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四の段 地獄の花 絆(一)
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天正十三年三月、羽柴秀吉は正二位、内大臣宣下を受けた。
「いよいよではないか?」
さほどの間もなく、あやめがその報を届けたとき、書院の上座から、新三郎は勢い込んで直截に尋ねた。
「左様でもあり、左様でないようでもあり……」
あやめは焦らしてやる。
いよいよ糸は張り出しているのは、たしかだ。しかし、ここからは、織り手の腕がいる。
(さまざまな糸を筬にかけて、一本の反物にするには、手順を間違ってはならぬ。どこで、どの糸を引くかが大事だ。)
「はっきりと申さぬか。」
「内府(内大臣)さまは、まだ関東に兵をお進めにはなられていません。奥州仕置はさらにその先。蝦夷島のおやかたさまを頼りになさるとすれば、そのあたりから、というのが本来でございましょう。」
「それでは、前と変わりがない。」
「ただ、内府さまともなられれば、ご官位をお与えになるのは、もはやほぼお心次第。いや、これは羽柴内大臣様が、天子様の御心をおくみになってのことでございますが。」
「まだるこい建前を申すな。」新三郎は思わず不敬な台詞を吐いたが、「で、どうなのだ。」
「上方のお伽衆某を、急がせましょう。」
宗久に念をおしてやる、というのだ。
「おお。」
新三郎だけではなく、満座の腹心たち―そこから外されている弟がもう少なくない―がどよめいた。
「ただ、お願いがございます。もしも近々にご官位のお沙汰ありましたら、必ず謹んでお受け下さりませぬでしょうか。五位の六位のといったところで、あるいは上国、下国の別などで、たとえご不満があっても、おためらいがあられませんよう。まずはお受けくださりたく。」
(それはどうでもいいのだ。若狭守であろうと検非違使であろうとなんであろうと、安東家に先んじ、羽柴秀吉に直属の立場を手に入れればそれでよい。)
(安東家が気づいても遅いように、ただの一度で決める。五位でも六位でも構わぬ、朝臣、秀吉直臣として対等の地位を手に入れてしまえば、こちらのもの。蝦夷島の自立がかなう。)
(いずれは秀吉の軍を背後に、まつろわぬ蝦夷地に睨みをきかせ、この松前で大名となれよう。)
「叙官は畏れ多くも主上たる天子様のお考え。勿論、どのようなものであろうと謹んで拝する。」
「おそれながら、まことに結構なお心構えと存じまする。……まずは除目とはそのようなものと聞き及びます。」
「……急がせよ。」
その夜、納屋の御寮人から堺の方にされたあやめに、新三郎は念を押すつもりでか、いってくる。
(こんなことをしながら……!)
あやめはひどく腹立たしく、また、馬鹿馬鹿しく感じてならない。あやめの開かされた足の間に新三郎はいて、そこから波打つ腹越しにこちらの表情を見上げている。
「おやかたさま、そのようなお話は、いまは……」
あやめは新三郎と目が合ってしまい、顔をそむけながらいった。厭わしい、不謹慎だ、とはいわない。
新三郎は案の定、勘違いしたらしく、いきり立って、あやめの躰に這い上るような姿勢になる。女を穿つ姿勢をとる。あやめは目を固く閉じた。
……
「あやめ、報せがあった。知ってはおらぬな?」
あやめの中にまだ肉体を沈めたまま、汗まみれの新三郎があやめの顎に指をかけ、こちらを向かせた。
あやめも荒い息がおさまらず、顔は上気したまま、目からは涙がこぼれている。全身が汗まみれだ。新三郎の肉とあやめの胎内とは、放った精が糸のようになって、まだ繋がっている。あやめの中は、まだ痺れがとれない。
(今夜は、ことにあらあらしかった……。こやつ、昂揚しておるのだ。)
「報せが? さて、わたくしのほうには、まだ……」
また、官位のことかと、やや濁ったままのあやめの頭では、勘違いしてしまう。
「そのような話を、閨などでするものではないだろう。」
それを聞いてあやめは少しあきれたが、新三郎は大まじめだ。
「違う話じゃ。」
「……何の報せでございましょう。」
新三郎は、ようやくあやめから離れると、あらためて毛深い胸に抱きかかえた。乱れた髪を、整えてやるように撫でる。
その手つきや調子から、あやめはわかる。
(やけに機嫌がよいな。)
だが、わからないのはその理由だ。
(官位がすぐに手に入るとはいってやらなかったはずだが……?)
