119 / 210
四の段 地獄の花 絆(二)
しおりを挟む
「蠣崎十四郎を名乗る盗賊が、唐子と日ノ本に同時に現れよったともいう。あやめ、ああはいったが、十四郎が生きているとは限らんぞ。まだ、たしかではないのだ。」
「ああ……」
絵空事なのに、十四郎の死を想像しただけで溜息が自然に出た。
「悲しいのか。」
「それは。」
「昔のことなのであろう。」
「ではございますが。」
「松前に連れて来てやろうか。」
「あっ、ご赦免くださるのでございますかっ?」
「馬鹿ものが。」
新三郎は、そこではじめて意地悪な笑いを浮かべた。
「とらえて、引っ立ててくるのよ。噂通りの罪があきらかならば、獄門にかけてやろう。」
「それだけは! そればかりはお許しくださいませ!」
切羽詰まった声が出た。演技ではない。
新三郎は、あやめを羽交う腕を強めた。
「……痛い。痛うございます。」
「お前は、いつまでも……?」
「お許しくださいませ。どうか、お命だけは……。」
「なぜ、いつまでも十四郎の身を案じる? 未練じゃ。」
「未練でございますっ。でも、御曹司さまの死ぬのを見とうはない。それだけにございますっ。」
「なにが、それだけだ。赦免、赦免とうるさいわ。」
「申し訳ございませぬ。」
「もしも赦免あらば、その先、どうするというのだ。元の鞘に収まろうというのか? 不義密通じゃな。」
そらぞらしい笑い声をあげた。
「そんなことは……」
「もしや、赦免の暁には、儂があいつにお前を下げ渡してやるとでも思うたか?」
「そんなことは、毛頭……」
「いま、躰が火照った。儂は騙せぬ。お前の躰の隅々まで知っている儂の前では、嘘はつけぬ。」
(この、阿呆が! ふざけるでないわ!)
あやめは内心で激しく罵った。
(何回、何十回だろうと、こんなことをしたくらいで、お前などにわたくしの一体なにがわかるというか! その思い上がり、高くつくぞ! ……べたべたと気色が悪い。いい加減に離さぬか!)
「……夢をみているのでございます。ありえないことかもしれませぬ。でも、もしも、もしもそんなことになれば、誰も傷つかない。素晴らしい、ありがたい。もしもおやかたさまのご大雅があらば、それで、十四郎さまはもちろん、わたくしも、みなが幸せになれるではござりませぬか。」
(たとえ万が一そうなっても、いずれお前は殺してやるがな!)
「なにをいうか。そんなことを思うただけで、口にしただけで、もはや不義も同然ぞ。」
「ご勘弁くださいませ!……ですが、」あやめは、自分がいわぬでもいいことを口にし出したと思った。だが、なぜかやや激したまま、止められない。「……いっこうにお子も産めぬ、年増の堺などよりも、おやかたさまには他にいくらでもお美しい女性がいらっしゃる。いずれ朝臣ともおなりになれば、なおさらのことではありますまいか。宗久程度の者など天下に少なくもない。その血をお引きの女などは、これからいくらも会われましょう。それに、堺商人の躰など、もうお飽きになったでございましょう? 手前などお役御免になされても」
「口ごたえするな!」
一喝してあやめをまた謝らせたが。ふと気づいて、優しい声になる。
「……あやめ、お前、そんなことを気にしておったのか?」
(まったく気にしていませぬが!)
あやめはしかたなく、曖昧な表情をする。
「あやめ、……何があろうと、お前は儂のものだ。どこにも行かせぬ。」
「……。」
「あれらの女どもとはもちろん、北の方とすら、お前は違うのだ。」
(なにをいやがる。)
あやめは驚いて声に出しそうになったが、少し落ち着いて、拗ねるような声をつくる。少し大袈裟な芝居をしないと、なにか自分がもたない予感があった。
「今井の娘、いまは御政道のお役に立つから、でございましょう?」
「そう拗ねるでないわ。……おぬしは、その、拗ねた顔がかわいいの。」
(かわいい、だと?)
