えぞのあやめ

とりみ ししょう

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二の段 蠣崎家のほうへ 恥辱 (三) 

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 あやめは用心を働かせて、もちろん大舘にきてから水一杯口にしていない。酒宴の打診もあらかじめ御免を被っているから、早々に店に戻るつもりだった。 
 そこに、新三郎からの呼び出しがあったのである。先ほどの話の続きで、火急だという。
(まだ朝方だし、さすがに弟衆もいて、人目もあろう。それに、あのような話をさせたあとで。)
 か細い望みにすがった。従者に付き添うように命じたが、小姓は「マツリゴトにかかわるとゆえ」と一人で来るように促す。
 やむをえず案内され、小姓にその角を曲がるように、といわれたままにつきあたった先は、手水場の前である。
 ぎくりとした。手水場の板扉があき、新三郎その人が姿をあらわした。
 あまりのことに息を呑んだきりのあやめの肩をすばやく抱き、蝦夷代官名代・蠣崎新三郎慶広は、四畳ほどの厠にあやめを連れ込んだ。
 もがいたが、新三郎はあやめを抱き寄せて、離さない。
「風呂の次は、厠か。」
 あやめは嘲笑するような声を出してしまった。怖いよりも、まずあきれはて、唾棄する気持ちが先にたつ。
「まともなところでは、女を抱けませぬか?」
「いいよるわ。」
 新三郎は笑った。意に介さぬのは、そもそもがあやめに屈辱を与えるのが目的だからである。案の定、あやめは身分すら忘れ、嫌悪感をつい口にのぼらせてしまっている。それが思う壺だ、と新三郎は思っている。
「抱かれるまで、が望みか?」
 あやめの怒りで青くなったその顔に、新三郎の顔が押し重ねられた。唇を塞ぎ、さすがに大声をたてさせぬ。手は忘れることなく、着衣の上から肌をさぐり、袖口から潜りこみ、襟を割ろうとする。
 あやめはもがいた。唇が外れる。
「躰の具合は如何か? ……うむ、少し、痩せたのではないか?」
 抱き心地が違うというのだろう。ほんとうにあやめの健康を案じるかのような声の調子に、かえって嘲弄された思いで、あやめは怒りと恥に目がくらみそうになる。
「お陰様にて。」
 吐き捨てる口調を抑えきれない。
「……!」
 新三郎はむっとしたのであろうか。
 足を払われて躰が傾き、そのまま持ち上げられた。

 新三郎は器用に女の躰を反転させる。
 厠には、香らしきものが焚いてあったようだが、やはり異臭がする。そのもとであろう、木の便器に手をつく形にされた。屈辱感に胸が潰れそうだ。袴が脱がされ、両足に絡む。
「なりませぬ。」
 思わすやや高い声が出たが、指が口に差し込まれた。歯を立ててやろうとしたが、別の二本の指が顎を掴み、恐ろしい力で抑えつける。あやめは痛みに涙をこぼした。
 片手で着物がめくられ、やがて白い尻があらわにされた。
 やっと顎を締め付ける手が去り、腰に両手が回った。
(まさか、そんな?)
 躰はまったく濡れていない。そんなところにねじ込まれるのは、どうしても避けたいのだ。
「案ずるな。」
 新三郎は、あやめの唾にまだ湿った人差し指を、腰から滑らせて、ずるりとあやめの肉に差し込んだ。
「痛いっ。」
 あやめは苦悶した。鋭い痛みが去っても、異物感で咽喉が裏返るようだ。一本だけの指だが、何の準備もない躰の中で暴れられては、鈍い痛みしかない。
「おやめください、ご無体は」
 新三郎は女をもう捕まえた気でいる。さし込んだ指を軸に掌全体であやめの下半身を圧しながら、便器に手をつかされて低くなった背にのしかかり、頸筋を舐め、噛んだ。まだ割っていない襟元はあきらめたか、着衣の上からしきりに乳をさぐり、揉んだ。思い出して、耳の後ろを舐め、耳朶を唇でつまみ、引っ張った。
「あ、それは……」
 あやめは小さく叫んだ。さしこまれた指の数は増え、痛みと異物感はその分増したが、心の底で恐れているのは、自分の躰の変調だ。これだけ悪戯をされれば、頭でどんなに嫌がっても、粘膜が自分を守るために反応してしまう。せわしなく動く新三郎の指が徐々に濡れていく。その小さいが荒い動きが、調子を変えた。
 あやめの裸の尻に、鳥肌がたった。
「そろそろ、よいのか?」
 男の言葉に、あやめは心底ぞっとした。躰が硬直する。

 と、新三郎は指を抜いた。躰に回していた手も放す。その勢いでかのように、あやめは前につんのめり、ひじが折れて、便器の蓋に頬をつけてしまう。異臭が急に近づいた。
「今度は、もう少しましな場所で抱いてやろうぞ。」
 新三郎はあやめを見下ろし、せせら笑った。
 そして、剥き出しのままの白い尻を軽く、濡れた方の手で張った。滑稽な音がした。

(許せぬ。この男、決して許せぬ。)
(殺す。殺してやる。)
 あやめは男が離れたのがわかると起き直り、着衣を何とか直した。畳にして四畳ほどの厠の奥を向いて座り込み、 新三郎と目を合わせないようにする。男が勝ち誇ったように出ていくのを待った。
(何もいうな、あやめ。図(企て)を、よもや気取られるな。) 
 じぶんに言い聞かせた、
 蠣崎新三郎に身の破滅を見せてやる企てを、今日も一つ進めた。それが、屈辱に震えるあやめを支えていた。

 そう思いつづければこそ、さらにひと月たって、また大舘に呼び出されたのにも、我慢して応じられた。
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