「十四郎だが、あやつ、生きておったわ。」
(知ったか!……だが、どこまで知っている?)
「なんと。……ああ、なんということ。」
ここは、自分はそういうはずだろうと思えたことをいってみた。だが、別にそこまで偽りを演じるつもりでもないのに、あやめの目から自然に涙がひっきりなしに流れた。あやめは手で口を覆った。嗚咽が漏れる。
新三郎は、憐れむような目であやめの揺れる頭を眺めた。胸に涙が冷たい。
(そら涙ではないな。やはり、知らなかったのか。)
「どこにいらっしゃるのです? いかがしておいでなのです? ……まさか、まさか、ご赦免あるのでしょうか?」
(もしさであるなら、それでもよい。それがよい。……さよういわぬか、いったほうがよいぞ! 身のためだぞ!)
「……さにしてやってもよかったのだが。」
「え……?」
「もはや無理よ。」
新三郎は、溜息をついた。
「十四郎のやつめ、野盗に落ちぶれよった。」
「いかなることでございましょう?」
新三郎が与えた「知行地」のうち、蝦夷地に食い込んだいくつかの村で、送りこまれた蠣崎武士とお付きの商人が、襲われたという。「野盗」は村を略奪し、抵抗する和人たちを追いたててしてしまったという。その頭目は和人であり、柿崎十四郎を名乗ったというのだ。
(……ああ、そう思うてくれているのか。)
あやめは片手で覆った口からさも驚いたような息を漏らしながら、内心で安堵した。
各地の「知行地」で、揉め事が頻発している。たいていは松前から送りこまれた役人や商人が、不正を働くためだ。
米や酒と昆布、鮭、毛皮などとの交換が、村むらでおこなわれる蝦夷交易であり、「知行地」ではそれを蠣崎侍とそのおつき商人が専有しようとする。それだけで、村に出入りしていた蝦夷商人と軋轢を生むが、何とか折り合いをつければつけたで、今度は、和人たちはいわば交換レートを勝手にアイノに不利なように決めてしまおうとする。数を誤魔化す。容器を変える。渡す米俵が妙に小さかったりするが、昨年からこうだった、お前たちがおかしいと譲らない。最後には暴力で通してしまう。
もうひとつは、先年の戦の結果、困窮したアイノが続出すると、村長を喪った共同体はそれを保護しきれない。和人商人たちはそうしたなかでもとくに女に目をつけ、松前や奥州の女郎屋に叩き売ることをはじめている。
十四郎は、唐子やかれの顔が効きはじめた日ノ本南部に勝手に食い込まれた「知行地」はもちろん、蠣崎領にあたる近辺村落からも、そうした蠣崎侍や商人たちを追い出してしまおうとしている。まずは訴えをきき、和人にあからさまな不正があった場合は、力づくで退去させてしまうのだろう。そしてそのあとは、新三郎が殺したり追い立てたりしたために不在の村長を新しく据え、事実上の直轄地にしていた。
それだけで蠣崎蝦夷代官家と全面的な戦になってもおかしくない行為であり、あやめは肝を冷やしている。十四郎という糸が跳ねるのを、抑えたい気持ちすら起きていた。
(それを、野盗だと……。その程度に思いよるのは、好都合じゃ。ありがたい。)
「信じられませぬ。十四郎さまのようなおとなしい方が、盗賊を働くなど。」
「おぬしが十四郎と睦んだのは、何年前じゃ?」
「……。」
「その十四郎は、もういない。せっかく生きながらえていても、もう昔の十四郎には戻れぬ。」
新三郎は、憎々しげでもなく、またあやめに皮肉をいうでもなく、淡々とした口調である。
「松前で勤まらず、蝦夷地に奔って、そこでも食い詰めた侍の行く末は、おおむねかくのごとしじゃ。儂は驚かぬ。」
(その思い込みが、目を曇らせているのじゃ。)
当の「知行地」から逃げ帰った蠣崎侍どもや商人たちも、まともな報告をあげないのだろう。新三郎が不正を命じたわけではない。大方針としての黙認があるから、そうしたのだが、それを言明するわけにもいかないから、野盗に襲撃され、寡兵のためむなしくいったん退去したが、立て直して再度村に向かう、でお咎めなしに済ませたいのだろう。