「あやめはもう二十三にございますよ。」
新三郎は、無言で、あやめの頤に指をかけた。そのまま、愛おし気に小さな顔の線をなぞった。そして、あやめの額に唇をそっと当てた。そのまま、口を吸いにかかる。あやめは仕方なく、普段命じられるままに舌を入れたが、新三郎はいつものようにそれに応じて攻めるようには舌を動かさない。あやめの唇を味わっているようだ。薄目でみると、その表情も、陶然としているかのようである。
(なんだこいつ。また、気まぐれか。)
「あやめ、お前は儂の宝じゃ。子など、産めぬのなら産まずともよい。ただ、こうして、儂の側で、いつも美しく、賢く、かわいらしくあってくれ。今のままでよい。あやめはずっとあやめでよい。堺の方でも、納屋の御寮人でもなくてよいのだ。あやめは、あやめのままで、儂のそばにいてくれれば、それでよい。」
「……。」
「十四郎には、やらん。渡さぬ。大切なお前を、あのような者には二度と渡さぬ。」
(なにをいっておるのだ、こやつ?)
あやめは、開けてはならぬと用心していた箱が、勝手に開いていくのを目の当たりにしている気分がして、躰がまた熱くなった。
「そんなことを申されますが、おやかたさまは、……」こんなことを自分もいってはならぬ、とおもいながら、突き上げてくる言葉をとめられない。「いつもわたくしに、にくい(ひどい)仕打ちをなさいます。あやめを罰するのだといわれました。……あのときも、むごい。」
「……謝らぬぞ。」
「滅相もない。謝れなどとはゆめ申しませぬ。」
あ、自分も、厄介な箱のふたをさらに大きく開けようとしている、と思いながらも、あやめは言葉を継いでしまう。
「ただ、お尋ねいたしたく存じます。……それほどまでに可愛く思ってくださるなら、なぜ、いつもいつも、あのようなお仕打ちをなさるのでございます? 大切とおっしゃるのなら、なぜ、あやめにあのような厭わしい真似をなさったのです?」
さあ殴られるか、と思ってまず目をつぶってしまったが、新三郎は黙っている。目を開けて顔を盗みみると、今まで閨ではみたことのない表情をしていた。
(なにを考えていやがるか?)
新三郎は、決意したような顔で、ゆっくりといった。
「……お前が欲しいからじゃ。」
「欲しい?」
「お前をすべて欲しい。心も欲しい。好きな女ごの心が欲しくない者が、おるか?」
「……。」
「だから、儂のこと以外、考えないようにしたい。儂のためになること以外は、商いだろうと堺だろうと官位だろうと、いっさい頭にないようになれ。」
「それで打擲されますのか? 恥をかけといわれますのか? そもそも最初から、無理無体に……」あやめはふきこぼれてくる涙を抑えた。「いや、最初はもう、ええわ。……この前のことじゃ。……わたくしは、家の者を成敗いたしました。お武家でもないのに、この手で人を殺めました。あれも、そのおつもりでございましたか?」
「殺せとはいわなかったが、殺してくれて、うれしかったぞ。」
「……!」
「ただ覚えておけ、まことのところは、殺したのは儂じゃ。おぬしではない。決してない。おぬしは無法な真似に必死で抗ったにすぎぬ。当たり前のことじゃ。殺しはしておらぬ。手は血で汚れておらぬのだぞ。お前の手はきれいなのだぞ。……だが、殺せと、儂にというてくれた。あそこまではやってくれた。怖い女ごと知ったが、……うれしかった。……おぬしもこれで、武家の女じゃと。まことに儂の女じゃと。」
「何のことやらっ……」
あやめは羽交いを振りほどこうと躰を何度も振った。動く手で頭を抱えて、男の胸の中で縮こまる。
「絆ができた。」
「絆っ?」
あやめは、この語が新三郎の口から出てきたことに衝撃を受けた。
(わたくしの絆は、十四郎さまとのそれ以外にないのだ!)
(だが、こやつがいおうとしているのも……)
「あやめよ、わしら武家とて、平気で殺生できるわけではない。あの手代などは、そのようにいいおったが、戦場だろうとどこだろうと、人殺しが好きなのではない。この手が血に染まってうれしい、喜ばしいという侍がおろうか。」
「おやかたさまは、戦から帰ってこられたそのままの恰好で、勇んでわたくしを寵されましたなっ?」
「お前を武家の女にしたかったのじゃ。儂はこういう風に生きざるを得ぬ、お前の男は斯様なのだ、と知らせたかった。……いや違うな。違う。」
「なにがっ?」
「……あの日、矢が目の前に飛んできたとき、子の顔でもない、奥の顔でもない、お前の顔が、お前が笑っている顔が浮かんだのじゃ。納屋の御寮人の笑顔は、この世のものと思えぬほど美しかった。名のとおり、青い花のようだと思った。もう一度みたかったのに、と思った。……矢は兜の眼庇に当たった。儂は生きていた。そのとき、生きている証しに、いますぐにでもお前を抱きたいと心から思ったのじゃ。……違うな。……うむ、どちらもほんとうのことじゃ。……北の方さまにはいうな。」
「……申しませぬよ。……絆とは?」
訊くなあほう、訊いてしまうな、と内心であやめは自分を叱る。
「……あのような血みどろが、この部屋であった。首があそこで、儂らをみていた。」
「厭あっ!」
新三郎は、子どもをあやすように、あやめの強張った背中を撫でた。
「わしらはそこで、首に見られながら、血の匂いにむせながら、からみあった。あやめ、お前と同じく、儂も身が震えておったよ。お前の中に逃げたかったよ。もちろんお前も、怖かったのであろう? じゃが、どうあろうと鬼か蛇の仕業じゃな。わしらふたり、そのようなものになった。畜生道に、ともに落ちた。……それが、わしらの絆ではないか?」
「そのような、……あのようなおそろしい行いが、男女の絆になるでございましょうかっ?」
あやめは血を吐くような勢いで叫んだ、
(やぶれた約束を繕うための、十四郎さまの誓い。それが絆だとわたくしは父上にいった。それは、いまこやつがいったこととどう違う? 同じではないか? いや、もっとたくさんの人間を殺そうというのが、わたくしの「図」ではないか?)
「そうだ。絆なのだ。……あやめっ。」
新三郎はあやめを一層きつく抱いた。
「い、痛うございます……」
それに構わず、新三郎は頤に、首筋に、当たるところすべてに唇を走らせた。口を吸った。あやめは愕然として受け止めている。
「ああ……」
絵空事なのに、十四郎の死を想像しただけで溜息が自然に出た。
「悲しいのか。」
「それは。」
「昔のことなのであろう。」
「ではございますが。」
「松前に連れて来てやろうか。」
「あっ、ご赦免くださるのでございますかっ?」
「馬鹿ものが。」
新三郎は、そこではじめて意地悪な笑いを浮かべた。
「とらえて、引っ立ててくるのよ。噂通りの罪があきらかならば、獄門にかけてやろう。」
「それだけは! そればかりはお許しくださいませ!」
切羽詰まった声が出た。演技ではない。
新三郎は、あやめを羽交う腕を強めた。
「……痛い。痛うございます。」
「お前は、いつまでも……?」
「お許しくださいませ。どうか、お命だけは……。」
「なぜ、いつまでも十四郎の身を案じる? 未練じゃ。」
「未練でございますっ。でも、御曹司さまの死ぬのを見とうはない。それだけにございますっ。」
「なにが、それだけだ。赦免、赦免とうるさいわ。」
「申し訳ございませぬ。」
「もしも赦免あらば、その先、どうするというのだ。元の鞘に収まろうというのか? 不義密通じゃな。」
そらぞらしい笑い声をあげた。
「そんなことは……」
「もしや、赦免の暁には、儂があいつにお前を下げ渡してやるとでも思うたか?」
「そんなことは、毛頭……」
「いま、躰が火照った。儂は騙せぬ。お前の躰の隅々まで知っている儂の前では、嘘はつけぬ。」
(この、阿呆が! ふざけるでないわ!)
あやめは内心で激しく罵った。
(何回、何十回だろうと、こんなことをしたくらいで、お前などにわたくしの一体なにがわかるというか! その思い上がり、高くつくぞ! ……べたべたと気色が悪い。いい加減に離さぬか!)
「……夢をみているのでございます。ありえないことかもしれませぬ。でも、もしも、もしもそんなことになれば、誰も傷つかない。素晴らしい、ありがたい。もしもおやかたさまのご大雅があらば、それで、十四郎さまはもちろん、わたくしも、みなが幸せになれるではござりませぬか。」
(たとえ万が一そうなっても、いずれお前は殺してやるがな!)
