えぞのあやめ

とりみ ししょう

文字の大きさ
上 下
58 / 210

二の段 蠣崎家のほうへ 「堺の方」(三) 

しおりを挟む
……
 あやめは夜具の端に座っている。新三郎が大の字になって眠っているのを、そうやって見張っていなければならないというのだ。
(武家の作法というのか。面倒なことだ。)
 あやめは疲労しきっているが、いわれるままに起きていた。何度もがくり、と頭が落ち、そのまま眠っては、覚めた。男の高い寝息、たちのぼる体臭に、憎しみと嫌悪がつのる。
(こんな男に、また自分は犯された。いいように手籠めにされた……これからも、されつづけるのか?)
 思い出したくないのに、自分のやらされた恥ずかしい行為や、厭な感触や熱や匂いや味が蘇り、震えるほどの怒りが起きる。
 どんな目にあっても醒めきっていよう、軽蔑の目でこのけだものを睨んでいてやろう、と決意したのに、さまざまな屈辱的な姿態や所作を強制されるうちに、驚きと怒りと絶望に目の前が何度も暗くなり、一切の余裕がなくなった。
 はてしなく長い時間、汗まみれの躰を上へ下へと転がされ、しゃぶりつくされ、翻弄されるばかりになった。そして重い躰に抑え込まれて肉を射抜かれ、長々と胎内に放たれた。食いしばった歯の隙間から絶望の悲鳴が漏れ出た。
 一度では終わらなかった。汚れた場所を清めることも許されず、また躰の隅々にまで男の手が這いまわり、力を込めて捏ねまわした。身の安全のための最後の自制すら忘れて無我夢中で抵抗しても、とても力で敵うものではなく、行為の中断を許されなかった。
 最後は、犬のような姿勢を強いられ、尻を付き出し、腰を抱えられたままで男の放出を受け止めた。同じ姿勢であっても十四郎とならば感じなかった、身を黒く焦がすような恥辱の中で、しかしやがて何も考えられなくなり、苦悩の呻き声をあげつづけた。
 躰を離され、床に崩れ落ちたときには、悲しみすらどこかにいき、ただ茫然としていた。

 いま、ようやく息が鎮まり、冷たい汗が引いた。意識は平静に戻り、そして、当然のことだが、悲哀にきびしく冷えた。妊娠の恐怖が若い女をあらためて包む。
(また、こんなに子種を受けてしもうた。ややこができてしまうのではないか?)
 こんな男の子を産むのはおろか、孕むのを考えただけで、あやめはのたうち回りたいほどの戦慄をおぼえる。
(助けて、十四郎さま……!)
(ああ神様、どうかお願いでござります、それだけはお許しください!)
 眠っている新三郎が、なにか呻いた。なにか夢でも見ているらしい。自足したような、妙に安らかな寝顔だ。あやめの憎悪は深まった。
(殺してやりたい……。いま、ここで絞め殺せないか?)
(できぬ。やれはせぬ。こやつは男。しかも武家。下手なことをすれば、逆に、こちらがこやつの腕一本で殺されるじゃろう。)
(いずれ、必ず酷い殺し方をしてやるわ。この報いは受けよ。待っておれ。)
 力の失せた手が震え、膝の上で勝手に拳をつくるが、やがて耐え難い眠気のなかに怒りも悲哀すら溶けてしまった。

 朝の弱い光が差すとき、はっとめざめると、新三郎の姿はない。
(ここに男が通う形か。つまり、ここがそばめであるわたくしの居場所というわけか。)
 畳を敷くなどの贅沢はない、薄暗い狭い部屋を見回し、とてもこんなところに一日中いるわけにはいかぬな、と思った。
 一刻も早く店屋敷に戻りたい。南蛮机にむかい、椅子に脚を伸ばしたい。
 だが、今日はもう一つ、しなければならないことが残っていた。
 
 お方さま―正室への挨拶であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

やり直し王女テューラ・ア・ダンマークの生存戦略

シャチ
歴史・時代
ダンマーク王国の王女テューラ・ア・ダンマークは3歳の時に前世を思いだす。 王族だったために平民出身の最愛の人と結婚もできす、2回の世界大戦では大国の都合によって悲惨な運命をたどった。 せっかく人生をやり直せるなら最愛の人と結婚もしたいし、王族として国民を不幸にしないために活動したい。 小国ダンマークの独立を保つために何をし何ができるのか? 前世の未来知識を駆使した王女テューラのやり直しの人生が始まる。 ※デンマークとしていないのはわざとです。 誤字ではありません。 王族の方のカタカナ表記は現在でも「ダンマーク」となっておりますのでそちらにあえて合わせてあります

7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。 歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。 【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】 ※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。 ※重複投稿しています。 カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614 小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/

処理中です...