「それに、たしかにまことの十四郎ばかりではないらしい。上ノ国より北に出ておる村上などに調べさせたが、蠣崎の残党を名乗る連中は山ほどいて、十四郎なのかどうかもわからぬと。」
「村上……さま?」
「おぬしが連れて行ってやった、あの村上よ。」
知っている。トク―徳兵衛はうまく村上兵衛門様を抱き込んでいるらしい。それにしても、噂の攪乱か。そこまでやってくれるとは、お方さまの従兄も存外に役に立つ。
そもそも蠣崎家中は、割れているな、とあやめは改めて思った。
渡党の筋目でいえば、蠣崎家が一番あやしい。渡党といっても二通りありそうだとあやめは知った。蠣崎などは、新三郎がいまは末雨で一族のように扱っている、同姓の津軽の土豪出身の一家の出ですらない。こちらから津軽や秋田に渡るに慣れ、侍の風を身につけたアイノ商人の出なのではないか。蠣崎などという名は、後からくっつけたのではないか。
(なにが武田家よ。間違いなく安東家について蝦夷島に渡ってきた、昔の舘の主たち……村上家なぞは、風下に立たされているのが面白くもなかろう。)
(それに、新三郎以下、みなそれぞれに結構聡い兄弟が、多すぎるのだ。)
(十四郎さまにとて、このごろは、蠣崎の血を感じる。)
(戦がお好きなのではないか。)
十四郎と新三郎の戦いぶりはよく似ている。あやめにはそう思える。半島と蝦夷地で、ふたりは別々に、同じような戦法を用いて、似通った覇業を成し遂げているのではないか。
(どちらも、今井の鉄砲を仰山使うておいでだわ。)
あやめは、なにか溜息をつくような思いだ。
「いよいよではないか?」
さほどの間もなく、あやめがその報を届けたとき、書院の上座から、新三郎は勢い込んで直截に尋ねた。
「左様でもあり、左様でないようでもあり……」
あやめは焦らしてやる。
いよいよ糸は張り出しているのは、たしかだ。しかし、ここからは、織り手の腕がいる。
(さまざまな糸を筬にかけて、一本の反物にするには、手順を間違ってはならぬ。どこで、どの糸を引くかが大事だ。)
「はっきりと申さぬか。」
「内府(内大臣)さまは、まだ関東に兵をお進めにはなられていません。奥州仕置はさらにその先。蝦夷島のおやかたさまを頼りになさるとすれば、そのあたりから、というのが本来でございましょう。」
「それでは、前と変わりがない。」
「ただ、内府さまともなられれば、ご官位をお与えになるのは、もはやほぼお心次第。いや、これは羽柴内大臣様が、天子様の御心をおくみになってのことでございますが。」
「まだるこい建前を申すな。」新三郎は思わず不敬な台詞を吐いたが、「で、どうなのだ。」
「上方のお伽衆某を、急がせましょう。」
宗久に念をおしてやる、というのだ。
「おお。」
新三郎だけではなく、満座の腹心たち―そこから外されている弟がもう少なくない―がどよめいた。
「ただ、お願いがございます。もしも近々にご官位のお沙汰ありましたら、必ず謹んでお受け下さりませぬでしょうか。五位の六位のといったところで、あるいは上国、下国の別などで、たとえご不満があっても、おためらいがあられませんよう。まずはお受けくださりたく。」
(それはどうでもいいのだ。若狭守であろうと検非違使であろうとなんであろうと、安東家に先んじ、羽柴秀吉に直属の立場を手に入れればそれでよい。)
(安東家が気づいても遅いように、ただの一度で決める。五位でも六位でも構わぬ、朝臣、秀吉直臣として対等の地位を手に入れてしまえば、こちらのもの。蝦夷島の自立がかなう。)
(いずれは秀吉の軍を背後に、まつろわぬ蝦夷地に睨みをきかせ、この松前で大名となれよう。)
「叙官は畏れ多くも主上たる天子様のお考え。勿論、どのようなものであろうと謹んで拝する。」
「おそれながら、まことに結構なお心構えと存じまする。……まずは除目とはそのようなものと聞き及びます。」
「……急がせよ。」
その夜、納屋の御寮人から堺の方にされたあやめに、新三郎は念を押すつもりでか、いってくる。
(こんなことをしながら……!)
