。あやめの、切なさを訴える声が耳元で揺れた。深く沈めると、息を詰めた。首を小さく振ったが、新三郎は構わず、あやめが声を漏らすまで続ける。
やがて新三郎はあやめを開かせ、繋がった。あやめは自足したような、また哀し気にもきこえる声を小さくあげる。男女の手足は固く絡んでいった。
新三郎に躰を自由にされる、その行為である。
このところ新三郎は、鬱懐をあやめの躰に叩きつけるようにすることが、増えた。
前のように嗜虐的に振る舞うことが一切なくなった新三郎だが、女を弄ぶ余裕がその分薄れたともいえる。また痩せたように思えるあやめに無理をさせまいという配慮と、女の躰からできるだけの悦びを引き出してやりたいという気持ちからはじまるのだが、ふとそれが、激情のなかで消えてしまう。一夜の体力と精力のありたけを、あやめに思い切り激しく注ぎ込むようになってしまう。
あやめは、その分、息もつけない。最後が近づくころには絶え間なく小さく叫び続け、咽喉が枯れたようになる。全身の汗を搾り取られたようになり、ちょうど、最初の暴行の日に、湯殿に打ち捨てられたときと同じような状態になってしまう。
やがて、怖れながらどこかで待ちわびている、あの瞬間がやってくる。不意にそれがやってくるとき、息がとまる。圧し掛かってくる男の体重すら意識できなくなり、衝撃のあまり自然に目を見開いたのに、まともに何も見えない。躰の奥に、痺れとともに、男の与えた熱が広がっていく。
高まりきった胸の鼓動がなかなかおさまらない。また重く感じる男に躰から降りられても、起き上がることはもちろん、口もきけない。
あの日と近頃との違いは、疲労困憊して軽い喪神に陥ったあやめの躰に、昂奮から醒めた新三郎がなおゆっくりと、いたわるような愛撫をくわえながら、やさしげな言葉をかけることだ。目を固くつぶったあやめの耳に、新三郎の低い声が、あやすように聞こえてくる。最近気づいたが、新三郎の深い声は、十四郎に似ているのだ。
今宵も、新三郎の巧妙で激しい行為によって、とんでもないところまで追い上げられてしまい、当惑や口惜しさを通り越して、恐ろしさまでおぼえているあやめだった。
だが、のぼり詰めさせられた坂をゆっくりと下りながら、やわらかく触れられていると、たしかにこの男と睦みあった、悦びを交わしあったという気に、ふとなってしまう。
猛々しさの鎮まった新三郎が、ひどく率直に自分の心を語るようになったからでもある。
秋田で弟の玄蕃頭長廣を切腹させたことは、新三郎に重い負担となっているらしかった。あの好漢は、異腹とはいえ、最も気の置けぬ弟だったようである。
「たしかに玄蕃は、赤誠をみせたかったのだ。嘘などつけぬ男だったから、疑われたことに怒ってしまったのだな。」
新三郎は、あやめのまだ上気したままの肌を撫でた。丸みをおびた白い手を握る。指を弄ぶ。
「弟を二人、切腹させてしまったな、おれは……。」
(二人? 与三郎様のことか?)
あやめは不思議な気がした。与三郎は自分への謀反人だったのではないか。それも気に病んでいたとは、ありえないと思えた。
「あいつらは、おれとはちがう。まことに裏表のない、よい侍だった。」
「……おやかたさまとて、裏表をおもちでない、……」
「世辞はよい。あやめは忘れるまい。おれは、お前を湯殿で騙して、手に入れたぞ。」
「あ、それは、仰らないで。」
あやめは思わず、厭々をするようにして、顔を新三郎の広い胸にあてた。
(あれ、なにをしている、わたくしは?)
