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5.官憲

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「お兄さんねえ、ここは人の土地だよ。勝手に入って生活したらだめだよ」

「え、ここ、異世界……」

「エココイセカイ?もしかして日本語わからない?ちょっと待ってね、言葉の分かる人つれてくるから。お兄さんどこから来たの。えっと、アーユーフロム?」

「あの、日本人です」

「なんだ言葉通じるじゃないか。びっくりさせないでくれよ」

 びっくりしたのはこっちのほうだ。
 ずっと異世界だと思っていたところに警察官が現れるんだから。
 警察官に囲まれたときは彼らもまとめて異世界に転移したのかと思ったが、どうやらそういう感じでもないらしい。
 もしかしたら、もしかしたらだが、ここは異世界ではないのかもしれない。

「あの、ここがどこか聞いてもいいですか」

「お兄さん迷子か?登山届とか出してた?」

「いえ、そういうのは出してないんですけど……」

「だめだよ山に入るときはちゃんと届を出さないと。そうじゃないと探しに来てもらえないんだから」

「あとお兄さんは少し軽装すぎるね。ここは中腹に民家とかもあるし割と上のほうまで車で来られるけど、一応2000メートル級の山なんだからサンダルに短パンはちょっと油断しすぎだよ」

「ご、ごめんなさい……」

 何か反論しようとも思ったのだが、いきなり転移したとか言ったら変な人だと思われると思って言葉が引っ込んでしまった。
 しかしやはり彼らに異世界転移による戸惑いは感じられないし、なにより無線がどこかに通じているようだ。
 ここはやはり異世界ではなく、日本なんだろうか。
 ならばおとなしく警察の言うことに従っておいたほうがいいだろう。
 日本の警察官に与えられた権限は大きい。
 ちっぽけな小市民の人生なんて簡単に終わらせてしまうだけの権力が与えられているのだ。
 逆らっていいことがあるわけがない。
 もちろんイノシシを殺して食べたことなどは内緒だ。
 ここが日本だとすると俺の行動は鳥獣保護法に違反している可能性がある。
 俺の額から冷や汗が一筋流れ落ちた。
 臭い飯は食べたくない。

「それで、ここは本当にどこなんですか?」

「群馬県だよ。ここは〇〇山の8合目付近。たぶんお兄さんは〇〇山から登山道を逸れてこの山に迷い込んでしまったんじゃないかな。たまにいるんだよね、そういう人が」

「なんにせよ地元の人が煮炊きの煙を不審に思って通報してくれなかったらお兄さんはまだまだ山の中を彷徨っていたかもしれないからよかったね」

「え、ええ。助かりました。お手数おかけして申し訳ありません……」

 群馬県か、まさか大恩人ランボーの出身地に飛ばされているとはな。
 俺の暮らしていた実家は愛知県だ。
 以前草津温泉に車で行ったことがあるが、すべて下道で行ったら片道6時間以上かかった。
 仮に高速道路を使用したとしても4時間以上はかかるだろう。
 それほどに愛知県と群馬県は離れている。
 それを俺は一瞬にして移動してきてしまったというのか。
 異世界転移よりも意味が分からないぞ。
 なによりなんで俺は異世界でもないのにステータスやチート能力をもらっているんだ。
 というかあのイノシシはあんな化け物みたいな大きさでモンスターじゃなかったのか。
 俺の中で疑問が山積していく。
 今の状況を言葉にすると、チート能力をもらって群馬に転移した、ということになる。
 群馬に転移してなんの意味があるんだろうな。

「うーん、うーん……」

「お兄さん?大丈夫ですか?体調が悪いなら救急車呼ぶけど」

「い、いえ、大丈夫です」

 考えても答えなんか出るとは思えないし、そもそも答えがあるとは思えない。
 なんらかの超自然現象に巻き込まれたということにしておこう。
 それにここが日本ならば、セーブ&ロードが生きてくる。
 その日は警察署に泊めてもらえることになったので俺はパトカーで下山した。
 明日の朝親切なおじさん警官がJRの駅まで送ってくれることになったが、財布の中には1万円と少し。
 愛知まで帰れるかな。





 警察署でスマホの充電器を借りることができたおかげで愛知までの最安の移動手段を探すことができた。
 本当に群馬県警の皆さんには頭が上がらない。
 電車とバスと深夜バスを乗り継ぎ、丸1日ほどかけてついに俺は実家がある愛知県に戻ってきた。
 
「長いような気がしたけど、実際は10日くらいしか経ってないんだよな」

 そしてスマホの電源が入っても家族からなんの連絡も来ていないのが地味に傷つく。
 一緒に暮らしている父母妹とはそれほど仲は悪くないのだが、それほど距離が近いわけでもない。
 ちゃんとした仕事に就いてほしい両親と働きたくない俺の間で過去言い争いもあったのだが、今は小康状態になっている。
 おそらく今も就職してほしいとは思っているだろうが、何も言ってはこない。
 家族であっても分かり合えないことというのはあるものだ。
 両親から半分ずつ遺伝子を受け継いでいても俺と両親は別の生き物なのだから仕方がないだろう。
 しかし分かり合えないからといって険悪になる必要もない。
 幼少期のベタベタする時期を過ぎ、青年期のギスギスする時期も過ぎ、今は1匹の寄生虫として家族と向き合うようなそんな時期に入っている。
 まあ妹だけは今高校生だから少し勝手が違うのだが。
 大反抗期、思春期を超えて今どう接していいのかわからない期に入っている。
 高校生という何かとお小遣いが必要になる年代で、引きこもりとはいえ一応社会人の兄に小遣いをせびりたいが思春期にキモイとか死ねとか言いまくった手前素直におねだりはできないという微妙なお年頃だ。
 実家での生活は基本相互不干渉。
 俺がこの10日ほど家にいなかったことに気づいていない可能性もあるな。
 それならそれで別にいいんだけどね。

「ただいま」

 誰かが答えてくれることを期待したわけではないつぶやきには、やはり誰も返してはこない。
 玄関の鍵が開いていたことから誰かが家にいるだろうことは確かだが、俺の声が聞こえる位置にはいなかったというだけの話だ。
 俺は寂しく自室へ向かった。



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