あやめはひどく腹立たしく、また、馬鹿馬鹿しく感じてならない。あやめの開かされた足の間に新三郎はいて、そこから波打つ腹越しにこちらの表情を見上げている。
「おやかたさま、そのようなお話は、いまは……」
あやめは新三郎と目が合ってしまい、顔をそむけながらいった。厭わしい、不謹慎だ、とはいわない。
新三郎は案の定、勘違いしたらしく、いきり立って、あやめの躰に這い上るような姿勢になる。女を穿つ姿勢をとる。あやめは目を固く閉じた。
……
「あやめ、報せがあった。知ってはおらぬな?」
あやめの中にまだ肉体を沈めたまま、汗まみれの新三郎があやめの顎に指をかけ、こちらを向かせた。
あやめも荒い息がおさまらず、顔は上気したまま、目からは涙がこぼれている。全身が汗まみれだ。新三郎の肉とあやめの胎内とは、放った精が糸のようになって、まだ繋がっている。あやめの中は、まだ痺れがとれない。
(今夜は、ことにあらあらしかった……。こやつ、昂揚しておるのだ。)
「報せが? さて、わたくしのほうには、まだ……」
また、官位のことかと、やや濁ったままのあやめの頭では、勘違いしてしまう。
「そのような話を、閨などでするものではないだろう。」
それを聞いてあやめは少しあきれたが、新三郎は大まじめだ。
「違う話じゃ。」
「……何の報せでございましょう。」
新三郎は、ようやくあやめから離れると、あらためて毛深い胸に抱きかかえた。乱れた髪を、整えてやるように撫でる。
その手つきや調子から、あやめはわかる。
(やけに機嫌がよいな。)
だが、わからないのはその理由だ。
(官位がすぐに手に入るとはいってやらなかったはずだが……?)
「十四郎だが、あやつ、生きておったわ。」
(知ったか!……だが、どこまで知っている?)
「なんと。……ああ、なんということ。」
ここは、自分はそういうはずだろうと思えたことをいってみた。だが、別にそこまで偽りを演じるつもりでもないのに、あやめの目から自然に涙がひっきりなしに流れた。あやめは手で口を覆った。嗚咽が漏れる。
新三郎は、憐れむような目であやめの揺れる頭を眺めた。胸に涙が冷たい。
(そら涙ではないな。やはり、知らなかったのか。)
「どこにいらっしゃるのです? いかがしておいでなのです? ……まさか、まさか、ご赦免あるのでしょうか?」
(もしさであるなら、それでもよい。それがよい。……さよういわぬか、いったほうがよいぞ! 身のためだぞ!)
