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10.違法風俗

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「ああ、エミちゃんですね。すみません、彼女先週から別のお店に移ったんですよ」

「え、この店にいないんですか?」

 名刺に書いてあったお店に行ったところ、まさかのお店異動である。
 というかエミって源氏名なんだ。
 本名は教えてもらってないし、探しようがないかな。
 本名が分かったところで探せるわけでもないけど。

「そうなんですよ。よかったらお店の名前をお教えしましょうか?ちょっと大きな声では言えないようなお店なんですけどね」

 困り顔で立ち尽くしていたら親切な店員さんが顔を寄せてきた。
 スケベそうなちょび髭を生やしたおじさんの顔がアップになる。

「お、お願いします」

 おじさんは息がかかるほど俺の耳に顔を近づけ、ぼそぼそとつぶやく。
 その内容は、俺にとって驚くほどのものだった。

「え、そんな過激な店に?」

「そうなんです。彼女、どうも性質の悪いヤクザに気に入られちゃったみたいでして。本当に彼らのやり方は気に食わないですね」

 おじさんはぶつくさと愚痴のようにその連中のやり方を語る。
 そのやり口は悪辣としか言いようのないものだった。
 彼女は実家の事業を金の力で潰されて多額の借金を背負わされてしまったというのだ。
 ひとりの女性を手に入れるために、そこまでするのがその連中なのだという。
 そしてそれは決して利益を度外視してのことではない。
 彼らは彼女の実家の事業を潰した過程でも利益を得ているし、彼女が違法な店で稼ぎ出す金も搾取している。
 金も女もすべてを力ずくで手に入れる、そんな連中なようだ。
 エミさんがここ何日か変だった理由がわかった。
 俺に金を貸してほしいなんて言った理由も。

「エミさんこそ、30万円なんて端数じゃないか……」

「お客さん?」

「いえ、その店に行ってみます」

「気を付けてくださいね。うちもケツ持ちは一応ヤクザですけど、普通はそこまで無茶しないものなんですよ。でも、あそこは無茶苦茶だ。お客さんもエミちゃんが心配なのはわかりますけど、命は大事にしてくださいね」

「ありがとうございます」

 いつでもロードできるようにしておこう。
 願わくばオートロード機能が付いているといいんだけどな。
 そればっかりは死んでみないことにはわからない。





「こ、こんにちは。あの、エミさんお願いします」

「いらっしゃいませ。エミちゃんですね。かしかまりました。ごゆっくり」

 見た目からしてやばそうな色眼鏡かけた兄ちゃん店員にお金を払い、エミさんを指名する。
 店は郊外の寂れたラブホテルの地下にあり、そこかしこから女の人の悲鳴が聞こえてくる。
 ここはかなりなんでもありのSM専門店なのだ。
 眉をひそめたくなるような悲鳴を耳にしながら案内された部屋に入り、エミさんを待つ。
 エミさんに会ったらなんて声をかければいいのだろうか。
 当初は客として上位の立場から多少の文句でも言ってやろうと思っていたのだが、どうにもそんな気分ではない。
 頭の中でぐるぐると同じような考えが浮かんでは消える。
 しばらくそうしていると、コンコンとノックの音が聞こえた。

「はい」

「失礼します」

 煽情的な衣装で着飾ったエミさんが入室してくる。
 エミさんは一瞬俺の顔を見て固まったが、すぐにぶすっと不機嫌そうな顔になった。

「なに、あんた職場まで来て。私のこと好きなの?ちょっと優しくされて童貞が惚れちゃったの?」

「そんなわけないじゃないですか」

「そうよね。風俗なんてやってる汚れた女なんて童貞が一番嫌いそうなタイプだもんね。どうせ白いパンツ履いてるような清楚な処女が好きだとか言うんでしょ」

 童貞童貞ってうるさいな。
 なんか段々怒りが再燃してきた。

「俺は殴られたことについての文句を言いにきたんですよ」

「ああ、そうなんだ。だったら私のことも殴れば?ここはそういうお店だからね」

「え、いや、そういうことじゃ……」

「なに、殴らないの?女のここって、殴られるとすっごい締まるみたいよ?試してみないの?」

 エミさんは下腹のあたりを軽くなでながら俺に近づいてくる。
 その姿はまるで幽鬼のようで俺は劣情よりも恐怖を感じた。

「バリア」

「え……なにこれ、壁?」

 恐怖のあまり俺は自分の前にバリアを張ってしまった。
 エミさんは突如として現れた見えない壁に戸惑っている。
 バリアが俺にしか見えないのはすでに検証済みだ。
 きっと何が起こっているのかわからないだろう。
 俺はバリアをすぐに消した。
 エミさんの雰囲気は一瞬だけ以前のように戻っている。
 話をするなら今だ。

「エミさん、借金を全部返してこのお店をやめましょう」

「う、うるさいわね。ほっといてよ」

「こんなお店で長く働いたら、身体がおかしくなっちゃいますよ」

「あんたはなにもわかってない。このお店をやめるなんて無理なのよ。これは借金とかそういう問題じゃないの」

「わかっています。借金はこの店を経営しているヤクザに背負わされたものだって」

「だったら無理なこともわかるでしょ?逃げたら両親もどんな目にあうかわからないし、あいつらから逃げるなんて無理なのよ。それに、これを見て」

 エミさんは衣装をめくりあげ、上半身を露出させる。
 そこにはみみず腫れや火傷の跡など、痛ましい傷跡が刻まれていた。

「あいつらの機嫌を損ねたらどうなるかわからないの!私はもう、ここで死ぬまで飼い殺されるしかないのよ!!」

 エミさんの悲痛な叫びが狭い室内の空気を震わせる。
 エミさんの瞳から、一粒二粒と大粒の涙が零れ落ちる。

「私がなにをしたっていうのよ。なんで私がこんな目にあわないといけないの?」

「え、エミさん……」

 俺は拳を握り締め、怒りをかみ殺す。
 いまだかつて、こんなに怒ったことがあっただろうか。
 生まれて初めて感じる本気の怒りだ。
 世の中には理不尽が満ちている。
 そんなことは分かりきったことだと思っていた。
 だけど違った。
 俺は世の中の理不尽を、ほんの少ししかわかっていなかった。
 こんな、身体が震えるような怒りを感じる理不尽がこの世には溢れているんだ。

「誰を殺せばいい」

「え?」

「誰を殺せば、こんなことがなくなるんだろうか」

 気が付けば俺は、そんなことを口走っていた。



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