「なにをいうか。そんなことを思うただけで、口にしただけで、もはや不義も同然ぞ。」
「ご勘弁くださいませ!……ですが、」あやめは、自分がいわぬでもいいことを口にし出したと思った。だが、なぜかやや激したまま、止められない。「……いっこうにお子も産めぬ、年増の堺などよりも、おやかたさまには他にいくらでもお美しい女性がいらっしゃる。いずれ朝臣ともおなりになれば、なおさらのことではありますまいか。宗久程度の者など天下に少なくもない。その血をお引きの女などは、これからいくらも会われましょう。それに、堺商人の躰など、もうお飽きになったでございましょう? 手前などお役御免になされても」
「口ごたえするな!」
一喝してあやめをまた謝らせたが。ふと気づいて、優しい声になる。
「……あやめ、お前、そんなことを気にしておったのか?」
(まったく気にしていませぬが!)
あやめはしかたなく、曖昧な表情をする。
「あやめ、……何があろうと、お前は儂のものだ。どこにも行かせぬ。」
「……。」
「あれらの女どもとはもちろん、北の方とすら、お前は違うのだ。」
(なにをいやがる。)
あやめは驚いて声に出しそうになったが、少し落ち着いて、拗ねるような声をつくる。少し大袈裟な芝居をしないと、なにか自分がもたない予感があった。
「今井の娘、いまは御政道のお役に立つから、でございましょう?」
「そう拗ねるでないわ。……おぬしは、その、拗ねた顔がかわいいの。」
(かわいい、だと?)
「あやめはもう二十三にございますよ。」
新三郎は、無言で、あやめの頤に指をかけた。そのまま、愛おし気に小さな顔の線をなぞった。そして、あやめの額に唇をそっと当てた。そのまま、口を吸いにかかる。あやめは仕方なく、普段命じられるままに舌を入れたが、新三郎はいつものようにそれに応じて攻めるようには舌を動かさない。あやめの唇を味わっているようだ。薄目でみると、その表情も、陶然としているかのようである。
(なんだこいつ。また、気まぐれか。)
「あやめ、お前は儂の宝じゃ。子など、産めぬのなら産まずともよい。ただ、こうして、儂の側で、いつも美しく、賢く、かわいらしくあってくれ。今のままでよい。あやめはずっとあやめでよい。堺の方でも、納屋の御寮人でもなくてよいのだ。あやめは、あやめのままで、儂のそばにいてくれれば、それでよい。」
「……。」
「十四郎には、やらん。渡さぬ。大切なお前を、あのような者には二度と渡さぬ。」
(なにをいっておるのだ、こやつ?)
あやめは、開けてはならぬと用心していた箱が、勝手に開いていくのを目の当たりにしている気分がして、躰がまた熱くなった。
「そんなことを申されますが、おやかたさまは、……」こんなことを自分もいってはならぬ、とおもいながら、突き上げてくる言葉をとめられない。「いつもわたくしに、にくい(ひどい)仕打ちをなさいます。あやめを罰するのだといわれました。……あのときも、むごい。」
「……謝らぬぞ。」
「滅相もない。謝れなどとはゆめ申しませぬ。」
あ、自分も、厄介な箱のふたをさらに大きく開けようとしている、と思いながらも、あやめは言葉を継いでしまう。
「ただ、お尋ねいたしたく存じます。……それほどまでに可愛く思ってくださるなら、なぜ、いつもいつも、あのようなお仕打ちをなさるのでございます? 大切とおっしゃるのなら、なぜ、あやめにあのような厭わしい真似をなさったのです?」
さあ殴られるか、と思ってまず目をつぶってしまったが、新三郎は黙っている。目を開けて顔を盗みみると、今まで閨ではみたことのない表情をしていた。
(なにを考えていやがるか?)
新三郎は、決意したような顔で、ゆっくりといった。
「……お前が欲しいからじゃ。」
「欲しい?」
「お前をすべて欲しい。心も欲しい。好きな女ごの心が欲しくない者が、おるか?」
「……。」
「だから、儂のこと以外、考えないようにしたい。儂のためになること以外は、商いだろうと堺だろうと官位だろうと、いっさい頭にないようになれ。」
「それで打擲されますのか? 恥をかけといわれますのか? そもそも最初から、無理無体に……」あやめはふきこぼれてくる涙を抑えた。「いや、最初はもう、ええわ。……この前のことじゃ。……わたくしは、家の者を成敗いたしました。お武家でもないのに、この手で人を殺めました。あれも、そのおつもりでございましたか?」
「殺せとはいわなかったが、殺してくれて、うれしかったぞ。」
「……!」
「ただ覚えておけ、まことのところは、殺したのは儂じゃ。おぬしではない。決してない。おぬしは無法な真似に必死で抗ったにすぎぬ。当たり前のことじゃ。殺しはしておらぬ。手は血で汚れておらぬのだぞ。お前の手はきれいなのだぞ。……だが、殺せと、儂にというてくれた。あそこまではやってくれた。怖い女ごと知ったが、……うれしかった。……おぬしもこれで、武家の女じゃと。まことに儂の女じゃと。」
「何のことやらっ……」
あやめは羽交いを振りほどこうと躰を何度も振った。動く手で頭を抱えて、男の胸の中で縮こまる。
「絆ができた。」
「絆っ?」
あやめは、この語が新三郎の口から出てきたことに衝撃を受けた。
(わたくしの絆は、十四郎さまとのそれ以外にないのだ!)
(だが、こやつがいおうとしているのも……)
「あやめよ、わしら武家とて、平気で殺生できるわけではない。あの手代などは、そのようにいいおったが、戦場だろうとどこだろうと、人殺しが好きなのではない。この手が血に染まってうれしい、喜ばしいという侍がおろうか。」
「おやかたさまは、戦から帰ってこられたそのままの恰好で、勇んでわたくしを寵されましたなっ?」
「お前を武家の女にしたかったのじゃ。儂はこういう風に生きざるを得ぬ、お前の男は斯様なのだ、と知らせたかった。……いや違うな。違う。」
「なにがっ?」
「……あの日、矢が目の前に飛んできたとき、子の顔でもない、奥の顔でもない、お前の顔が、お前が笑っている顔が浮かんだのじゃ。納屋の御寮人の笑顔は、この世のものと思えぬほど美しかった。名のとおり、青い花のようだと思った。もう一度みたかったのに、と思った。……矢は兜の眼庇に当たった。儂は生きていた。そのとき、生きている証しに、いますぐにでもお前を抱きたいと心から思ったのじゃ。……違うな。……うむ、どちらもほんとうのことじゃ。……北の方さまにはいうな。」
「……申しませぬよ。……絆とは?」
訊くなあほう、訊いてしまうな、と内心であやめは自分を叱る。
「……あのような血みどろが、この部屋であった。首があそこで、儂らをみていた。」
「厭あっ!」
新三郎は、子どもをあやすように、あやめの強張った背中を撫でた。
「わしらはそこで、首に見られながら、血の匂いにむせながら、からみあった。あやめ、お前と同じく、儂も身が震えておったよ。お前の中に逃げたかったよ。もちろんお前も、怖かったのであろう? じゃが、どうあろうと鬼か蛇の仕業じゃな。わしらふたり、そのようなものになった。畜生道に、ともに落ちた。……それが、わしらの絆ではないか?」
「そのような、……あのようなおそろしい行いが、男女の絆になるでございましょうかっ?」
あやめは血を吐くような勢いで叫んだ、
(やぶれた約束を繕うための、十四郎さまの誓い。それが絆だとわたくしは父上にいった。それは、いまこやつがいったこととどう違う? 同じではないか? いや、もっとたくさんの人間を殺そうというのが、わたくしの「図」ではないか?)
「そうだ。絆なのだ。……あやめっ。」
新三郎はあやめを一層きつく抱いた。
「い、痛うございます……」
それに構わず、新三郎は頤に、首筋に、当たるところすべてに唇を走らせた。口を吸った。あやめは愕然として受け止めている。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す
矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。
はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき……
メイドと主の織りなす官能の世界です。
夕映え~武田勝頼の妻~
橘 ゆず
歴史・時代
天正十年(1582年)。
甲斐の国、天目山。
織田・徳川連合軍による甲州征伐によって新府を追われた武田勝頼は、起死回生をはかってわずかな家臣とともに岩殿城を目指していた。
そのかたわらには、五年前に相模の北条家から嫁いできた継室、十九歳の佐奈姫の姿があった。
武田勝頼公と、18歳年下の正室、北条夫人の最期の数日を描いたお話です。
コバルトの短編小説大賞「もう一歩」の作品です。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる