えぞのあやめ

とりみ ししょう

文字の大きさ
上 下
26 / 210

一の段 あやめも知らぬ 庫裡のふたり(二)

しおりを挟む
 十四郎の身体の重さも、男の匂いも、何もかもがあやめを酔わせている。大きな背中にまわった手に力がこもり、思い切りしがみつくようになっている。
 もう、これからどうされるのかも考えられなくなっていた。ただひたすらに男の舌を求めた。密着を強くしたかった。
 十四郎の唇が離れた。夢中で動かしていたあやめの舌が突きだされて、迷う。十四郎はあやめの頤から首筋に唇を這わせた。白い喉にも唇を当てた。あやめの小さな顎が跳ねあがる。
(わあっ?)
 あやめは狼狽した。十四郎の唇は、咽喉から下りていく。あらわにされた鎖骨のあたりに押しつけられ、躰の中央に移る。胸元で左右した。
 衣が開かれ、肩が着物から抜かれ、胸がほぼあらわにされた。
 他人の目に触れたことのない、胸の隆起が、十四郎の眼の下にあった。あやめは声に出てしまう。
「恥ずかしい。恥ずかしいっ。……御曹司さま、おやめになって!」
 十四郎は黙っている。そのまま、唇を、外気に震えて立ちはじめた乳首に落とした。
「ああっ?……」
 男はあやめの胸に貪りついている。手は片方の隆起をつかみ、やわやわと揉んだ。一方の胸はしきりに舐められた。
(揉まれるのは痛い……。でも、胸の真ん中が、熱い、重い。)
 あやめは硬く目を閉じて、胸からつきあげてくる感覚に、声を漏らすまいと耐えた。
 しかし、痛いほどに充血した乳首に指が触れると、息がつまる。息が戻ったときには、甘い声が出ているのがわかる。
(こんなに気持ちがいいなんて、知らなかった。)
(う……いけない、溢れてきている?)
 口吸いされているときから感じていた下半身の変化は、胸を貪られるうちに、とめどないものになってしまっていた。
「……お願いでございます。もう、……おやめになってっ。うっ?」
 あやめはのけぞった。十四郎の歯が乳首を甘く噛んだので、息がとまる。
 十四郎の手は、あやめの着ているものをすべて剥ぎ取ろうとしているようだ。
「あ、あ、なぜ、脱がされるの?」
 半身を起こされ、無意識に協力しながら、あやめは驚いていた。聞いていた男女の契りでも、女が真裸にされたりはしないのではなかったか。
「北国の風(ふう)は、こうじゃ。諒されよ。」
 十四郎は作業にはやくも汗をかいているようだ。
「風と、申されましても。」
「見たい。」
「ああ……?」
 自分の肌をみたいという。ならば仕方がない、と思うと同時に、誇らしいような喜びと不安が同時に押し寄せてくる。
 ついに裸に剥かれた。腕で前を隠そうと、あやめはエビのように躰を丸く曲げる。やわらかな腰の線が薄暗い中に浮かんだ。
「御寮人殿。」
「はい……。」
 答えたあやめの唇が、また塞がれた。温かい。
 やわらかく、しずかにのしかかった男の肌の温もりに、あやめは溜息をもらした。あたうるかぎり強く抱き着いた。
 裸の肌に、十四郎の麻の着物があたる。
「ああ、脱いで。あなた様も、お脱ぎになって……」
 あやめはせがんだ。十四郎も固くしまった肉体をあらわにする。
 素肌がぴったりと触れ合うと、それだけで、激しい感覚がつきあがった。深く落ち着く気持ちと、それとは裏腹な、切羽詰まって何かを求める気持ちが、あやめのなかで渦巻いた。
(このひとがいとおしい……!もっと近づきたい。)
(けれども、こわい……。きっと、痛い。おそろしい。)
(こうなってしまったら、あとはどうなる? どうする?)
(そんなところを? 厭、へんじゃ、くすぐったい。)
(助けて、助けて。)
(ああ、こんなに溢れている。大丈夫だろう。これなら、入ってきて下される……)
(ややこができたら、どうする?)
(よい。十四郎さまのお子ではないか。わたくしが一人ででも、育てられる。)
(いいや、決して、わたくしは、ひとりにはならない。させはしない!)
  男の舌が胸からおりて、腹へ、腰にまで及んだ。あやめはまた反りあがる。
十四郎は無言である。指を女の叢に移した。
(恥ずかしいっ。)
 あやめは死にたいほどの羞恥に耐えた。
 躰のなかに、他人の指が入ってくる。生まれて初めての異様な感覚に、ただただ固く目をつぶる。
 息が漏れた。やや深いところで、男の指が何かを探るように動き、浅く引いて、また深く入った。自分が裏返されるような気がした。咽喉がつまった。
(ああ? 厭、やめて、助けて、助けて。)
 女の肉が開き、水分があとからあとから沁みだした。
(濡れている。こんなに濡れている。なんで……これほど?)
 仰臥した女の両肩を抑え、十四郎は、長く伸びた女の腹の上に躰を移動させた。
「御曹司さま……。」
 あやめは目を開き、恥じらって伏せたが、それでもねだっているのがわかったのだろう。ややつきだした唇に、男の唇が重なった。はげしく押しつける。
(胸、胸を、お願い……。)
 男の手は下に伸びるが、あやめは硬く尖ってしまった乳首をなんとかしてほしい。口づけたまま。男の固い胸に押しつけようとする。
 十四郎の手が気づいて、乳房にあてた手が乳首にも触れたとき、もどかしい快感に全身が震えた。
(これなら、平気?)
(されど、やはり、おそろしい。)
十四郎は姿勢を決めたらしい。あやめの腿が開かされた。
(この格好で……)
 十四郎の見下ろす視線を、下半身に覚える。
(見られている? 恥ずかしい。恥ずかしい。)
(また溢れて……)
(熱い。躰中が火照る。)
(ああ、もうすぐ、入ってこられる。)
 十四郎の肉の先が叢を撫でた。
(……あ、あ、とうとう!)
 あやめの躰が硬直した。
十四郎が力を込めた。
(あ、痛い、いたいっ、いたいっ。)
 あやめの躰は反射的にずり上がった。無意識に、突き立てられる肉の剣先から逃れようとする。十四郎の重い体躯が抑えているのに、背中を擦って逃れる。
 十四郎は追う。あやめの躰は、緊張して固まりながら、上へずり上がって、逃げる。
 あやめの眉の間に、深く皺が刻まれる。額にはいつの間にか、脂汗が浮いていた。歯が鳴る。躰の奥に侵入される未知の痛みと恐怖に耐えられない。

 十四郎は困惑の表情だ。自分が組み敷いている女へのいとおしさに狂いそうなのに、どうしてもあやめの中に入りきることができない。固いところに突き当たろうとすると、逃げられてしまう。
あやめの強く閉じて脹れた瞼から涙が流れ出しているのを、十四郎は見た。痛みと怖れが、納屋の御寮人を子どものように泣かせているのだろう。
 ずり上がった末、とうとうあやめの頭が倉の壁にまで届いてしまったとき、十四郎はあきらめた。先端だけ入り込んだ己の肉を離し、あやめを抱き起した。
「ごめんなさいませ、……お許しくださいませ。ごめんなさいませ。」
 あやめはすがる目で、涙を光らせている。侘びの言葉を何度となく口にする。
「よいのだ。こちらこそ、相済まない。苦しうござったな? すまぬ。」
 あやめは首を振る。申し訳ありませぬ、と繰り返す。裸の躰を隠すのも忘れて、泣いている。
 十四郎は、ここはいつもの軽口だろう、と思ったのか、冗談をいった。
「よいのだ。よいのだ。だが、……どうも今晩は、拙者も、まともに眠れそうにござらぬなあ。」
 あやめは釣りこまれて笑わない。裸の肩がびくりと震えた。
(そうだ、十四郎様はまだ、何も終わっていない。それなのに、こんなところで済まされてしまっては……)
すまなさに、あやめは身悶えする思いだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

御庭番のくノ一ちゃん ~華のお江戸で花より団子~

裏耕記
歴史・時代
御庭番衆には有能なくノ一がいた。 彼女は気ままに江戸を探索。 なぜか甘味巡りをすると事件に巡り合う? 将軍を狙った陰謀を防ぎ、夫婦喧嘩を仲裁する。 忍術の無駄遣いで興味を満たすうちに事件が解決してしまう。 いつの間にやら江戸の闇を暴く捕物帳?が開幕する。 ※※ 将軍となった徳川吉宗と共に江戸へと出てきた御庭番衆の宮地家。 その長女 日向は女の子ながらに忍びの技術を修めていた。 日向は家事をそっちのけで江戸の街を探索する日々。 面白そうなことを見つけると本来の目的であるお団子屋さん巡りすら忘れて事件に首を突っ込んでしまう。 天真爛漫な彼女が首を突っ込むことで、事件はより複雑に? 周囲が思わず手を貸してしまいたくなる愛嬌を武器に事件を解決? 次第に吉宗の失脚を狙う陰謀に巻き込まれていく日向。 くノ一ちゃんは、恩人の吉宗を守る事が出来るのでしょうか。 そんなお話です。 一つ目のエピソード「風邪と豆腐」は12話で完結します。27,000字くらいです。 エピソードが終わるとネタバレ含む登場人物紹介を挟む予定です。 ミステリー成分は薄めにしております。   作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。 投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

鵺の哭く城

崎谷 和泉
歴史・時代
鵺に取り憑かれる竹田城主 赤松広秀は太刀 獅子王を継承し戦国の世に仁政を志していた。しかし時代は冷酷にその運命を翻弄していく。本作は竹田城下400年越しの悲願である赤松広秀公の名誉回復を目的に、その無二の友 儒学者 藤原惺窩の目を通して描く短編小説です。

南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳

勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません) 南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。 表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。 2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。

朱元璋

片山洋一
歴史・時代
明を建国した太祖洪武帝・朱元璋と、その妻・馬皇后の物語。 紅巾の乱から始まる動乱の中、朱元璋と馬皇后・鈴陶の波乱に満ちた物語。全二十話。

忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛
歴史・時代
 八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。  服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。  忍者同心の誕生である。  だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。  それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……

出撃!特殊戦略潜水艦隊

ノデミチ
歴史・時代
海の狩人、潜水艦。 大国アメリカと短期決戦を挑む為に、連合艦隊司令山本五十六の肝入りで創設された秘匿潜水艦。 戦略潜水戦艦 伊号第500型潜水艦〜2隻。 潜水空母   伊号第400型潜水艦〜4隻。 広大な太平洋を舞台に大暴れする連合艦隊の秘密兵器。 一度書いてみたかったIF戦記物。 この機会に挑戦してみます。

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

処理中です...