えぞのあやめ

とりみ ししょう

文字の大きさ
上 下
64 / 210

二の段 蠣崎家のほうへ 三度目の冬―奈落の底(五) 

しおりを挟む
 新三郎は一向に崩れてこない(ようにみえる)あやめに手を焼く思いだ。白い躰の隅から隅まで味わい、あやめが怖気を振って首を振る屈辱的な行為も強要した。ときにはあやめも、十四郎とでは知らなかった内部の感覚に無理やりに気づかされている。新三郎にもわかるほど、驚きと戸惑いに目を見張っている気配すらも、ときにはあるのだ。
 だが、新三郎にいくらかでも心を寄せるそぶりは、いっこうに見えなかった。気が変わって優しく抱いてやるつもりのときですら、そうである。睦言にも応じず、ほぼ無言で、ただ息を荒くするくらいの木偶人形のようであるくらいなら、恐怖や嫌悪や哀願の悲鳴を上げさせてやったほうがましであったから、つい猛々しく、痛めつけるのが主になる。
 受胎を恐れ、望まぬ様子は決して消えない。それが、新三郎からすれば我が儘で、腹立たしい。これは家の主が側女に対する態度として、この時代には正当であるといえた。精を放つ気配を自分がみせたときに、子を宿そうと努める色を決して見せないのは、「堺の方」としては心得違いなのである。
 そのときにはもううわ言のようなものとはいえ、「厭」だの「お許しを」だのと拒絶や忌避のことばしか吐くことがない、無礼はどうであろうか。自分がふと目を離したすきに、懐紙を使って必死で精を掻きだそうとする様には、侮蔑されているとしか思えぬ怒りを覚え、何度も頬に平手を打ってやった。蹴り倒してやったときもある。
 
 一度は諄々といいきかせようとした。昂奮が冷めたあとの新三郎の気が逸れたのをみて、後ろ向きになって慌てたように懐紙を使いはじめたあやめを抱きかかえて、床にともに臥させた。
「あやめ、そこまで儂が憎いか? 厭わしいか?」
「……。」
 あやめは紙を持った手を、夜着の下でこっそり動かしているらしい。
「さもあらん。憎いだろう。儂は仇のようなものじゃ。」
「……。」
「だがな、男女がこうなってしまうのには、前世の縁というものがあったのかもしれぬ。お前と十四郎との間にあったような縁が」
「おやめくだされ!」
 あやめは小さく叫んだ。十四郎の名まで出されれば、何をいいおるか、と怒りに身が震える思いを隠せない。
(仇のごとき者、とは何事か。おのれは仇そのものじゃ、なぜわからぬ?)
「無礼者!」
「……。」
「……あやめ、お前は今の自分が何者と思うておる?……たしかに納屋の御寮人は変わらぬ。商いは続けるがよい。大層なものよ。だが、あやめは、蠣崎代官の室に入っておるではないか? 代官家の子を産むのも、お前の仕事と思い、大切に務められぬか?」
「……。」
「あやめ、お前はただの夜伽役などではない。」
 あらぬことをいいかけて、新三郎は言葉を呑みこみ、
「儂が、お前を召したのは、ただ嫌がらせか何かと思うてか?」
「……?」
「……十四郎との間に、ついに子はなせなかったな。もし、儂らに縁があれば」
「厭、厭、厭でござりますっ!」
 耳を塞がんばかりの様子に、新三郎の顔色も変わった。話をしてやろうと思ったのに、このときはかえって体罰にちかい荒い所作に手加減ができなかった。
(さようなつもりならば、よかろう……!)
 どれほど嫌悪しようと必ず孕ませてやると新三郎は決意したが、こうした男は受胎と女の反応の激しさとに因果関係をつい求めるので、所作はますます手荒く残酷になる。

