えぞのあやめ

とりみ ししょう

文字の大きさ
上 下
65 / 210

二の段 蠣崎家のほうへ 三度目の冬―奈落の底(六) 

しおりを挟む
 
「のう、堺……あやめよ。」
 手の力を緩め、胸から腹や背中を撫でるように動かしながら、新三郎は話しかけた。
「……」
 あやめは目をつぶって黙っている。上唇を巻くようにして、耐えている。
 新三郎の躰に跨らされていた。躰に深く侵入する異物がつらい。強要されたはげしい運動に汗が流れ、苦しい息が漏れた。
「もう、答えられぬのか? それほどに上乗りはよいか?」
「……なんでございましょう?」
 癇に障って、つい答えたのが運の尽きであるといえた。
「この恰好は、十四郎ともしたか?」
 あやめは息を呑んだ。新三郎が弟のことをこんな際でいうのは、しばらくは聞いた覚えがない。不意をつかれた。
(やはり、ここか。……まだ、な。)
 新三郎も十四郎のことなど口にしたいわけではないが、これで攻めてやろうと思う。
「十四郎とは、どうであった? いまのほうが、よいであろう?」
「……」
「答えよ。この恰好、やつは巧みだったか? さほどでもなかろう?」
「存じませぬ。……っ?」
 新三郎は女の腰を掴んで強く刺しこみ、その状態で前後にゆらす。一連の動作を反復した。あやめは呻きを漏らす。
「こんなふうにしてくれたか?」
「……お答えいたしませぬ。はしたない、そんな、はしたないことぉ……」
 語尾が惨めに伸びた。
「なにを申しておる。おぬしこそが、このように、はしたないではないか。このはすっぱめ。」
「……ああ、違う、違う。」
「その口の利き方は何じゃ。」
 新三郎はあやめの頬を平手で張った。ほんの軽くのつもりが、爆ぜるような音がして、あやめの頭がかしぐ。
「……!」
 あやめは思わず、こちらを横眼で冷たく睨んだようだ。
 ふん、と笑って、新三郎はあやめの腰を深く前に引いた。あやめの息が詰まる。
「答えよ。十四郎のものは、」新三郎は、ひどく露骨に十四郎の躰の形態について訊いた。「儂とくらべて、どうであった?」
 いいながら、腰をくねらせるように突き上げた。
「存じませぬっ。」
 汗が散るほどに、あやめはのけぞった。ぶるぶると顔を振るのは、否定の仕草か、それとも、頭にのぼった感覚を払おうとでもしているのか。
「知らぬわけがあるか。両方、味わっておるのだ、おぬしは。」
 あやめは悲鳴をあげた。怒りよりも、悲嘆の念に打ちのめされる。目を固く閉じて、頭を振った。
(そうだ、わたくしは不貞を働いている!)
(兄弟ともに交わる、犬畜生だ、わたくしは!)
 悲しみが炸裂して物狂いのようになっているあやめに下から打ち込みながら、新三郎は落ち着いて計算している。十四郎のほうがよいか、と重ねて聞けば、自暴自棄になって、そうだと答えかねない。それではつまらぬので、訊ね方を考える。
 動きを緩めて、あやめを少しは落ち着かせるようにしながら、また訊ねた。
「あやつのものは、儂のものよりも?」
 あやめはぶるぶると全身を震わせた。答えない、決して答えないという意思表示であろう。そこを新三郎の手が襲う。あやめの躰の硬く尖ってしまった個所をつつき、ねじった。
「十四郎はどうだったか、と聞いておる。」
 あやめはもう、その名を出されるだけで心が引き裂かれるようだ。仇ともいうべき男の上で、腰を振らされ、わなないている自分の身が厭わしい。厭わしくて耐えられない。たえまない刺激に耐えるだけでいつも精いっぱいなのに、さらに心まで攻められて、次第に意識の統御がきかなくなっていた。
「蝦夷の女がいいおったそうだが、な。」
「……?」
「蝦夷の男のそれは、ああみえて、たいしたことがない。物足りぬ、と。その段だと、あやつも」
「十四郎さまは」十四郎が侮辱される、とあやめは口を挟む。蘇った怒りに襲われた。いってやろう、と叫びかける。「あなたさまよりも、ずっと」
「ずっと、どうであるかな?」
 にやりと笑って、また強く突いた。
(あっ、わたくしは、なんという……)
 あやめは哭き声をたてながら、持ち上げられる。宙を仰ぎながら、涙が噴き上がるのがわかった。
(わたくしこそが、十四郎さまを辱めたっ!)
(こやつの前で、なにをいおうとした? こやつと比較しようとした?)
(なんという女だ、わたくしは……。)
(穢された、穢された、穢された、身だけではなく、心まで穢されていたっ)
(どうか、お許しを。十四郎さま……)
(……許されるはずがない。淫婦めが。仇同然の兄弟にともに抱かれるとは、もはや度し難い淫奔。「堺の方」が!)
(なんというざまだ。けだものか、あやめは。)
 いつの間にか顔が涙に濡れていた。力が抜けて支えきれない躰が、男の胸に前のめりに倒れている。新三郎はあやめの尻を掴んで密着させ、しきりに突き上げている。
「気をやりおったのか? どうであるのか、いわぬか?」
(あ、顔が冷たい……泣いてしまったな、わたくしは。)
(十四郎さまの前でだけ泣くと誓ったのに。誓いが破れてしまった。)
(こんなことでは、もうお会いできぬな。いや、もとより、こうなってしまった女に、会う顔などないのだ。)
(それは、つらいな。ひどくつらい。生きていても仕方がないな。)
(死のう。消えてしまおう。)
 あやめはぼんやりとしてしまったが、それが自然なことであるかのように決意し、舌を噛んだ。

 頤が強く抑えられる。血が少し出ただけである。新三郎の手があやめの頤を掴んで口を開かせ、指を入れて、それ以上噛み入れるのを防いだ。
「馬鹿、あやめっ。」
 頤を固定する指の締めつけのほうが痛くて、あやめはぼろぼろと涙を流す。
「舌など噛み切っても、なかなか死ねぬわ、痴れ者めが。」
 あやめは、腑抜けてしまったような眼の色である。新三郎の指を噛んでいた力も抜ける。
「死なせはせぬ。決して死なせてやらぬ。」
「……あ、ああ。」
「ここで舌を噛み切ったとしても、口がきけなくなるのみよ。」
 驚くべきことに、新三郎は、あやめの頤を片手で掴んだまま、腰を動かしはじめた。あやめはただ呻くばかりで、茫然としている。そのあやめの中で、新三郎は爆ぜた。あやめはそれを受けて痙攣し、白い尻が細かく震えた。開け放しの口から獣のような呻き声を発する。
 あやめの頤から力が抜けたのを確認すると、新三郎は手を放し、女を自分の身体から落した。
 床に転がったあやめは放心状態である。口は涎が垂れてなかば開き、叢から腿までは体液に濡れたまま、身じろぎもしない。
 新三郎は仰向けの顔をむけて、それをじっとみている。指の一本が、あやめの歯で軽く傷ついたのを眺めた。大したことはないが、血が流れている。利き手ではあるが、大過はない。起き直って、寝具の上に座ったまま、なおも黙ってみつづけた。

 案の定、コハルは憤怒した。
(勘弁ならぬ。蠣崎新三郎は、刺し違えてでもこの儂が殺す。)
「大舘には、今より入れるな? 儂は一度忍び入ったことがあるが、お屋形が新三郎になったいまも、さほど警固はかわらぬか?」
「おかしら様。それは手引きいたしますが、御短慮は、あなた様にも似合わぬ。」
「なにが短慮ぞっ! もう我慢ならん。主命に背いても、新三郎は即刻地獄に落さねば、儂の気がすまぬ。御寮人さまもきっと、それでよかったといってくださるわ!」
「どうであろうか。御寮人さまにはお考えがある、『図』をお持ちだ、といわれたのはおかしらでありましたのう。」
「そこまでされてのお考えというのが、もう儂には納得いかぬ。」
「新三郎を必ず亡き者にできるか。」
「できるであろう。」
コハルとしてはみずからの手で今すぐ切り刻みたいが、もちろん、なんとでも手はある。
「蠣崎の家の者を皆殺しにはできぬでしょう。」
「できぬ。だが、新三郎だけは除かねば気が済まぬ。」
「あれの弟どもや、子どもは新三郎よりましなお屋形になれまするか? 御曹司さまはお帰りになられますか?」
「御寮人さまと同じことをいうか。もう、そういうことではない。こうまで御寮人さまを穢したのが許せぬ。」
「おかしらさま。……納屋今井での名は、コハルか。」
 女は、今井宗久の声色を真似た。老人のやや深い声が、若い女の細い咽喉から出るのは、奇妙であった。
「コハル、よく考えよ。おぬしが万が一下手なことをすれば、あやめが殺されるのではないか。店の者などより先に、まず、あやめじゃ。代官はさすがの手練れ。もし相打ちにでもなってみよ。おぬしの図体が新三郎なるものの骸に折り重なれば、一目瞭然。それはもちろんのことじゃが、もはや、どううまく細工したところで、新三郎が急に死ねば、『堺の方』が真っ先に疑われような。おぬしほどの者が、それがわからぬほど頭に血が上ったか、コハル?」
「きさま……」
「ご無礼したよ。だが、おかしら、厭な話だが、続きはある。それを聞いて考えられよ。」

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

雲隠れ-独眼竜淡恋奇譚-

紺坂紫乃
歴史・時代
戦国の雄――伊達政宗。彼の研究を進めていく祖父が発見した『村咲(むらさき)』という忍びの名を発見する。祖父の手伝いをしていた綾希は、祖父亡き後に研究を進めていく第一部。 第二部――時は群雄割拠の戦国時代、後の政宗となる梵天丸はある日異人と見紛うユエという女忍びに命を救われた。哀しい運命を背負うユエに惹かれる政宗とその想いに決して答えられないユエこと『村咲』の切ない恋の物語。

劉備が勝つ三国志

みらいつりびと
歴史・時代
劉備とは楽団のような人である。 優秀な指揮者と演奏者たちがいるとき、素晴らしい音色を奏でた。 初期の劉備楽団には、指揮者がいなかった。 関羽と張飛という有能な演奏者はいたが、彼らだけではよい演奏にはならなかった。 諸葛亮という優秀なコンダクターを得て、中国史に残る名演を奏でることができた。 劉備楽団の演奏の数々と終演を描きたいと思う。史実とは異なる演奏を……。 劉備が主人公の架空戦記です。全61話。 前半は史実寄りですが、徐々に架空の物語へとシフトしていきます。

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

水野勝成 居候報恩記

尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。 ⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。 ⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。 ⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/ 備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。 →本編は完結、関連の話題を適宜更新。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

連合艦隊司令長官、井上成美

ypaaaaaaa
歴史・時代
2・26事件に端を発する国内の動乱や、日中両国の緊張状態の最中にある1937年1月16日、内々に海軍大臣就任が決定していた米内光政中将が高血圧で倒れた。命には別状がなかったものの、少しの間の病養が必要となった。これを受け、米内は信頼のおける部下として山本五十六を自分の代替として海軍大臣に推薦。そして空席になった連合艦隊司令長官には…。 毎度毎度こんなことがあったらいいな読んで、楽しんで頂いたら幸いです!

処理中です...