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4.山の主

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「う、あ、さ、さぞかし名のある山の……」

「プギィィィィッ!!!」

「ひぃっ」

 怖い、怖すぎる。
 牛のように大きなイノシシだ。
 人間の匂いに興奮しているのかかなり荒ぶっているようだ。
 足が震えて全く立っている感覚が無い。

「ば、バリアカッタぁぁぁぁぁ!!」

 緊張で手が震え、バリアを出す場所も全く見当違いの場所になってしまった。
 イノシシの隣の大きな岩が真っ二つに割れる。
 イノシシは飛び跳ねるように走り、俺に突っ込んできた。
 そのまま焚火の周囲に元々張ってあったバリアに思い切り衝突し、昏倒した。

「え?勝った?」

 バリアはイノシシの巨体による突進にもびくともしなかった。
 イノシシはそこにバリアがあるということに気が付かなかったかのようにバリアに突っ込み、ひくひくと痙攣している。
 開けてみれば案外あっけないものだったな。
 もしかしたら俺以外にはバリアは見えていないという可能性も出てきた。
 俺はひくひくと痙攣するイノシシの首をバリアで切断し、トドメを刺した。
 ナンマンダブナンマンダブ、かしこみかしこみ申す。





 名のある山の主だったら申し訳ないが、イノシシの肉は貴重な食料としていただくことにした。
 俺はイノシシの解体なんてしたことがないので結構な部位の肉を無駄にしてしまったかもしれないが、なんとか足の付け根付近の肉や背中の肉など10ブロックほどの肉塊を得ることができた。
 それ以外は穴を掘って埋め、墓石のようにカットした石を置いて供養した。
 動物を自分で殺して食べるなんて経験は今まで生きてきてしたことがなかったので色々と考えさせられるものがあった。
 今まで何の気なしに食べていた肉も、こうして誰かが殺した動物だったんだよな。
 異世界に行って本気出すやつの気持ちがわかってくるよ。
 あちらの世界にいた頃にはこんなに色々なことを考えることがまずなかった。
 俺もいっちょ本気を出して、ハーレムを目指してみよう。
 そのためにも早く人里に向かわなくては。
 焼き魚を食べながら川岸を下流に向かって歩いていく。
 背中には葉っぱに包んで蔓植物で纏めたたくさんの肉塊。
 食料はもう十分だ。
 調味料もポテト風味だがある。
 水も川沿いだからある。
 あとはひたすら歩くだけだ。
 
「しかしここは、ずいぶんと山深い場所だ」

 普通異世界転移といえば少し歩いただけで町にたどり着ける場所に飛ばされるものじゃないのかな。
 これほどの深山幽谷に飛ばされると、魔境で修業して最強になった系主人公になってしまいそうだがこの世界にはレベルが無い。
 レベルが上がるわけでもないのに魔境に飛ばされたら飛ばされ損だ。
 スキルも使えば使うほど強くなるみたいな設定はなさそうだし、あんなに強そうなイノシシのモンスターを倒したのに魔石とかは体内になかった。
 牙もバリアにぶつかった拍子に折れていたのでそれほどいい素材というわけではなさそうだし、あのイノシシはいったいこの世界ではどの程度の強さなんだろうか。
 バリアの強度が高いだけで、実はあの牙がすごい素材だったのかな。
 牙だけはぎ取ってこればよかっただろうか。
 でもなんか死んだ獣から牙をはぎ取るなんてバチあたりな気がしてできなかったんだよな。
 あれをはぎ取れば冒険者ギルドで受付嬢のお姉さんに驚いてもらえたかもしれないのにな。
 こ、これをどこで手に入れたんですか!みたいなね。

「まあいい、もっと凄いモンスターを倒せばいいんだ。これだけの深い森なら、きっとラスボス級のすんごいやつがいるはずだ」

 そいつを倒して冒険者ギルドで驚かれ、大金を手に入れて奴隷を買う。
 これからの予定は決まった。
 急ぐのはやめて少し森でのんびりしていこう。





「出ないなぁ、モンスター……」

 あれから1週間ほど森でのんびり暮らしているのだが、一向にモンスターに遭遇しない。
 なんか熊みたいなやつとか、鹿みたいなやつとかは見かけたことはあるが襲ってくることはない。
 もしかしたらここはそれほどモンスターの強い魔境ではないのかもしれない。
 俺を飛ばした存在も俺にすぐに死んでほしくはないだろうし、最初からそんな過酷な環境には放り込まないかな。
 そろそろ焼き魚や焼き肉にも飽きてきたし、すんごいモンスターの素材は諦めて人里に向かおうかな。
 
「よし、気分転換にカップラーメンを食べよう」

 いつか食べようと思っていたカップラーメン。
 食べるなら今だ。
 ここが異世界だとすれば、こいつを食べてしまえばもう一生食べることはできないだろう。
 よく味わって食べなければな。
 俺は石をバリアで削って作った石器に川の水を入れ、火にかけた。
 焚火の火力により、すぐに水が沸騰する。
 流木を削って持ち手にした石器の片手鍋は、おしゃれでなかなか使いやすい。
 町についてもずっと使い続けるつもりだ。
 縁に角ばった注ぎ口がついており、カップラーメンにお湯を注いでも一滴も零れない。

「はぁ、いい匂いだ」

 お湯に溶けたシーフード味のスープのケミカルな香りが最高に不健康そうでたまらないな。
 スマホのバッテリーはとうの昔に切れてしまっているので時間は腹時計で計るしかない。
 空腹を訴える腹時計がどの程度役に立つかはわからないがな。

「ん?こんなときにモンスターか。タイミング悪すぎだろ」

 パキパキと森の中から枯れ木を踏みつける音が聞こえてくる。
 カップラーメンにお湯を入れたばかりだというのに、勘弁してほしいな。
 バリアはいつもどおり張ってあるからもう襲ってきても無視してラーメン食べちゃおうかな。
 枯れ木を踏む音はどんどん近づいてくる。
 そして森から出てきた生き物を見て、俺は目を見開く。

「え、人?」

「こちら中島です。目標を確認しました、どうぞ」

 そこには青い作業服を着て無線機に話しかける人物が立っていた。
 帽子には桜の代紋。
 どこからどう見ても警察官だな。



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