43 / 210
一の段 あやめも知らぬ 破約(六)
しおりを挟む
春になってから、あわただしい中を、二度会った。
いまとなっては懐かしく感じずにいられない、暗い倉の中で睦みあった。あやめが置いてやった新しい大きな火桶が、まだ役に立った。
「夫婦にならないのであれば……。」
と、あやめは、ふたりきりでこの場にいるのに、十四郎の唇を最初は拒んでみせた。
「そのようなことはいけませぬ。」
十四郎は無言で、こわい顔をして、あやめを固く抱きしめる。頤に手をやり、近づけようとする。
「友達(ともどち)、友達でございましょう? もうそれに戻ったのでございましょう?」
口を吸われる。舌が入ってくると、あやめもそれには抵抗しないで、受け入れた。
「……そう、いわれたのに……。」
「あやめ殿。すまぬ。許しては貰えぬだろう。」
「許さへんわ。」
あやめは笑った。
「そやよって、別れたらへんわ。」
「別れぬ。」十四郎はあやめの躰を倒した。
薄い敷物だけの硬い床の感触は、あやめの背中が馴染まされたものだ。
あやめは全てを忘れたかった。十四郎の愛撫に必死でこたえ、懊悩の極みで忘我の一瞬がおとずれるのを望んで、 ひたすらに受け止め、みずからも動いた。
「あやめ殿。いとおしい。」
「あ、あ、あ。」
「待っていた。そなたを待っていたのだ。」
「十四郎さま、十四郎さま。」
「なんと、かわいい……」
「来て、……来てくださいませっ。」
十四郎の重い打ち込みに息も絶え絶えになったあやめが、何度目か背中をのけぞらせたとき、躰の中から肉が引き出された。十四郎はあやめの柔らかい腹に放ち、あやめは引き抜かれた衝撃に耐えながら、温かく匂う液体が、空しく降り注がれるのを肌に感じていた。
そのあと、話をした。昔話ばかりになっているのに気づき、あやめは悲しい。
「庫裏をお暇するときは、もう夜で、寒くて、……」
「そうであったな。そなたは帰ってしまわれる。」
「帰れ、とあなた様がおっしゃったからでございますよ。」
「そうだったか?」
「笠の下で、顔が凍りついてしまって。」
笑った。
「気の毒なことをした。」
十四郎の声も、笑っている。
ふたりで声をひそめて笑った。
そのあと、あやめは急にこみあげてくるものがある。
「どうして、一緒になれませんのでしょうか?」
「すまぬ。すべてわたしが悪い。」
「その通りにございますよ。……嘘、うそ。……まこと、ご縁とは難しいものでございますね。か、かくも、かくも難しい……。」
「泣かないでくだされ。」
「いとおしい、いとおしい、憎い……。」
「憎んでくだされ。それがいい。」
「これが、最後の……」
あやめは自分から十四郎の唇に口を寄せた。
苦い。さきほどまで、あれほど甘かった口吸いが、ひどく乾いて苦い。十四郎もそうなのだろう。驚いた表情があるのは、そのせいか。
いまとなっては懐かしく感じずにいられない、暗い倉の中で睦みあった。あやめが置いてやった新しい大きな火桶が、まだ役に立った。
「夫婦にならないのであれば……。」
と、あやめは、ふたりきりでこの場にいるのに、十四郎の唇を最初は拒んでみせた。
「そのようなことはいけませぬ。」
十四郎は無言で、こわい顔をして、あやめを固く抱きしめる。頤に手をやり、近づけようとする。
「友達(ともどち)、友達でございましょう? もうそれに戻ったのでございましょう?」
口を吸われる。舌が入ってくると、あやめもそれには抵抗しないで、受け入れた。
「……そう、いわれたのに……。」
「あやめ殿。すまぬ。許しては貰えぬだろう。」
「許さへんわ。」
あやめは笑った。
「そやよって、別れたらへんわ。」
「別れぬ。」十四郎はあやめの躰を倒した。
薄い敷物だけの硬い床の感触は、あやめの背中が馴染まされたものだ。
あやめは全てを忘れたかった。十四郎の愛撫に必死でこたえ、懊悩の極みで忘我の一瞬がおとずれるのを望んで、 ひたすらに受け止め、みずからも動いた。
「あやめ殿。いとおしい。」
「あ、あ、あ。」
「待っていた。そなたを待っていたのだ。」
「十四郎さま、十四郎さま。」
「なんと、かわいい……」
「来て、……来てくださいませっ。」
十四郎の重い打ち込みに息も絶え絶えになったあやめが、何度目か背中をのけぞらせたとき、躰の中から肉が引き出された。十四郎はあやめの柔らかい腹に放ち、あやめは引き抜かれた衝撃に耐えながら、温かく匂う液体が、空しく降り注がれるのを肌に感じていた。
そのあと、話をした。昔話ばかりになっているのに気づき、あやめは悲しい。
「庫裏をお暇するときは、もう夜で、寒くて、……」
「そうであったな。そなたは帰ってしまわれる。」
「帰れ、とあなた様がおっしゃったからでございますよ。」
「そうだったか?」
「笠の下で、顔が凍りついてしまって。」
笑った。
「気の毒なことをした。」
十四郎の声も、笑っている。
ふたりで声をひそめて笑った。
そのあと、あやめは急にこみあげてくるものがある。
「どうして、一緒になれませんのでしょうか?」
「すまぬ。すべてわたしが悪い。」
「その通りにございますよ。……嘘、うそ。……まこと、ご縁とは難しいものでございますね。か、かくも、かくも難しい……。」
「泣かないでくだされ。」
「いとおしい、いとおしい、憎い……。」
「憎んでくだされ。それがいい。」
「これが、最後の……」
あやめは自分から十四郎の唇に口を寄せた。
苦い。さきほどまで、あれほど甘かった口吸いが、ひどく乾いて苦い。十四郎もそうなのだろう。驚いた表情があるのは、そのせいか。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

徳川家基、不本意!
克全
歴史・時代
幻の11代将軍、徳川家基が生き残っていたらどのような世の中になっていたのか?田沼意次に取立てられて、徳川家基の住む西之丸御納戸役となっていた長谷川平蔵が、田沼意次ではなく徳川家基に取り入って出世しようとしていたらどうなっていたのか?徳川家治が、次々と死んでいく自分の子供の死因に疑念を持っていたらどうなっていたのか、そのような事を考えて創作してみました。

軟弱絵師と堅物同心〜大江戸怪奇譚~
水葉
歴史・時代
江戸の町外れの長屋に暮らす生真面目すぎる同心・十兵衛はひょんな事に出会った謎の自称天才絵師である青年・与平を住まわせる事になった。そんな与平は人には見えないものが見えるがそれを絵にして売るのを生業にしており、何か秘密を持っているようで……町の人と交流をしながら少し不思議な日常を送る二人。懐かれてしまった不思議な黒猫の黒太郎と共に様々な事件?に向き合っていく
三十路を過ぎた堅物な同心と謎で軟弱な絵師の青年による日常と事件と珍道中
「ほんま相変わらず真面目やなぁ」
「そういう与平、お前は怠けすぎだ」
(やれやれ、また始まったよ……)
また二人と一匹の日常が始まる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる