えぞのあやめ

とりみ ししょう

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序の段 納屋御寮人の遭難 毒(一)

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 新三郎の征服欲は充たされていない。
 あやめの心まで蹂躙してしまわねばならないと、最初から決めていた。こうした誇り高い女は一度や二度犯しただけでは、容易に崩れない。

 新三郎には、十四郎のあの不始末が許せない。
 自分ではなく、あの部屋住みの十四郎などが納屋の御寮人を手に入れたのは、間違いだったと悟った。
 それをあたかもぼんやりと座視していたかのようだった昨年までの自分は、胡乱を恥じるべきだと感じた。
 その恥を雪ぐために、どうしてもこの女をおのが腕に羽交わなければならない。どんなに厭がろうと、支配しなければならない。女に十四郎などを忘れさせ、自分のものにする。
 戦い、奪い、侵すことが、洋の東西を問わぬ戦士階級の最も基本的な行動原理であった。最後は己の欲望に従って動き、それが正しいと信じられぬようでは、武士ではないであろう。
 おのれはなお全く無位無官の者とはいえ蝦夷代官蠣崎家の後継者、当主名代である新三郎慶広が、罪もない若い女を欺き、押さえつけて強引に犯し、さらにまたほしいままに凌辱を続けようとする。
 この卑劣な行為すらも、戦士というかれの本質からいえば、非難におよぶべきものではなかった。残忍な行為に新三郎を突き動かしていたのは、その身勝手な確信なのだ。

 納屋今井の一族に手を出すというのは、しかし、出羽国秋田の領主、檜山屋形こと安東家の被官にすぎぬ蝦夷代官名代たる蠣崎慶広にとっては、我ながら考えただけでひやりとさせるものだった。
 豪商今井の背後には織田家がある。「織田信長」という名の未曽有の権力が中央で完成しつつある天正九年という昨年から今年、天正十年にかけて、おのれの劣情――だけではない、蠣崎家としての名分があると新三郎は思っていたが――がもとで、蠣崎家の立場をあやうくしかねないのは、途方もなく馬鹿げていた。
 蝦夷地南部の支配者は、名目上はなお海峡の向こうに勢力を張る安東家の被官にすぎぬ。この半島全域にすら、支配が行き届いているともいえず、蝦夷船を(蠣崎家の感覚では)勝手放題に駆る、セナタイアイノを名乗る部族集団などが、松前一帯のほど近くで蟠踞していた。
 そして主家たる檜山屋形の当主、安東愛李は、この十年、上方からすれば地の果てほどに遠いはずの奥州・秋田から進物を送り続けて、織田信長と誼を通じていたのである。
 堺は織田家の直轄地として、特別な地位にあり、わけても今井宗久は信長にきわめて近い間柄にあるのは、知らぬ者とてない。
 だから蝦夷代官の継嗣は表面、あたかも主家・安東家に対してそうであるように、温順をこころがけてこの堺商人に接し続けていたのだ。
 先ごろ納屋は、蠣崎代官家の家内の揉め事に首を突っ込んだともいえる。そこでの十四郎への処断で、納屋の御寮人が自分に強い反感を持ったのもよく知っていた。
 それが新三郎にも不快で堪らなかったが、互いに表面上の態度は変わらなかった。あやめも新三郎も、ことを荒立てて、何かを変えようもないとはいえた。
 だが、この六月末に、蝦夷島から遠く離れた天下の中心で、事態が急変した。
 明智光秀こと惟任日向守が本能寺で信長を倒し、織田政権はあっけなく潰えた。
 天下に権力の空白が出現した。その空白をだれが埋めるのか、この時期にまだ誰もわからぬ。
 だが、織田政権というものが復活することはなく、信長にあまりに近すぎた今井宗久などの地位もまた旧のままではなかろう、と鋭敏な政治感覚をもつ蠣崎新三郎慶広は、上方からはるか北方の地で察したのだった。
 たとえそうでなくても、中央政界の激変の報を聞いた身は、本能的に何事か激しい動きを自分に欲していた。それらに一切能動的に関与しえない僻遠の地にあったからこそ、であった。
 この地における納屋の女主人を犯し抜き、手に入れようというのも、ただ珍しい上方女の女体を欲するだけではない。この地で力を得つつある納屋を抑え込み、この松前や津軽の湊に積み上げているだろう富財宝もろともに、その力を奪い、わがものにしてやりたい。それを大望の礎にするのだ。そして、さらにいえば……
(十四郎、思い知るがよい。)
(だが、もう遅いのだ。)
(死んでしまっては、もう、遅い……)

