えぞのあやめ

とりみ ししょう

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序の段 納屋御寮人の遭難 暴虐(三)

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(あやつめ。)
「あっ」
 あやめはたまらず口を大きく開けた、精力の塊のような新三郎の手が、こんなときにふと弟の十四郎のことを思い出したとき、知らず強く動き過ぎてしまった。
 深く皺を眉間に刻んで無言で、強すぎる感覚に耐えるあやめの顔を、新三郎は無表情に眺めると、指の動きをさらにはやめた。 
 あやめは食いしばろうとする口から、耐えきれず、荒い息を漏らしだした。直線的な痛みともまた異なる微妙な不快感が、背を這いあがってくるようだ。
 その苦し気な様子をみて、新三郎は、うぶ毛の生えた白く透き通った耳殻に唇を寄せて、いった。
「忘れるのだ。十四郎はもうおらぬ。」
 このあとは続けるまでもない。その名を口にするだけでよかった。
 あやめは反射的に首を大きく振った。その肌を、新三郎の唇が張りついたように追いかける。あやめは内心の衝撃に、苦悶している。
(やはり、知っていたのか! 十四郎さまとわたくしの仲に、この男も気づいてはおったか!)
(だが、どこまで……?)
(何にせよ、知っていながら、このような真似をするのか、こやつは!?)
「ご存じだったならば、なぜこんなご無体をなさるか!」
 十四郎はあやめの叫びを黙殺した。耳を追いかけて、噛む。
「耳がちぎれる。ちぎれてしまう……」
 あやめが細い声で訴えるように呟いた。
 そこになにか切迫した響きがあるのに気づいた新三郎は、執拗に耳に下を這わせた。右手は女の肉をかきまぜるように丹念に動き、左手は張り詰めた乳をつまんでは離している。が、耳へのイタズラが今はもっとも効果をあげているらしい。男の舌はそこにいそしんだ。
 あやめははげしく狼狽した。力が入らず、自然に腰が湯のなかで浮く。
 胸が大きく弾みだした。息が苦しい。そして、奥から、むずがゆい、あの感覚が近づいてくる。
「……変になるっ。変になりまするっ。」
 はっきりと哀願の声を自分が漏らしたとき、何度目かの重い絶望に打ちのめされた。あやめは、自分の躰の変調がおそろしくてならない。
「なればよい。」
 新三郎の声は、勝ち誇っているようだ。女がそのような言葉を口にするとき、その躰にどのようなことが生じようとしているのか、この三十路も半ばすぎた男は知っていた。それを、きっと、起こしてやらねばならぬ。
(いまこの腕のなかに、無理矢理に羽交うている。今はそのことだけを思え、新三郎よ……!)
(”なればよい”?……ああ、このやりとりも……)
 あやめのきつく閉じた瞼から涙があふれ、火照ったほおに一筋、二筋と流れた。

 十四郎との夜に、まったく同じ会話があった。あのときも自分は狼狽し、あの躰の反応が来るのをひどく恥じて訴えた。
「……変になる。変になりまするっ。」
 だが、十四郎はかえって愉悦をおぼえたらしい。
 なればよい、変になってください、と返すと、やさしい耳への愛撫を一層強めて……。

(いかぬっ……)
 甘い回想に瞬時逃げこんでいたあやめは、そのために起きてしまった躰の異変に気づいてぶるぶると震えた。
「あ? あああ……」
「かわゆいの。……こんなところで、まるで赤子のような。」
 羞恥に染まりきった表情に、また男の顔が乱暴に被さる。半身になって唇を吸い、痙攣する女の躰を手が這い回った。
 あやめの足先が湯を掻いた。息がつまり、頭がくらりとした。
 新三郎は唇をはずし、胴を絞める形になっている片手だけで、あやめの躰をやや持ち上げた。自分の膝を立て、後ろ向きのあやめの躰を、自分の正面に置きなおした。
 (……ああ、穢される。)
 あやめの目から、とめどもないくやし涙が流れた。
 新三郎は何を思ったのか、その涙を吸う。その所作がいかにもやさしげなので、愚弄された怒りにあやめはいっそう震えた。
 こんな男の前で涙を流した自分を責め、うなだれて、唇を血が出るほどに噛んだ。
(許せぬ。許せぬ。)
と心のなかで叫んだ。そして、鼓舞するように繰り返した。
(これは、十四郎様のための涙じゃ。泣かせたのは十四郎様じゃ。わたくしは、あのお方の前でだけ泣く。)
 そのとき、無言で押し入ってきた異物感の大きさに、思わず逃れようと躰が跳ね、口を開いた。