新三郎はあやめの温かい頬が裸の胸にあたるのを感じて、さきほどあれほど貪ったくせに、またいとおしさに胸が詰まる気がした。あやめの肩に手を回して強く抱き寄せる。あやめの髪を撫でて梳くようにし、小さな頭に口を寄せた。
「お前の髪はよい匂いがするな。」
(こうしていると、厭なことを忘れてしまえそうだが……)
「ご老体の火遊びはいいのだ。」
「火遊び、でございますか。」
「いや、よくはないが、……ほどほどであれば、やむをえぬ。」
父親の「政庁」は子どもの遊びも同然だと歯牙にかけていない様子だったが、安東家との間のことについては、頭を悩ましているのが、会話の端々から知れる。
「あやめ、まだ船は上れようかな?」
まだ汗が引ききっていないあやめの胸に手を伸ばしながら、新三郎は思いつきを尋ねてみる。
「敦賀まででございますか? まだ海は荒れますまい。」
いったん硬さの失せた乳首を温かい指で触られていると、あやめのほうが、また徐々にへんな気分になってくる。当惑しながら、あやめは息を鎮めつつ答えてやる。新三郎は、あやめが困っているのに気付かない様子だ。
「儂が上方に行くというのはどうであろう? 内府(羽柴内大臣)様に謁見できないだろうか。」
「ご官位をいただかれるのでございますか。」
「左様に簡単にはいくまいが、父上の任官の御礼という形ででも、お会いしておければな。」
「秋田には寄れませぬね。」
「そうだな。」
「沖で安東様のお船とすれ違いもできませぬね。……船というのは、広い海のなかでも、陸沿いに、決まりきった路すじを辿るものでございますよ。」
「知っておる。それに、安東侍従様なら、ご用心はすでにあろう。」沖に臨検の網を張っておくくらいのことはあるだろう、というのである。
「それよりも、これから上方にのぼられるとすると、帰りはいつにされるので?」
あやめは、これはできれば止めるほうがわが「図」には安全なのだが、と頭の片隅では思いながらも、実現を真剣に考えてやろうとする。
「……お前の仕事のように、ひと冬を上方で過ごすわけにもいかんの。」
「上方との往還はなにも今井の船ばかりではございませぬが、いまの内府様をいつ、どこで捕まえられますやら。そちらも考えねばなりますまい。」
羽柴秀吉は東海や西日本遠隔地、さらに紀州などの戦場に多忙である。必ずしも大坂に伺候して、待っていれば会えるわけでもない。宗久は日取りの口をきいてくれるだろう(と、新三郎は信じていた)が、お目見えのアイノ兵を連れて、むなしく戦場と大坂を行き来する羽目にもなりそうである。
「やはり、難しいの。そも、儂がいなくなれば、父上はともかく、弟どもが悪い気をおこさぬとも限らぬ。畢竟、上手く行きはしないのだが、面倒だ。奥や子どもを置いていくことになるからな。」
新三郎はいきなり耳に息を吹き込んで、あやめを硬直させた。
「てっ……手前はどうなりますので?」
話がへんに危うくなった。あやめはたちまち鳥肌の立った肌に当惑しながら、新三郎の考えを、謀叛を仕掛けられている可能性からそらすためにと、拗ねたような声を出してみる。
(わざとらしい。)
うまくいかなかったような気がする。そんな作り声を出すのに、複雑な気持ちが襲ったからだ。
だが、新三郎は何か楽し気にいった。
「あやめには、案内して貰おうかと思っていた。一緒に船に乗ろうかと。面白かろうな。」
「……!」
「里帰りすればよい。儂も、堺の町というのも、一度は見ておきたいものだ。お前のような、よい女ばかりなのか?」
「……」
「怒るな。たわぶれじゃ。……いずれ、宗久殿にも、頭を下げねばならぬ。此度の父上の礼と、お前のことで、……あらためて詫びじゃな。許して貰わねばならぬ。」
(詫び……?)
あやめは息を呑む思いだ。
(なにを詫びようというのか……?)
「だが、儂は、後悔はしておらぬ。できぬのだ。」
そういうと、あやめの細い首筋の後ろを強く吸った。あやめは声を漏らした。
新三郎の関心は、あやめの肌に、もう向けられている。自分が何の気なしに撫でさすっているうちに、またやや火照ってきた。新三郎の手の動きが技巧を意識しだし、力も強まった。
「すまぬな。お前にはすまぬ。だが、儂は、お前とこうなれたのだから、何も悔いることはない。もう思い残すことはないような気すら、する。悔いてやれぬ。」
あやめは黙っているが、堪えきれないような息を小さく吐いた。
「おやかたさま……」
後ろ抱きにされていたあやめは、新三郎の腕の中で、向き直ろうとする。新三郎は、腕を緩めてやる。身を揉みながら反転したとき、女の躰から匂いがたった。男の顔を仰いだあやめの顔は上気している。はにかむように笑んだ。
「おやかたさま……?」
「なにか? ああ、眠くなったか。このままでは眠りにくいか。」
あやめは黙って首を振ったが、口に出しにくい。
「まだ、眠りたくはございませぬ。」
新三郎は、そうか、とあやめの頭を抱えるようにした。挑んでくる様子はないのが、あやめには歯がゆい。
「おやかたさま?……よろしいのでございますよ?」
「何が?」
「性悪(意地悪)でございますか?」
あやめは、抱き寄せられた姿勢から、新三郎の胸に唇を当てた。
「あ、お前?」
はい、とあやめは頬が熱くなるのを感じながら、言う。
「いま一度なら、お願いできまする。」
「また、したくなったのか?」
あやめは何か小さく呟いて、胸の中で顔を伏せた。
(お前から、ねだるようになったか。)
新三郎は軽く驚き、そして、喜びに満ちた。
閨であやめから二度目をねだられるのは、はじめてではないか。恥ずかしげに眼を閉じ、欲情しているくせになにか逆にすまし顔になった女が、この上なく綺麗にみえ、いとおしい。
あやめの頤の下に指をやり、顔を上げさせた。柔らかい咽喉を撫でると、くすぐったいのか、はにかんだ笑顔になる。新三郎は、胸に広がる痛いほどのいとおしさを感じ、同時に内心で悔いた。
(斯様に、ただ美しく笑わせてやれば、よかったのだ。なぜそれができなかった?)
(最初から、この顔を見たかったのに、愚かだった、おれは……。)
あやめの躰は、細い癖にどこまでも柔らかい。小さな肩を抱くと、潰してしまいそうだと思える。
新三郎が好ましくてたまらないと思っているのは、あやめの白い額だった。それに唇をやり、瞼に、まつげに、頬に、と顔をなぞっていく。もう一度顔を見ようとして唇を外した。女の表情は嬉し気で、安らいでいるようにみえる。
と、焦らされたと思ったのか、あやめが目を開いた。そして、無言で男の顔を見つめる。
「どうした?」
あやめは照れたのだろう、また、はにかんだ笑いを浮かべた。
「口吸いを、また、頂戴したくて……」
新三郎が虚を突かれたようになると、あやめは恥じ入り、身をよじるようにして、また目を伏せた。しかし、思い直したように、目を閉じたまま、唇をややつきだして薄く開け、無言で待つ。
こたえて、新三郎は口を強く吸った。甘い。すでに重く立った乳首を指が探り当てる。あやめの吐息がこたえた。長い時間をかけて、唇を貪り合った。
「お前は、口吸いが好きだな?」
「……あやめは、はっさい(おしゃべり)女でございますから。お口で塞いで下さったらと思いまして。」
「その、声も聴きたい。」
「左様でございますの?」
そのあやめの唇を、また不意に奪う。驚きながら、また舌で応じていたあやめが、やがて息が苦しくなるのを訴えるほどに、長く吸った。その間も、手はあやめの肌を探っている。
「……だが、おれも、お前とこうするのは好きだ。」
「……ようございました。」
「あやめ……」
「はい。」
あやめは、思いもよらぬ強い力で抱き返してくる。
さきほどまで小動物のようにも思えたのに、いまは急にひとりの女の勁さを覚え、これをおれの全身で受け止めねば、と決意するような思いに新三郎は襲われた。
自分の肩に、あやめの唇を感じる。下半身に、熱く濡れて自分を待っているものが息づいているのがわかる。それに向けて、手はゆっくりと女の腿をすべり、移動した。
やがて、指先が熱くなる。あやめの、切なさを訴える声が耳元で揺れた。深く沈めると、息を詰めた。首を小さく振ったが、新三郎は構わず、あやめが声を漏らすまで続ける。
やがて新三郎はあやめを開かせ、繋がった。あやめは自足したような、また哀し気にもきこえる声を小さくあげる。男女の手足は固く絡んでいった。
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