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二の段 蠣崎家のほうへ 三度目の冬―奈落の底(六)
しおりを挟む「のう、堺……あやめよ。」
手の力を緩め、胸から腹や背中を撫でるように動かしながら、新三郎は話しかけた。
「……」
あやめは目をつぶって黙っている。上唇を巻くようにして、耐えている。
新三郎の躰に跨らされていた。躰に深く侵入する異物がつらい。強要されたはげしい運動に汗が流れ、苦しい息が漏れた。
「もう、答えられぬのか? それほどに上乗りはよいか?」
「……なんでございましょう?」
癇に障って、つい答えたのが運の尽きであるといえた。
「この恰好は、十四郎ともしたか?」
あやめは息を呑んだ。新三郎が弟のことをこんな際でいうのは、しばらくは聞いた覚えがない。不意をつかれた。
(やはり、ここか。……まだ、な。)
新三郎も十四郎のことなど口にしたいわけではないが、これで攻めてやろうと思う。
「十四郎とは、どうであった? いまのほうが、よいであろう?」
「……」
「答えよ。この恰好、やつは巧みだったか? さほどでもなかろう?」
「存じませぬ。……っ?」
新三郎は女の腰を掴んで強く刺しこみ、その状態で前後にゆらす。一連の動作を反復した。あやめは呻きを漏らす。
「こんなふうにしてくれたか?」
「……お答えいたしませぬ。はしたない、そんな、はしたないことぉ……」
語尾が惨めに伸びた。
「なにを申しておる。おぬしこそが、このように、はしたないではないか。このはすっぱめ。」
「……ああ、違う、違う。」
「その口の利き方は何じゃ。」
新三郎はあやめの頬を平手で張った。ほんの軽くのつもりが、爆ぜるような音がして、あやめの頭がかしぐ。
「……!」
あやめは思わず、こちらを横眼で冷たく睨んだようだ。
ふん、と笑って、新三郎はあやめの腰を深く前に引いた。あやめの息が詰まる。
「答えよ。十四郎のものは、」新三郎は、ひどく露骨に十四郎の躰の形態について訊いた。「儂とくらべて、どうであった?」
いいながら、腰をくねらせるように突き上げた。
「存じませぬっ。」
汗が散るほどに、あやめはのけぞった。ぶるぶると顔を振るのは、否定の仕草か、それとも、頭にのぼった感覚を払おうとでもしているのか。
「知らぬわけがあるか。両方、味わっておるのだ、おぬしは。」
あやめは悲鳴をあげた。怒りよりも、悲嘆の念に打ちのめされる。目を固く閉じて、頭を振った。
(そうだ、わたくしは不貞を働いている!)
(兄弟ともに交わる、犬畜生だ、わたくしは!)
悲しみが炸裂して物狂いのようになっているあやめに下から打ち込みながら、新三郎は落ち着いて計算している。十四郎のほうがよいか、と重ねて聞けば、自暴自棄になって、そうだと答えかねない。それではつまらぬので、訊ね方を考える。
動きを緩めて、あやめを少しは落ち着かせるようにしながら、また訊ねた。
「あやつのものは、儂のものよりも?」
あやめはぶるぶると全身を震わせた。答えない、決して答えないという意思表示であろう。そこを新三郎の手が襲う。あやめの躰の硬く尖ってしまった個所をつつき、ねじった。
「十四郎はどうだったか、と聞いておる。」
あやめはもう、その名を出されるだけで心が引き裂かれるようだ。仇ともいうべき男の上で、腰を振らされ、わなないている自分の身が厭わしい。厭わしくて耐えられない。たえまない刺激に耐えるだけでいつも精いっぱいなのに、さらに心まで攻められて、次第に意識の統御がきかなくなっていた。
「蝦夷の女がいいおったそうだが、な。」
「……?」
「蝦夷の男のそれは、ああみえて、たいしたことがない。物足りぬ、と。その段だと、あやつも」
「十四郎さまは」十四郎が侮辱される、とあやめは口を挟む。蘇った怒りに襲われた。いってやろう、と叫びかける。「あなたさまよりも、ずっと」
「ずっと、どうであるかな?」
にやりと笑って、また強く突いた。
(あっ、わたくしは、なんという……)
あやめは哭き声をたてながら、持ち上げられる。宙を仰ぎながら、涙が噴き上がるのがわかった。
(わたくしこそが、十四郎さまを辱めたっ!)
(こやつの前で、なにをいおうとした? こやつと比較しようとした?)
(なんという女だ、わたくしは……。)
(穢された、穢された、穢された、身だけではなく、心まで穢されていたっ)
(どうか、お許しを。十四郎さま……)
(……許されるはずがない。淫婦めが。仇同然の兄弟にともに抱かれるとは、もはや度し難い淫奔。「堺の方」が!)