「……さにしてやってもよかったのだが。」
「え……?」
「もはや無理よ。」
新三郎は、溜息をついた。
「十四郎のやつめ、野盗に落ちぶれよった。」
「いかなることでございましょう?」
新三郎が与えた「知行地」のうち、蝦夷地に食い込んだいくつかの村で、送りこまれた蠣崎武士とお付きの商人が、襲われたという。「野盗」は村を略奪し、抵抗する和人たちを追いたててしてしまったという。その頭目は和人であり、柿崎十四郎を名乗ったというのだ。
(……ああ、そう思うてくれているのか。)
あやめは片手で覆った口からさも驚いたような息を漏らしながら、内心で安堵した。
各地の「知行地」で、揉め事が頻発している。たいていは松前から送りこまれた役人や商人が、不正を働くためだ。
米や酒と昆布、鮭、毛皮などとの交換が、村むらでおこなわれる蝦夷交易であり、「知行地」ではそれを蠣崎侍とそのおつき商人が専有しようとする。それだけで、村に出入りしていた蝦夷商人と軋轢を生むが、何とか折り合いをつければつけたで、今度は、和人たちはいわば交換レートを勝手にアイノに不利なように決めてしまおうとする。数を誤魔化す。容器を変える。渡す米俵が妙に小さかったりするが、昨年からこうだった、お前たちがおかしいと譲らない。最後には暴力で通してしまう。
もうひとつは、先年の戦の結果、困窮したアイノが続出すると、村長を喪った共同体はそれを保護しきれない。和人商人たちはそうしたなかでもとくに女に目をつけ、松前や奥州の女郎屋に叩き売ることをはじめている。
十四郎は、唐子やかれの顔が効きはじめた日ノ本南部に勝手に食い込まれた「知行地」はもちろん、蠣崎領にあたる近辺村落からも、そうした蠣崎侍や商人たちを追い出してしまおうとしている。まずは訴えをきき、和人にあからさまな不正があった場合は、力づくで退去させてしまうのだろう。そしてそのあとは、新三郎が殺したり追い立てたりしたために不在の村長を新しく据え、事実上の直轄地にしていた。
それだけで蠣崎蝦夷代官家と全面的な戦になってもおかしくない行為であり、あやめは肝を冷やしている。十四郎という糸が跳ねるのを、抑えたい気持ちすら起きていた。
(それを、野盗だと……。その程度に思いよるのは、好都合じゃ。ありがたい。)
「信じられませぬ。十四郎さまのようなおとなしい方が、盗賊を働くなど。」
「おぬしが十四郎と睦んだのは、何年前じゃ?」
「……。」
「その十四郎は、もういない。せっかく生きながらえていても、もう昔の十四郎には戻れぬ。」
新三郎は、憎々しげでもなく、またあやめに皮肉をいうでもなく、淡々とした口調である。
「松前で勤まらず、蝦夷地に奔って、そこでも食い詰めた侍の行く末は、おおむねかくのごとしじゃ。儂は驚かぬ。」
(その思い込みが、目を曇らせているのじゃ。)
当の「知行地」から逃げ帰った蠣崎侍どもや商人たちも、まともな報告をあげないのだろう。新三郎が不正を命じたわけではない。大方針としての黙認があるから、そうしたのだが、それを言明するわけにもいかないから、野盗に襲撃され、寡兵のためむなしくいったん退去したが、立て直して再度村に向かう、でお咎めなしに済ませたいのだろう。
「それに、たしかにまことの十四郎ばかりではないらしい。上ノ国より北に出ておる村上などに調べさせたが、蠣崎の残党を名乗る連中は山ほどいて、十四郎なのかどうかもわからぬと。」
「村上……さま?」
「おぬしが連れて行ってやった、あの村上よ。」
知っている。トク―徳兵衛はうまく村上兵衛門様を抱き込んでいるらしい。それにしても、噂の攪乱か。そこまでやってくれるとは、お方さまの従兄も存外に役に立つ。
そもそも蠣崎家中は、割れているな、とあやめは改めて思った。
渡党の筋目でいえば、蠣崎家が一番あやしい。渡党といっても二通りありそうだとあやめは知った。蠣崎などは、新三郎がいまは末雨で一族のように扱っている、同姓の津軽の土豪出身の一家の出ですらない。こちらから津軽や秋田に渡るに慣れ、侍の風を身につけたアイノ商人の出なのではないか。蠣崎などという名は、後からくっつけたのではないか。
(なにが武田家よ。間違いなく安東家について蝦夷島に渡ってきた、昔の舘の主たち……村上家なぞは、風下に立たされているのが面白くもなかろう。)
(それに、新三郎以下、みなそれぞれに結構聡い兄弟が、多すぎるのだ。)
(十四郎さまにとて、このごろは、蠣崎の血を感じる。)
(戦がお好きなのではないか。)
十四郎と新三郎の戦いぶりはよく似ている。あやめにはそう思える。半島と蝦夷地で、ふたりは別々に、同じような戦法を用いて、似通った覇業を成し遂げているのではないか。
(どちらも、今井の鉄砲を仰山使うておいでだわ。)
あやめは、なにか溜息をつくような思いだ。
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