 ついには薬まで、また用いた。嫌がり抵抗するあやめの口を割って、強引に薬を流し込んでやった。むせかえりながらあやめは嚥下せざるを得なかった。
 あやめはもう騙されて自己暗示に落ちたりはしないが、湯殿のときとは違ってやたらに量を増やされたため、躰中の粘膜の痒みと痛みに苦しんだ。媚薬として効くどころか、やがて腫れあがった部分に無理やりに刺激を加えられ、気がとおくなるほどの痛みに悶え苦しんだ。

「なんということをしよるのだ。」
 コハルは怒りに震えた。
「薬など、下手をすれば、死んでしまうではないか。」
「さすがに、それほどのものではありますまいが……。御寮人さまは次の日までお目を真っ赤にされていて、お唇までも腫れているのさ。奥中の者が、ひそひそと袖を引いたそうだよ。」
(そんなお顔で大舘の廊下を堂々と歩かれたのか。あの誇り高い御寮人さまが……。いや、誇り高いからこそ、自分は負けぬと大舘のやつらに示そうというのか?)
(そういえば、お戻りのはずの日に、すずめとかいう小女を使いに出して『いま一日いる』といってこられたことがある。そんな顔を、店の者たちにだけは見せたくなかったのだ。見栄というよりはお心遣いか。御寮人さま……?)
 コハルの脳裏には、十年以上前の、幸の薄い、本当は感受性が強く泣き虫のくせに、とても我慢強い小さな女の子の姿が浮かぶ。あの童女にひどいことをする者に対して、つきあがる怒りで、コハルの表情は抑えきれず不動明王のようになる。
「ひとでなしめが……。」
 おかしらの恐ろしさを知る女は、怯えを感じた。話を続ければ、自分が喰い殺されかねぬという気すらしてくる。
「話をつづけてもいいものかい?」
「とりわけ、というのは薬のことではないのか?」
「……おかしらには、あまり聞かせたくございませんね。」
「話すがよい。」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草

ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

呂公伝 異聞「『奇貨』居くべし」

itchy_feet
歴史・時代
史記の「奇貨居くべし」の故事を下敷きにした歴史小説になります。 ときは紀元前260年ごろ、古代中国は趙の国 邯鄲の豪商呂不韋のもとに父に連れられ一人の少年が訪れる。 呂不韋が少年に語った「『奇貨』居くべし」の裏にある真実とは。 成長した少年は、『奇貨』とは一体何かを追い求め、諸国をめぐる。 はたして彼は『奇貨』に出会うことができるのか。 これは若き呂公(呂文)が成長し、やがて赤き『奇貨』に出会うまでのお話。 小説家になろうにも重複投稿します。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

天狗の囁き

井上 滋瑛
歴史・時代
幼少の頃より自分にしか聞こえない天狗の声が聞こえた吉川広家。姿見えぬ声に対して、時に従い、時に相談し、時に言い争い、天狗評議と揶揄されながら、偉大な武将であった父吉川元春や叔父の小早川隆景、兄元長の背を追ってきた。時は経ち、慶長五年九月の関ヶ原。主家の当主毛利輝元は甘言に乗り、西軍総大将に担がれてしまう。東軍との勝敗に関わらず、危急存亡の秋を察知した広家は、友である黒田長政を介して東軍総大将徳川家康に内通する。天狗の声に耳を傾けながら、主家の存亡をかけ、不義内通の誹りを恐れず、主家の命運を一身に背負う。

隠密姫

鍛冶谷みの
歴史・時代
跡目争いが決着せず、改易の危機にある伊那代藩。 唯一の生き残り策は、将軍の養女となった老中の姫に婿として認めてもらうこと。 能と武術にしか興味のないうつけの若殿は、姫に認められるのか。 一方、若殿の後見役でもある叔父は切れ者として藩政を牛耳り、藩主の座を狙う。 おっとり姫とちゃきちゃき腰元のコンビ(実は反対)が、危機を救うのか、それとも潰すのか。 架空の藩、実在の人物はなし。箸休め的なお気楽時代劇。

密教僧・空海 魔都平安を疾る

カズ
歴史・時代
唐から帰ってきた空海が、坂上田村麻呂とともに不可解な出来事を解決していく短編小説。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...