 あやめはくやしくてならない。だが、男のくわえる所作を冷嘲したり無視してやるような余裕がない。刺激の全てが、いまや激しい感覚を呼ぶ。ぐらぐらと頭が揺れた。
(苦しいっ。息がとまる。……許さぬ。ゆるさぬっ。……苦しい……助けて……助けて……十四郎さま……助けてっ)
 あやめはいつの間にか、男の毛深い二の腕に両腕でしがみついていた。驚きと痛みのあまり、舌を吐いた。喘ぎがとまらない。
 目を開ければ、小風呂の風呂桶と張った湯がぐらぐらと揺れた。軽く貧血して意識が遠くなり、そのたびに刺激によって醒まされる。
 
(ああ、こんな格好をさせられて……!)
(助けて、十四郎さま、助けて……苦しい……)
(あっ?……やめて、……むごい、むごいっ。)
 あやめは空気をもとめて激しく喘ぐ。濡れた頭がぐらぐらと揺れた。
 新三郎は起き直り、上気を通り越して桃色に染まった女の背中をまた抱きすくめた。汗の噴き出す肌に唇をあて、首筋を甘く噛んだ。新しい刺激に、女は硬直し、鳥肌をたてた。男が初めて聴く長く続く声を漏らす。
「あやめ……」
 新三郎は、小さな呟きを漏らした。そのまま今度は湯船にかがむようにして立った。限界が近い。肉が女の中で膨れ上がった。
 あやめは本能的に身をよじった。激しく動揺する感情や、たえまなく襲う肉の感覚に、いつの間にか濁りかけた頭であったが、
(子種を撒かれるっ……?)
 妊娠への恐怖に、意識の一部が凍った。
「おやめ、……あっ、あっ、ください。それだけは……」
 新三郎は、女の中で動きをいったん止めた。
「あ、……」思いもかけず容赦されるのかと一瞬勘違いしてしまった女は、息を懸命に鎮めようとする。
「よいのだ。孕むがよい。」
 新三郎は妙に真剣な顔つきになると、ひとつ大きく、腰を突いた。
 あやめはおののいた。
「そればかりは、ご容赦を……ああ、あ、許して。子が、できてしまう。」
 乱暴に頸を曲げさせ、男は女の唇をまた塞いだ。舌を蹂躙する。正気に戻らせてもつまらぬ。まずは、思う存分子種を撒いてやろう。男ははげしく大きく動いた。
(……! ……! ……!)
 あやめは呻きに呻いた。頭のなかで何かがはじける。息が塞がり、意識が遠のいた。
 その時、躰の中で肉が膨れ、はぜた。
 荒い息のなかで、しかし男は無言のまま、精が噴出する鈍い感覚にあわせるように腰を女に叩きつけた。
 あやめは自分の体内に熱いものをまき散らされる感覚に目を見開き、全身を硬直させた。
 腰を強く掴んだ手がようやく放されるまで、長い時間がかかったように思えた。
(……出されてしもうた。こんなに子種を入れられてしもうた。)
 すっかり冷めてしまった湯の中に沈むように、あやめの躰はくずれた。汗の浮いた白い背を丸めて、押し寄せてくる重い敗北感と恐怖に必死に耐えた。
 開いた女の肉からは、自然にいくらか粘っこい液体が流れ出てくるようで、全部は受け止めすに済んだ、それだけがほんのかすかな救いだった。
 と、水面に半ば出た尻が撫でられた。その手が腰にまわり、ぐい、と強い力で引かれた。
(まさか?)
 あやめは心の中で長い悲鳴をあげる。
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