 二度目の新三郎は長かった。絶え間ない抜き差しに、下半身のおよそ思いもよらなかった部分を傷つけられるあやめは、悲鳴もかすれて、ただはげしい痛みにぼんやりとしてしまったかのようだ。
 ただ、ようやく男が精を漏らす気配をみせたとき、猛烈に抵抗した。しかしそれも、身をよじるくらいでしかない。
 呻きながら、首を激しく振った。濡れて重いはずの髪が乱れる。
 男はどういうつもりか、女の顔に乱れかかった黒髪を手で払って直してやりながら、
「こちらなら、孕んだりは、せぬ。」
 荒い息をつきながら仕上げにかかる男は、また乱暴に口を吸った。ひとしきり舌を動かすと、口を外して、両手で細越を掴み、深く引き付ける。
 あやめは、冷え切った浴水と絞り出された汗や涙や体液にぐっしょりと濡れて、湯船の中に立たされていた。
背中に回ってそれを支えている男が太く唸り、大きく動くと、あやめの細腰が跳ねるようだった。
 新三郎の顔が歪んだ。あやめの腰と尻を、両手が力任せに掴んだ。
 躰のなかのあらぬ場所にぶちまけられた飛沫を感じ、あやめは、何かが自分から消し飛ぶような衝撃を、疲れ果てた脳髄に感じていた。
 短く叫んだらしい。咽喉が開いた。
 男が離れ、腕がほどけると、あやめはふらふらと水の中に膝をついて、くずれた。
 後門が小さく開き、新三郎の放った白い体液の一部と、あやめの傷から流れた赤い血が、ぬるま湯の中に吐き出されている。
(冷たい……痛い……)
 あやめはすっかり冷めてしまった湯に半身を浸しながら、そんなことしか考えられない。うつろな目である。十四郎に空しく助けを求めることすら、頭にも浮かんでこない。
 太い腕が、腋から入った。いつのまにか湯船から出た慶広は、あやめを水から引き上げた。
 あやめは、なすがままにされている。なかば喪神している。
 獲物のように、軽々と肩に担ぎあげられて、温室に入る。鉄釜に沸いたばかりの湯が樋から落ち、温かい蒸気がじっとりと満ちていた。あやめは板の間にそっと下されたが、横ずわりの上半身はすぐに崩れて、斜めにかしいだ。
 荒い息遣いはややおさまっていたが、体内の水分をすっかり吐きだしたかのようで、唇も乾いていた。眩暈がとまらない。傷ついた下半身は、まだ血を流している。自分がどこに運ばれたのかすら、意識できない。茫然とするばかりであった。胸や、前の叢を隠すことなど思いもよらない。
(これでは、いかぬ。)
 新三郎は水風呂からカイゲに冷水を汲んであらわれ、くたくたになって横たわっている裸の女を眺めた。まさかとは思うが、死ぬほどでもないだろう。
(まだ、足りぬ。)
(狂いはててはおらぬ。)
(おれも、また、……)
 この自分が、女を無理矢理に手籠めにした。憎くもない娘の身も心も傷つけ、恣ままに弄んだ。こうなった以上、おれ自身が物狂いの果ての涯にまで行かねばならぬ。
 なかば熱にうなされたようになった新三郎は、そう考えていた。
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