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12.兎と狼
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焼き魚4匹はさすがに子供の胃袋には少し多かったようで、3匹を平らげたあたりが限界であった。
残った1匹は葉っぱに包んで夕餉のために持ち帰ることとした。
飯を食って腹も満たされたことであるし、食後は森に行って昨日仕掛けた兎罠を見に行くこととする。
サイコロの占いによれば今日のワシは強運だ。
兎の1匹や2匹はかかっていてもおかしくはないがの。
森に入り、ワシの胸くらいまである下草を分けて進む。
森の中ではなるべく痕跡を残さぬように歩いておるが、完全に痕跡を消してしまうと罠をどこに仕掛けたのか忘れてしまう。
それゆえ昨日はワシにだけわかるようにここを歩いたという証を残しておいた。
草の葉を時々半分千切るとかだ。
そのおかげでこの先に昨日仕掛けた兎罠があるということがわかる。
しばらく歩くと見覚えのある木が見えてきた。
確か兎罠はこの木の近くに仕掛けたのだったな。
木の周りをぐるりと回ると、くくり罠に真っ白い毛皮の生き物がかかっておるのを見つけた。
「おお、やはりかかっておったか」
だが白い兎か。
因幡の白兎の神話もあるし、どこぞの神社では神の使いとされておる。
こいつを捌いて毛皮と肉にしてしまってもよいものか。
「うーん、よく知らん神とワシにサイコロをくれた神……」
どちらを選ぶのかは考えるまでもなかったの。
兎は肉と毛皮だ。
ワシはトドメを刺すために兎に近づく。
「ギュィィッ」
「なんだ?」
兎が突如として牙を剥きだし、ワシの左手のひらに噛みついた。
こやつ、兎のくせにずいぶんと立派な牙を持っておる。
兎の牙はワシの手のひらに食い込み、肉を食い破る。
ポタリ、ポタリと血が滴り落ちた。
獣の牙に噛みつかれたとき、慌てて手を引くのは悪手だ。
奴らの牙は鉤爪のように肉に食い込んで引き裂くようにできておる。
手を引けば肉に食い込んだ牙が傷を広げるだろう。
この場合臆することなく拳を握り締め、獣の口の中に叩き込んでやるのが正しい対処法よ。
「ギャプッ、グべべべべッ」
小さな口に拳を突き込まれた兎は息が詰まったのか苦し気に首を振るが、ワシはもう片方の手で兎の首根っこを掴んで離さない。
しばらくは暴れておったが、やがて兎はぐったりとして動かなくなった。
死んだか。
途端に噛みつかれた手のひらがズキズキと痛みだす。
獣の牙は汚れておる。
噛みつかれると傷が膿むことが多い。
「くそっ、ワシとしたことが油断した」
このような傷薬も買えぬような状態で獣の牙による手傷を負うとは。
まさか兎がこのように獰猛だとは思いもせぬ。
だが不覚は不覚よ。
常在戦場の心構えを忘れておる。
軟弱なのは身体だけでなく、魂もであったか。
「痛みが増してきおった」
とりあえずの処置として傷口を洗いたい。
ワシは仕留めた兎を背負い、川へと向かった。
「いっ、いてぇ……」
ジクジクと痛む傷を冷たい川の水に浸す。
まだ血が止まっておらん傷からは真っ赤な血が川に流れだす。
血の中に溶け込んだ汚れが少しでも流れてくれるとよいのだがの。
あまり血を流すとそれが原因で死にそうだ。
ワシは適当なところで傷を洗うのをやめ、着物を少し破った布できつく縛り止血する。
一瞬走った寒気に身震いする。
まずいな、熱が出てきたか。
息も荒いし心の臓の鼓動も早い。
ここを動くのはもう無理そうだ。
身体が冷えんように火を焚き、ここで夜を明かすしかあるまい。
ワシは腰の棒切れで火を起こし、最後の力を振り絞って兎の血抜きをした。
兎の肉はワシの好物、死んでも生臭い兎などは食いたくない。
兎の内臓を取り出し、流れ出る血をすべて川に流したあたりでワシは動けんようになった。
なんとか間に合った。
手の届くところに流木があるので火は絶やさずに済みそうだ。
ワシは懐に入っておった焼き魚を食い、少しでも体力をつける。
やはり塩なしの焼き魚は味気ない。
明日こそは、塩を……。
「「「ワォォォォン!!」」」
騒がしい遠吠えと獣の匂いに目を覚ます。
囲まれておる。
おそらく狼かなにかだろう。
10匹はおるの。
対してワシは満身創痍。
身体は怠く、寒気が止まらん。
手のひらの傷の痛みが頭の芯まで響く。
ワシはなんとかふらつく足を叱咤して立ち上がると、右腕1本で棒切れを構えた。
「グルルルッ」
「この犬っころ!そいつはワシのだぞ!!」
1匹の狼がワシの狩った兎を口に咥えて持ち上げるのを見てワシは激昂する。
怒りで痛みを一瞬だけ忘れることができた。
ここは怒りに任せて戦うのがよいか。
「おぉぉぉぉぉぉっ」
ワシは獣のように吠えた。
吠えておるうちはなんとか立って戦うことができる。
何も考えず、ただ1匹の獣として棒切れを振るう。
戦場では思わぬ馬鹿力が出ることがあるが、今がまさにそうだ。
子供ではあり得ぬ膂力でもってワシは狼共を叩き伏せる。
「キャィンッ」
2匹の狼の頭蓋を砕いたあたりで相棒がへし折れる。
ワシは腰から十手を引き抜き、もう1匹の狼の眼窩に突き込む。
ヌルっとした感触と共に狼が絶命する。
ワシの前には兎を咥えた狼。
「そいつを置いていけぇぇっ!!」
「ギャッ」
痛む左手を十手に沿え、思いきり振り下ろした。
兎を咥えた狼は頭蓋を割られて倒れ伏した。
4匹の仲間がやられた狼たちはワシから距離をとる。
しばしじっと睨み合う。
ワシは一歩も引かぬという気概を込めて狼共を睨みつけた。
どれくらいそうしておったか、狼たちはすっと踵を返して森の方へと消えていった。
「くはっ、はぁ、はぁ、はぁ、死ぬ……」
やはり街の外というのは危険なのだな。
残った1匹は葉っぱに包んで夕餉のために持ち帰ることとした。
飯を食って腹も満たされたことであるし、食後は森に行って昨日仕掛けた兎罠を見に行くこととする。
サイコロの占いによれば今日のワシは強運だ。
兎の1匹や2匹はかかっていてもおかしくはないがの。
森に入り、ワシの胸くらいまである下草を分けて進む。
森の中ではなるべく痕跡を残さぬように歩いておるが、完全に痕跡を消してしまうと罠をどこに仕掛けたのか忘れてしまう。
それゆえ昨日はワシにだけわかるようにここを歩いたという証を残しておいた。
草の葉を時々半分千切るとかだ。
そのおかげでこの先に昨日仕掛けた兎罠があるということがわかる。
しばらく歩くと見覚えのある木が見えてきた。
確か兎罠はこの木の近くに仕掛けたのだったな。
木の周りをぐるりと回ると、くくり罠に真っ白い毛皮の生き物がかかっておるのを見つけた。
「おお、やはりかかっておったか」
だが白い兎か。
因幡の白兎の神話もあるし、どこぞの神社では神の使いとされておる。
こいつを捌いて毛皮と肉にしてしまってもよいものか。
「うーん、よく知らん神とワシにサイコロをくれた神……」
どちらを選ぶのかは考えるまでもなかったの。
兎は肉と毛皮だ。
ワシはトドメを刺すために兎に近づく。
「ギュィィッ」
「なんだ?」
兎が突如として牙を剥きだし、ワシの左手のひらに噛みついた。
こやつ、兎のくせにずいぶんと立派な牙を持っておる。
兎の牙はワシの手のひらに食い込み、肉を食い破る。
ポタリ、ポタリと血が滴り落ちた。
獣の牙に噛みつかれたとき、慌てて手を引くのは悪手だ。
奴らの牙は鉤爪のように肉に食い込んで引き裂くようにできておる。