(なんというざまだ。けだものか、あやめは。)
いつの間にか顔が涙に濡れていた。力が抜けて支えきれない躰が、男の胸に前のめりに倒れている。新三郎はあやめの尻を掴んで密着させ、しきりに突き上げている。
「気をやりおったのか? どうであるのか、いわぬか?」
(あ、顔が冷たい……泣いてしまったな、わたくしは。)
(十四郎さまの前でだけ泣くと誓ったのに。誓いが破れてしまった。)
(こんなことでは、もうお会いできぬな。いや、もとより、こうなってしまった女に、会う顔などないのだ。)
(それは、つらいな。ひどくつらい。生きていても仕方がないな。)
(死のう。消えてしまおう。)
あやめはぼんやりとしてしまったが、それが自然なことであるかのように決意し、舌を噛んだ。
頤が強く抑えられる。血が少し出ただけである。新三郎の手があやめの頤を掴んで口を開かせ、指を入れて、それ以上噛み入れるのを防いだ。
「馬鹿、あやめっ。」
頤を固定する指の締めつけのほうが痛くて、あやめはぼろぼろと涙を流す。
「舌など噛み切っても、なかなか死ねぬわ、痴れ者めが。」
あやめは、腑抜けてしまったような眼の色である。新三郎の指を噛んでいた力も抜ける。
「死なせはせぬ。決して死なせてやらぬ。」
「……あ、ああ。」
「ここで舌を噛み切ったとしても、口がきけなくなるのみよ。」
驚くべきことに、新三郎は、あやめの頤を片手で掴んだまま、腰を動かしはじめた。あやめはただ呻くばかりで、茫然としている。そのあやめの中で、新三郎は爆ぜた。あやめはそれを受けて痙攣し、白い尻が細かく震えた。開け放しの口から獣のような呻き声を発する。
あやめの頤から力が抜けたのを確認すると、新三郎は手を放し、女を自分の身体から落した。
床に転がったあやめは放心状態である。口は涎が垂れてなかば開き、叢から腿までは体液に濡れたまま、身じろぎもしない。
新三郎は仰向けの顔をむけて、それをじっとみている。指の一本が、あやめの歯で軽く傷ついたのを眺めた。大したことはないが、血が流れている。利き手ではあるが、大過はない。起き直って、寝具の上に座ったまま、なおも黙ってみつづけた。
案の定、コハルは憤怒した。
(勘弁ならぬ。蠣崎新三郎は、刺し違えてでもこの儂が殺す。)
「大舘には、今より入れるな? 儂は一度忍び入ったことがあるが、お屋形が新三郎になったいまも、さほど警固はかわらぬか?」
「おかしら様。それは手引きいたしますが、御短慮は、あなた様にも似合わぬ。」
「なにが短慮ぞっ! もう我慢ならん。主命に背いても、新三郎は即刻地獄に落さねば、儂の気がすまぬ。御寮人さまもきっと、それでよかったといってくださるわ!」
「どうであろうか。御寮人さまにはお考えがある、『図』をお持ちだ、といわれたのはおかしらでありましたのう。」
「そこまでされてのお考えというのが、もう儂には納得いかぬ。」
「新三郎を必ず亡き者にできるか。」
「できるであろう。」
コハルとしてはみずからの手で今すぐ切り刻みたいが、もちろん、なんとでも手はある。
「蠣崎の家の者を皆殺しにはできぬでしょう。」
「できぬ。だが、新三郎だけは除かねば気が済まぬ。」
「あれの弟どもや、子どもは新三郎よりましなお屋形になれまするか? 御曹司さまはお帰りになられますか?」
「御寮人さまと同じことをいうか。もう、そういうことではない。こうまで御寮人さまを穢したのが許せぬ。」
「おかしらさま。……納屋今井での名は、コハルか。」
女は、今井宗久の声色を真似た。老人のやや深い声が、若い女の細い咽喉から出るのは、奇妙であった。
「コハル、よく考えよ。おぬしが万が一下手なことをすれば、あやめが殺されるのではないか。店の者などより先に、まず、あやめじゃ。代官はさすがの手練れ。もし相打ちにでもなってみよ。おぬしの図体が新三郎なるものの骸に折り重なれば、一目瞭然。それはもちろんのことじゃが、もはや、どううまく細工したところで、新三郎が急に死ねば、『堺の方』が真っ先に疑われような。おぬしほどの者が、それがわからぬほど頭に血が上ったか、コハル?」
「きさま……」
「ご無礼したよ。だが、おかしら、厭な話だが、続きはある。それを聞いて考えられよ。」
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