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三の段 なやみ さまざまな糸(六)
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(ああ、ありがたい、すまぬ、すずめ。……もしお咎めがあっても、そのときはわたくしが必ず守ってやるから!)
「あやめ、なにをいった?」
「去ってくれ、と申しました!」
「悪い和人とは、儂のことだな?」
(しまった、新三郎も、片言を解するのか!)
「おぬし、勝ったつもりか?!」
新三郎はどうも激怒しているらしい。あやめに足払いをかけて引き倒し、乱暴に着物をはぐ。
騒ぎを聞いて駆け寄ってきた使い女たちが、息を呑んで逃げ去った。
「……。」
「自惚れるでないわ。」
「……なにをおっしゃいますやら?」
「箱館で、なにをしておる?」
いいながら新三郎は、あやめの胸乳をあらわにしてしまい、乳首にむしゃぶりついた。あやめは腹立たしい限りだ。
「……お許しは、いただいております。……納屋の倉庫を直し、すこし広げようかと。あ、店にも、ゆくゆくは。」
「それどころではない。松前を出ていこうとしているのであろう?」
(そこまでなぜわかったか?)
「……以前にも申し上げましたかと存じますが、箱館は天下の良港にて、いずれは松前に並ぶ繁華な……あっ、痛っ」
新三郎が乳首に歯を立てた。
「おぬしは、松前を捨てて、納屋を箱館に移そうとしておろう。儂から逃げようというのか? 逃がさぬ。」
「滅相もござ……」
あやめの言葉が途切れた。眉間に皺が刻まれる。
新三郎は、あやめの乳首の色が変わっていくのを、満足げに見下ろした。
そもそもは、明るい場所で一度あやめを抱きたいという思いがあった。あの美しい躰と可愛らしい表情を、黄色い 蝋燭の灯や月明かりの下ではなく、自然光でまじまじと目にしたい。自分のものにしたと実感したい。そんな恋する若者の憧れのような望みを抱いていたところに、あやめの隠れた意図を知った怒りの火がついた。その火に煽られて、乱暴を働いている。
「そして、箱館の納屋に十四郎を迎えようというのじゃろう?」
あやめは衝撃をうけて、硬直した。新三郎はどこまで調べたというのか。なにを知っているのか。
「図星か。躰でわかったぞ。」
(……知らないのか?)
「愚か者め。十四郎はとっくに野たれ死んだわ。いくら待っても、帰りはせぬ。」
「ああ……。」
どう聴こえたかは知らないが、安堵のため息であった。まだ、たいしたことは知られていない。店の中の金の動き、自分の頻繁な箱館視察が漏れているくらいだろう。たしかに、表の帳簿にもわかるほど、箱館には金を使っている。もしかしたら、お方さまとの会話があったのかもしれぬ。
とにかく、十四郎のことはまだ大半が秘密裏に進んでいるようだ。蝦夷地での十四郎の活躍すら、意外にも松前大舘には伝わっていない。
(蠣崎新三郎の、これが弱み。こやつは、蝦夷代官でありながら、蝦夷地のことをやはり何も知らん。ただこの半島の南端から、出羽あたりを超えて、上方ばかりをみておる。)
「なぜ、わからぬ。なぜ、あきらめぬ。あやつは、あの馬鹿が、死んでしもうたのだっ。」
「死んでおられませぬ!」
あやめは叫んだ。泣きはしないが、泣き声にはなる。たしかに、我慢しないと、十四郎のことを口にのぼせただけで、いつでも泣いてしまうのだ。
「絶対にどこかで生きておられる。帰りたいと望んでおられるはずじゃ。だから、わたくしも……お許しがあって、お帰りになられる日を、夢にみてしまうことがございましょう。どうしても松前がいけなければ、別の町ならいいかもしれない、と。」
「愚か者め。未練じゃ。」
「手前の初色(初恋)だったのでございます。た、たとえ……」そう考えただけで恐ろしく、自然に声が震えた。「もしも、もう、もう、……な、亡くなってしまわれたとしてもっ。」
「わかっておるではないか。」
新三郎は、厭がるあやめの手を持ち上げ、露わになった腋下に唇を当てた。
「あきらめてはおりませんが、よしんばあきらめても、そう簡単に忘れはできますまい。それは、不貞や不義密通だとも?」
「そうじゃ!」
新三郎は顔をあげ、噛みつくように胸に唇を滑らせる。そして、あやめの白い下腹部にむしゃぶりついた。
(ほお?)
あやめは意外だった。
(独り占めしたいのか、この蝦夷島の何もかも。)
(だが、なにを? ひとの心さえも?)