手を引けば肉に食い込んだ牙が傷を広げるだろう。
この場合臆することなく拳を握り締め、獣の口の中に叩き込んでやるのが正しい対処法よ。
「ギャプッ、グべべべべッ」
小さな口に拳を突き込まれた兎は息が詰まったのか苦し気に首を振るが、ワシはもう片方の手で兎の首根っこを掴んで離さない。
しばらくは暴れておったが、やがて兎はぐったりとして動かなくなった。
死んだか。
途端に噛みつかれた手のひらがズキズキと痛みだす。
獣の牙は汚れておる。
噛みつかれると傷が膿むことが多い。
「くそっ、ワシとしたことが油断した」
このような傷薬も買えぬような状態で獣の牙による手傷を負うとは。
まさか兎がこのように獰猛だとは思いもせぬ。
だが不覚は不覚よ。
常在戦場の心構えを忘れておる。
軟弱なのは身体だけでなく、魂もであったか。
「痛みが増してきおった」
とりあえずの処置として傷口を洗いたい。
ワシは仕留めた兎を背負い、川へと向かった。
「いっ、いてぇ……」
ジクジクと痛む傷を冷たい川の水に浸す。
まだ血が止まっておらん傷からは真っ赤な血が川に流れだす。
血の中に溶け込んだ汚れが少しでも流れてくれるとよいのだがの。
あまり血を流すとそれが原因で死にそうだ。
ワシは適当なところで傷を洗うのをやめ、着物を少し破った布できつく縛り止血する。
一瞬走った寒気に身震いする。
まずいな、熱が出てきたか。
息も荒いし心の臓の鼓動も早い。
ここを動くのはもう無理そうだ。
身体が冷えんように火を焚き、ここで夜を明かすしかあるまい。
ワシは腰の棒切れで火を起こし、最後の力を振り絞って兎の血抜きをした。
兎の肉はワシの好物、死んでも生臭い兎などは食いたくない。
兎の内臓を取り出し、流れ出る血をすべて川に流したあたりでワシは動けんようになった。
なんとか間に合った。
手の届くところに流木があるので火は絶やさずに済みそうだ。
ワシは懐に入っておった焼き魚を食い、少しでも体力をつける。
やはり塩なしの焼き魚は味気ない。
明日こそは、塩を……。
「「「ワォォォォン!!」」」
騒がしい遠吠えと獣の匂いに目を覚ます。
囲まれておる。
おそらく狼かなにかだろう。
10匹はおるの。
対してワシは満身創痍。
身体は怠く、寒気が止まらん。
手のひらの傷の痛みが頭の芯まで響く。
ワシはなんとかふらつく足を叱咤して立ち上がると、右腕1本で棒切れを構えた。
「グルルルッ」
「この犬っころ!そいつはワシのだぞ!!」
1匹の狼がワシの狩った兎を口に咥えて持ち上げるのを見てワシは激昂する。
怒りで痛みを一瞬だけ忘れることができた。
ここは怒りに任せて戦うのがよいか。
「おぉぉぉぉぉぉっ」
ワシは獣のように吠えた。
吠えておるうちはなんとか立って戦うことができる。
何も考えず、ただ1匹の獣として棒切れを振るう。
戦場では思わぬ馬鹿力が出ることがあるが、今がまさにそうだ。
子供ではあり得ぬ膂力でもってワシは狼共を叩き伏せる。
「キャィンッ」
2匹の狼の頭蓋を砕いたあたりで相棒がへし折れる。
ワシは腰から十手を引き抜き、もう1匹の狼の眼窩に突き込む。
ヌルっとした感触と共に狼が絶命する。
ワシの前には兎を咥えた狼。
「そいつを置いていけぇぇっ!!」
「ギャッ」
痛む左手を十手に沿え、思いきり振り下ろした。
兎を咥えた狼は頭蓋を割られて倒れ伏した。
4匹の仲間がやられた狼たちはワシから距離をとる。
しばしじっと睨み合う。
ワシは一歩も引かぬという気概を込めて狼共を睨みつけた。
どれくらいそうしておったか、狼たちはすっと踵を返して森の方へと消えていった。
「くはっ、はぁ、はぁ、はぁ、死ぬ……」
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