えぞのあやめ

とりみ ししょう

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二の段 蠣崎家のほうへ 三度目の冬―奈落の底(二) 

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 新三郎の閨でのあやめへの仕打ちは、凄まじいものである。新三郎の関心が、あやめの肉体をしゃぶりつくす以上に、その精神を屈服させることにあるからだろうと思えた。
 赤裸に剥かれるのが常だったが、ときにはわざわざ納屋の御寮人の衣服のままで抱かれることもあった。
 着替えずともよい、といわれて昼間の商人らしい袴姿で待たされていると、新三郎がそのまま乱暴にのしかかり、下だけはぎとってそのまま交接を強いた。意味のないことだとわかりながら、厭がって抵抗したあやめを力づくでねじ伏せたのは、「納屋今井の御寮人」こそ犯し甲斐があると、新三郎が思っていたからだろう。あやめの着物は、水からあがったときのように上から下まで汗とも唾液ともなんともつかぬものに濡れた。
 「堺の方」であるあやめに対して、新三郎は執拗に性的な感覚の頂点に達することを求め、閨での手練手管の限りを尽くした。最初に強姦したさいに、媚薬の効果だと暗示をかけることで、まんまとあやめを無我夢中の痴態に落とし込んだ経験が忘れられないのだろうか。
 あれ以来、あやめは新三郎によって何度も弾けるように震えさせられ、それなりの頂に無理やりに追い上げられることもあったが、男はそんな程度では足りない。あやめを痴れ狂わせたはてに、忘我の淵に沈めたいのである。
 身も心も屈服させ、自分なしでは生きていけぬほどのあやめにしてやりたい、というのが新三郎の執心であるとしか思えなかった。
 そのためには、あやめの激しく忌避する行為をわざわざ探し、褥をともにするときは、痴語で揶揄し、刺激に対する躰の反応を侮辱するのが、いつしか常のようになった。

 新三郎は、あやめの躰の隅々にまで執着した。あるときは、
「知らなかったであろう。おぬしは、こんなところに黒子がある。口元にあるのとちょうど同じくらいの小さいものだ。」
 といかにもうれし気にいわれた。十四郎にすら決して明るい場所でしげしげと眺められたりはしなかったところを、と羞恥と悔しさに文字通り歯噛みした。
 終わった後も無理やりのように抱き寄せられ、頭を撫でて、褒められることもあった。
「お前の髪は、漆のように黒い。……」
 感に堪えて漏らした言葉のように聞こえ、あやめはおや、と思ったが、やがて新三郎は笑っていい足した。口調がまるで変っている。
「どこの毛も、同じように黒い。」
 
 こうしたことがあるたびに、あやめは屈辱に震え、顔色が変わるほどであったが、新三郎はそれをこそ欲しているように見えた。
「あの場だけは二度と……!」
 と座り込むようにして拒んだあやめを、新三郎みずから、女の細い腕がぬけるほどの勢いで引き、ついには抱きかかえるようにして、あの湯殿に連れ込んだことも再々あった。このさまは夜中とはいえ、「奥」の者のすべてが知った。
 あやめは真っ暗な、火も落として冷え冷えとした蒸し風呂のなかで天井を見上げさせられると、心の激痛をともなう記憶がまざまざと眼前に蘇り、怯え、小刻みに震えつづけた。
 あの時以上に強引に侵入され、寒い筈なのに汗まみれでのたうちまわり、湯気に湿った床に惨めに這った。
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