(そもそものはじまりから、あんなことをしておいても、躰ばかりではなく、わたくしの心まで欲しいのか?)
(そんな虫のいい話があるかえ?)
あやめは、躰の力を抜いた。
(よかった。肝が冷えた。こやつは、たいしたことは知っていないようだ。)
陽の光が眩しくて仕方がない。あやめは目を細め、遠くからこちらを覗いている者がいないかだけを気にすることにした。
(これが、十四郎さまとであれば、恥ずかしくても、切なく、うれしく、たのしいであろうなあ。お顔もなにもかも、よく見えただろう。あの、猫のようにお外でじゃれあい、抱き合ったときが、そうであったなあ。)
新三郎の手も大きく、指も長い。そこは十四郎とどこか似ていたが、指は冷たく感じた。そして、今日はやや急いでいるかのようで、いつも以上にひどく乱暴である。
(あやめ、情けないぞ、お前は、いったい、いつまで……。)
新三郎の内心には悲哀と、怒りがある。それは死んでしまった弟にではなく、目の前の女の愚かさに向いていた。いつまでも意地を張って死人に操をたて、どうしようというのか。死人相手に未来は開けぬ。どこまで過去ばかりにかまけているのか、……と嘆いて、気づいてしまった。
(おれが相手になってしまったから、余計に意固地になっておるのか? そうであろう。おれを恨み、憎んでおるからな。)
(おれのせいだな。もし店によい婿でも迎えていれば、今頃、死んだ十四郎のことなど忘れていたかもしれぬ。それを、おれが手籠めにして、室に召したために、こんな風になってしまいおった。)
(だが、おれはこの女が欲しかったのだ。蠣崎の家の女にしたくて、ならなかったのだ。ああするより他にあったか? ない! なかったのだ、あやめよ!)
そのあやめは勿論、新三郎の内心に興味はない。怒りに脳を熱くしながら、もう自分一人の中に閉じこもって刺激を受け止めることにしている。
(ああ、この指が、十四郎さまのやさしいお指であったならばな……。)
(ここは、オク、……タプ、……ここは、ラム(胸)か。……ト? 乳は、トットかな?……)
(いつだったか? あのお方は、トットを吸ってというたのに、ラムの間を舐められて、ふ、ふふふ、ふふ……)
(腿。オム、じゃったな?)
(おぼえてしまったよ。ここは、ホーというのか……)
「あやめ、なにをいった?」
「去ってくれ、と申しました!」
「悪い和人とは、儂のことだな?」
(しまった、新三郎も、片言を解するのか!)
「おぬし、勝ったつもりか?!」
新三郎はどうも激怒しているらしい。あやめに足払いをかけて引き倒し、乱暴に着物をはぐ。
騒ぎを聞いて駆け寄ってきた使い女たちが、息を呑んで逃げ去った。
「……。」
「自惚れるでないわ。」
「……なにをおっしゃいますやら?」
「箱館で、なにをしておる?」
いいながら新三郎は、あやめの胸乳をあらわにしてしまい、乳首にむしゃぶりついた。あやめは腹立たしい限りだ。
「……お許しは、いただいております。……納屋の倉庫を直し、すこし広げようかと。あ、店にも、ゆくゆくは。」
「それどころではない。松前を出ていこうとしているのであろう?」
(そこまでなぜわかったか?)
「……以前にも申し上げましたかと存じますが、箱館は天下の良港にて、いずれは松前に並ぶ繁華な……あっ、痛っ」
新三郎が乳首に歯を立てた。
「おぬしは、松前を捨てて、納屋を箱館に移そうとしておろう。儂から逃げようというのか? 逃がさぬ。」
「滅相もござ……」
あやめの言葉が途切れた。眉間に皺が刻まれる。
新三郎は、あやめの乳首の色が変わっていくのを、満足げに見下ろした。
そもそもは、明るい場所で一度あやめを抱きたいという思いがあった。あの美しい躰と可愛らしい表情を、黄色い 蝋燭の灯や月明かりの下ではなく、自然光でまじまじと目にしたい。自分のものにしたと実感したい。そんな恋する若者の憧れのような望みを抱いていたところに、あやめの隠れた意図を知った怒りの火がついた。その火に煽られて、乱暴を働いている。
「そして、箱館の納屋に十四郎を迎えようというのじゃろう?」
あやめは衝撃をうけて、硬直した。新三郎はどこまで調べたというのか。なにを知っているのか。
「図星か。躰でわかったぞ。」
(……知らないのか?)
