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五の段 顔 除霊(一)
しおりを挟む「どのようにしてさしあげれば、よろしいのでしょうか?」
寝衣のまましずかに寄り添ってきたあやめが、細い声で訊いてきたので、新三郎は少し驚いた。
閨であやめがこんなことをいってきた覚えが、今までない。これまでは新三郎が命じ、それに無言で、あるいはあからさまに不承不承に従うばかりであった。でなければ、新三郎が有無をいわせず、襲うように責めたのである。むしろ新三郎はそれを専らとしてきた。もっとも、
(あれ以来、変わった。)
あれ、というのは、裏切らせた手代の与平を殺した夜のことである。新三郎はそう思っている。
(あやめが変わるのも、無理もない。むごたらしい真似をさせたからな。)
とは考えていたが、あんなことのあと、互いに開き直ったような言い争いめいたものや、本音のぶつけ合い(と、新三郎のほうは思っている)があったのも、やはり大きかったのかもしれない。
この前は、あやめの躰を割るのもせず、ただともに臥して他愛もない話をした。疲れていたらしいあやめがいつの間にか寝てしまったのは驚いたし、自分の欲望は充たされぬままなのも不如意ではあったが、あやめが自分の腕の中で安心して眠るというのが、新三郎にはうれしかった。
風邪に長く臥せったあと、本復したと聞かされてつい求めた夜にも、自分の執拗な愛撫を受けるとき、悦びをあきらかに感じていた。反応でそれが手に取るようで、思わず新三郎は病み上がりの者への配慮を忘れかけたが、あやめはもう、それに応えてくれた。なにか懸命な様子が、愛おしくてたまらなかった。
それにしても、床に入ったときから積極的なあやめなど、それからもみたことがない。慮外の態度だ。
「好きなようにせよ。」
というくらいしか、思いつかない。
あやめも少し考えて、新三郎の寝衣をはだけさせ、胸板に唇を寄せてきた。唇をあて、肌を吸う。躰に乗りかかるようにして、懸命に唇を肩へ、また胸へ、上半身から全身へと這わせていく。
新三郎は柔らかく温かいものに肌を撫でられる快感に呻きそうだが、かろうじて耐えた。むずかしい顔をする。
それをあやめは勘違いしてしまう。慌てて、唇を男の猛りだした肉塊に寄せていく。
(やはり、男はこれか。)
何度も強制されて、泣かんばかりだった行為を、男の下半身の高ぶりに丁寧に施していく。口と手を使い、眉根を苦しげに寄せて、励んだ。
上半身を唇で吸われた時から、新三郎はあやめが可愛くてならず、触感以上に幸福感に襲われていたが、あやめが躊躇なくこわばりを含み、奉仕をはじめると、むしろ粘膜や体温の快感とは違うものを感じはじめている。
(こやつ、やはり、気に病んでおるのか。)
憐れみが突き上げてくる。
「あやめ、お前のせいではないのだ。」
「……」
あやめは、いいえ、という風に目の表情をみせたかのようだったが、また瞼をきつく閉じて、行為を続けた。
「畏きところ(宮中)など、何が起こるのかわからぬところだ。」
(こんな真似をさせながら、おれも、あらぬことを口に出してしまった。)
「……どのように曲がって伝わるものやら、儂などにはわからぬし、おぬしらですらそうであった。まずは、それだけのことだ。」
「……」
あやめの舌の動きが強くなった。
「もうよい。」
新三郎は、躰を入れ替え、逆にあやめの叢に顔を寄せる。恥ずかしい、と小さな悲鳴をあげて抗う様子がみえたが、力を入れずとも押さえつけることはできた。顔をその部分に伏せているが、慣れ親しんだ場所に、尖りはじめた両つの乳首があるのを、新三郎の手は知っている。
あやめは躰を開き、新三郎の執着する口の動きに応じた。重い息が漏れる。
「あやめ、どうしてこんなに濡れる?」
新三郎は、別にいたぶるつもりもなく、ふと無心に訊いてしまう。
新三郎などにとってはまだ硬いつぼみのようであった最初の頃から、あやめの水脈はよほどのことがない限り豊かであった。無理矢理にしてしまっていても、女にありがちなように恐怖や嫌悪に乾いてしまうことはほぼなかった。それをからかってやると、本人が打ちひしがれたような表情になった。
かつての嗜虐的な新三郎にとってはそれが何よりも見たいあやめの顔であったが、今ではそういうわけではない。
ただ、ふと口をついて出た言葉だ。
「……!」
ところが、あやめは愕然としたようだった。見上げると、顔色が変わっていたので、新三郎の方が驚く。
「……申し訳ございませぬ。」
ようやくして、言葉が出た。
「謝ることではないわ。」
新三郎は苦笑いして、あやめの躰を割り開く姿勢をとる。
「あっ、よろしいのでございますか?」
「なにがじゃ。」
「……おやかたさまに、あまり、なにもしてさしあげられておりませぬ。」
「これから、せよ。」
いうと、浅く入り、女の表情の変化をしばらく愛でると、一気にあやめの中に突き進んだ。あやめは息をつめ、躰を震わせる。肉の全てが温かく包まれていく感覚と、女のひんやりとした肌がぴたりと吸い付く心地よさに、新三郎はしばし、すべての鬱屈を頭から飛ばせた。
あやめの苦しげな表情を見下ろした。灯火が乏しく、陰影が濃いが、目鼻立ちの秀でた女の顔はその分美しいと思った。眉を寄せて目を閉じ、唇を薄く開いている顔に、見とれるようになる。瞼の下で長いまつ毛が震えているのに、胸が衝かれる思いがする。濡れている唇に食いつかずには済まない。真珠の粒のように覗いて見えていた白い歯を舌でこじ開けて、あやめの舌や口腔のなかも味あわずにいられない。
(おや?)
新三郎は気づいた。あやめの躰の震えが止まらない。快楽に耐えかねる反応ではない。瘧のように大きく震えだした。
「あやめ、どうした?」
あやめは答えられない様子だ。目を見開き、驚愕の表情を凍りつかせたまま、激しく震えるばかりである。
新三郎の肉は深くあやめの中に刺さったままだが、腹から振り落とされるかと思い、驚いた。
「おいっ?」
あやめはがくがくとふるえ、口の端から泡をこぼし、痙攣した。
新三郎はさすがにあやめから肉を離し、起き直って、震えつづける女の躰をなかば抱き起した。震えを抑え込むように肩を抱く。
「どうしたというのだ? おれの声がきこえるか?」
震えは収まりつつあるようだし、顔の血の気が引いているとはいえ、あやめの意識は喪われていないようだ。ただ、驚愕の表情で宙の一点を見つめ、うわ言のように繰り返している。
「そんな、そんな、そんなっ!……そんなことが? いま? ありえない、ありえない……」
(仮病でおれを避けようというのではない。それはわかる。)
今までもあやめは体調を偽って逃げたことなどなく、先ほどの様子や肉が重なる直前の躰の反応から見ても、そんなことは考えられぬのであった。
(では、なんだこれは?)
「おやかたさま……申し訳ござりませぬ。手前は、きっと、……できませぬ。」
「なぜわかる?」
「……躰が、震えだすと、とまりませぬ。」
(なぜ新三郎との間で、これが起きる?)
あやめは衝撃を受けている。
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