えぞのあやめ

とりみ ししょう

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二の段 蠣崎家のほうへ 三度目の冬―奈落の底(五) 

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 新三郎は一向に崩れてこない(ようにみえる)あやめに手を焼く思いだ。白い躰の隅から隅まで味わい、あやめが怖気を振って首を振る屈辱的な行為も強要した。ときにはあやめも、十四郎とでは知らなかった内部の感覚に無理やりに気づかされている。新三郎にもわかるほど、驚きと戸惑いに目を見張っている気配すらも、ときにはあるのだ。
 だが、新三郎にいくらかでも心を寄せるそぶりは、いっこうに見えなかった。気が変わって優しく抱いてやるつもりのときですら、そうである。睦言にも応じず、ほぼ無言で、ただ息を荒くするくらいの木偶人形のようであるくらいなら、恐怖や嫌悪や哀願の悲鳴を上げさせてやったほうがましであったから、つい猛々しく、痛めつけるのが主になる。
 受胎を恐れ、望まぬ様子は決して消えない。それが、新三郎からすれば我が儘で、腹立たしい。これは家の主が側女に対する態度として、この時代には正当であるといえた。精を放つ気配を自分がみせたときに、子を宿そうと努める色を決して見せないのは、「堺の方」としては心得違いなのである。
 そのときにはもううわ言のようなものとはいえ、「厭」だの「お許しを」だのと拒絶や忌避のことばしか吐くことがない、無礼はどうであろうか。自分がふと目を離したすきに、懐紙を使って必死で精を掻きだそうとする様には、侮蔑されているとしか思えぬ怒りを覚え、何度も頬に平手を打ってやった。蹴り倒してやったときもある。
 
 一度は諄々といいきかせようとした。昂奮が冷めたあとの新三郎の気が逸れたのをみて、後ろ向きになって慌てたように懐紙を使いはじめたあやめを抱きかかえて、床にともに臥させた。
「あやめ、そこまで儂が憎いか? 厭わしいか?」
「……。」
 あやめは紙を持った手を、夜着の下でこっそり動かしているらしい。
「さもあらん。憎いだろう。儂は仇のようなものじゃ。」
「……。」
「だがな、男女がこうなってしまうのには、前世の縁というものがあったのかもしれぬ。お前と十四郎との間にあったような縁が」
「おやめくだされ!」
 あやめは小さく叫んだ。十四郎の名まで出されれば、何をいいおるか、と怒りに身が震える思いを隠せない。
(仇のごとき者、とは何事か。おのれは仇そのものじゃ、なぜわからぬ?)
「無礼者!」
「……。」
「……あやめ、お前は今の自分が何者と思うておる?……たしかに納屋の御寮人は変わらぬ。商いは続けるがよい。大層なものよ。だが、あやめは、蠣崎代官の室に入っておるではないか? 代官家の子を産むのも、お前の仕事と思い、大切に務められぬか?」
「……。」
「あやめ、お前はただの夜伽役などではない。」
 あらぬことをいいかけて、新三郎は言葉を呑みこみ、
「儂が、お前を召したのは、ただ嫌がらせか何かと思うてか?」
「……?」
「……十四郎との間に、ついに子はなせなかったな。もし、儂らに縁があれば」
「厭、厭、厭でござりますっ!」
 耳を塞がんばかりの様子に、新三郎の顔色も変わった。話をしてやろうと思ったのに、このときはかえって体罰にちかい荒い所作に手加減ができなかった。
(さようなつもりならば、よかろう……!)
 どれほど嫌悪しようと必ず孕ませてやると新三郎は決意したが、こうした男は受胎と女の反応の激しさとに因果関係をつい求めるので、所作はますます手荒く残酷になる。

 ついには薬まで、また用いた。嫌がり抵抗するあやめの口を割って、強引に薬を流し込んでやった。むせかえりながらあやめは嚥下せざるを得なかった。
 あやめはもう騙されて自己暗示に落ちたりはしないが、湯殿のときとは違ってやたらに量を増やされたため、躰中の粘膜の痒みと痛みに苦しんだ。媚薬として効くどころか、やがて腫れあがった部分に無理やりに刺激を加えられ、気がとおくなるほどの痛みに悶え苦しんだ。

「なんということをしよるのだ。」
 コハルは怒りに震えた。
「薬など、下手をすれば、死んでしまうではないか。」
「さすがに、それほどのものではありますまいが……。御寮人さまは次の日までお目を真っ赤にされていて、お唇までも腫れているのさ。奥中の者が、ひそひそと袖を引いたそうだよ。」
(そんなお顔で大舘の廊下を堂々と歩かれたのか。あの誇り高い御寮人さまが……。いや、誇り高いからこそ、自分は負けぬと大舘のやつらに示そうというのか?)
(そういえば、お戻りのはずの日に、すずめとかいう小女を使いに出して『いま一日いる』といってこられたことがある。そんな顔を、店の者たちにだけは見せたくなかったのだ。見栄というよりはお心遣いか。御寮人さま……?)
 コハルの脳裏には、十年以上前の、幸の薄い、本当は感受性が強く泣き虫のくせに、とても我慢強い小さな女の子の姿が浮かぶ。あの童女にひどいことをする者に対して、つきあがる怒りで、コハルの表情は抑えきれず不動明王のようになる。
「ひとでなしめが……。」
 おかしらの恐ろしさを知る女は、怯えを感じた。話を続ければ、自分が喰い殺されかねぬという気すらしてくる。
「話をつづけてもいいものかい?」
「とりわけ、というのは薬のことではないのか?」
「……おかしらには、あまり聞かせたくございませんね。」
「話すがよい。」

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