「愚か者め。十四郎はとっくに野たれ死んだわ。いくら待っても、帰りはせぬ。」
「ああ……。」
どう聴こえたかは知らないが、安堵のため息であった。まだ、たいしたことは知られていない。店の中の金の動き、自分の頻繁な箱館視察が漏れているくらいだろう。たしかに、表の帳簿にもわかるほど、箱館には金を使っている。もしかしたら、お方さまとの会話があったのかもしれぬ。
とにかく、十四郎のことはまだ大半が秘密裏に進んでいるようだ。蝦夷地での十四郎の活躍すら、意外にも松前大舘には伝わっていない。
(蠣崎新三郎の、これが弱み。こやつは、蝦夷代官でありながら、蝦夷地のことをやはり何も知らん。ただこの半島の南端から、出羽あたりを超えて、上方ばかりをみておる。)
「なぜ、わからぬ。なぜ、あきらめぬ。あやつは、あの馬鹿が、死んでしもうたのだっ。」
「死んでおられませぬ!」
あやめは叫んだ。泣きはしないが、泣き声にはなる。たしかに、我慢しないと、十四郎のことを口にのぼせただけで、いつでも泣いてしまうのだ。
「絶対にどこかで生きておられる。帰りたいと望んでおられるはずじゃ。だから、わたくしも……お許しがあって、お帰りになられる日を、夢にみてしまうことがございましょう。どうしても松前がいけなければ、別の町ならいいかもしれない、と。」
「愚か者め。未練じゃ。」
「手前の初色(初恋)だったのでございます。た、たとえ……」そう考えただけで恐ろしく、自然に声が震えた。「もしも、もう、もう、……な、亡くなってしまわれたとしてもっ。」
「わかっておるではないか。」
新三郎は、厭がるあやめの手を持ち上げ、露わになった腋下に唇を当てた。
「あきらめてはおりませんが、よしんばあきらめても、そう簡単に忘れはできますまい。それは、不貞や不義密通だとも?」
「そうじゃ!」
新三郎は顔をあげ、噛みつくように胸に唇を滑らせる。そして、あやめの白い下腹部にむしゃぶりついた。
(ほお?)
あやめは意外だった。
(独り占めしたいのか、この蝦夷島の何もかも。)
(だが、なにを? ひとの心さえも?)
(そもそものはじまりから、あんなことをしておいても、躰ばかりではなく、わたくしの心まで欲しいのか?)
(そんな虫のいい話があるかえ?)
あやめは、躰の力を抜いた。
(よかった。肝が冷えた。こやつは、たいしたことは知っていないようだ。)
陽の光が眩しくて仕方がない。あやめは目を細め、遠くからこちらを覗いている者がいないかだけを気にすることにした。
(これが、十四郎さまとであれば、恥ずかしくても、切なく、うれしく、たのしいであろうなあ。お顔もなにもかも、よく見えただろう。あの、猫のようにお外でじゃれあい、抱き合ったときが、そうであったなあ。)
新三郎の手も大きく、指も長い。そこは十四郎とどこか似ていたが、指は冷たく感じた。そして、今日はやや急いでいるかのようで、いつも以上にひどく乱暴である。
(あやめ、情けないぞ、お前は、いったい、いつまで……。)
新三郎の内心には悲哀と、怒りがある。それは死んでしまった弟にではなく、目の前の女の愚かさに向いていた。いつまでも意地を張って死人に操をたて、どうしようというのか。死人相手に未来は開けぬ。どこまで過去ばかりにかまけているのか、……と嘆いて、気づいてしまった。
(おれが相手になってしまったから、余計に意固地になっておるのか? そうであろう。おれを恨み、憎んでおるからな。)
(おれのせいだな。もし店によい婿でも迎えていれば、今頃、死んだ十四郎のことなど忘れていたかもしれぬ。それを、おれが手籠めにして、室に召したために、こんな風になってしまいおった。)
(だが、おれはこの女が欲しかったのだ。蠣崎の家の女にしたくて、ならなかったのだ。ああするより他にあったか? ない! なかったのだ、あやめよ!)
そのあやめは勿論、新三郎の内心に興味はない。怒りに脳を熱くしながら、もう自分一人の中に閉じこもって刺激を受け止めることにしている。
(ああ、この指が、十四郎さまのやさしいお指であったならばな……。)
(ここは、オク、……タプ、……ここは、ラム(胸)か。……ト? 乳は、トットかな?……)
(いつだったか? あのお方は、トットを吸ってというたのに、ラムの間を舐められて、ふ、ふふふ、ふふ……)
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